何日かスキルを練習していく中で、少しずつわかってきたことがある。
素材合成は、指先から出る光でぐるっと囲ったものをまとめて合成してくれる。
これは僕の意識次第というか、とてもざっくりしていて加減が難しい。例えば、椅子の上に木の枝を二本置いてぐるっと囲むと、木の枝二本から木のネジが合成される。一緒に囲っているはずの椅子は、合成の対象にはされない。
合成されるものも頭の中で考えたものにそって決まるらしく、何も考えずに木の枝二本をぐるっと囲むと、太い木の枝になってしまったり、合成自体が上手くいかなかったりする。
それから素材分解は、対象に直接手を触れる必要があった。
合成と同じように、囲った範囲でイメージしたものをなんでもかんでも分解できたら、使いどころはともかくかなりすごいスキルだと思ったけど、それなりに制約があるんだね。
自室の小さなテーブルに突っ伏して、ひんやりした感触をほっぺたに感じながら、今日の成果をぼんやり眺める。
木の枝から合成した太い木の枝とネジが数本。石から合成した綺麗で少し形の整った石。葉っぱから合成したざらざらの紙。それから、部屋にあったいくつかの小物を分解した素材。
スキルを何度か使うと、けだるくなってきて精度が落ちる。こうなってきたタイミングが、僕の魔力量の限界なのだろう。
日を追うごとに少しずつ、スキルを使える回数が増えているから、練習次第で魔力量も増えていくのだろう。地道な練習あるのみだ。
「なかなか、ぱあんと上手くはいかないなあ」
誕生日にもらった、ドラゴンの仕掛け箱に目をやった。
魔力切れを起こすくらいのオーバーワークだったとはいえ、最初にスキルを使った時は、複雑な仕掛けになっていたあの箱を元通りに合成できた。
魔力が足りないからなのか、初回限定サービスだったのか。あれ以来、いくら頑張っても二種類を超える素材を使った合成には成功していない。
素材分解はまだいい。複数の素材やパーツが使われていても、触れられさえすれば分解できる。
今のところ、合成の方が微妙な使い勝手だ。使いこなせたら、合成の方が便利そうなのに。
「何が違うんだろ」
考えても今はわからないし、まだけだるさが残っていて、すぐには練習を再開できそうにない。
念のため、いくつかの素材をパンツのポケットに入れて部屋を出る。少し気分を変えたかった。
王城だけあって、前世の日本からしてみればありえないくらいの広さだ。
誕生日パーティーをやってもらった広間の他にも、大きな部屋がいくつもあるし、あまり使ってはいないようだけど、謁見の間もある。
前世のゲームだとかのイメージだと、王様は玉座に座ってどっしりしているイメージだった。
実際はそうではないらしい。父さんは誰かに会う時にも、広間だとか応接室のようなところを使っていて、対等な目線でのやりとりを大事にしているようだった。
「あんなとこにふんぞり返ってるより、腹割って話した方が早いだろ? そもそも俺は偉くないしな」
記憶の中の父さんは、そう言って笑っていた。
王としての自覚であるとか、警備面での不安であるとか、家臣の一部に異を唱える人も少なくはない。それでも父さんは、今のところスタンスを変えるつもりはないようだ。
母さん、マグナ兄、シルヴァ兄も父さんと同じ考え方のようで、王族だから偉いのだとか、権威を笠に着るような言動や行動だとかはしていないようだ。
ドラゴンの仕掛け箱を御者とコックに見せた時も母さんに怒られていたし、御者とコックのふたりにしても、駆け付けはしたものの父さんにちゃんと文句を言っていた。
これは僕にとっても、嬉しいところだ。前世の日本で仕事上の上下関係はあったものの、王族と平民としての関わり方を意識するような場面は、当然ながらなかった。余計な気遣いをしなくていいのは、すごく助かる。
それからもうひとつ、行動の自由度が高いのも嬉しい。
王族と国民の距離が近いおかげで、かなり自由に城下町まで動きまわれるのだ。
そもそも外交と貿易に課題がある国なので、他国の人間がほとんどいないという残念な事情はあるものの、城下町までであれば、治安はかなりいいと思う。
「おや、レガロ様。どちらに?」
「マグナス様は中庭で稽古を、シルヴァン様は広間で魔法の練習をするとおっしゃっていましたよ」
「ヴィクター様とラシェル様は、今日は城下に出かけられています。日が暮れるまでにはお戻りになると思います」
そこかしこで、家臣たちが家族の居場所や状況を教えてくれる。
きっと、僕の話も同じように伝わっているのだと思う。
距離の近さと風通しのよさのおかげで、この自由が確保されているのだと思う。
前世なら、三歳児をほったらかして、と怒られそうな扱いも、この世界では寛容のようだ。
みんなの居場所を聞いて、僕は中庭に向かうことにした。
父さんと母さんは仕事中、シルヴァ兄からは、先日の話以上のヒントはもらえそうにない。それなら、マグナ兄に話を聞いてみようと思ったのだ。
「なあ、もう少し硬いものはないか? これでは剛腕の訓練にならない」
「お見事でございますが、申し訳ございません。これ以上のものはすぐにはご用意できず……」
マグナ兄は、話を聞いた通り稽古の真っ最中だった。
稽古の負荷を上げるために、なにやら相談しているようだ。
「そうか。それなら仕方ない。無理を言って悪かった。もういくつか重ねて、束ねてみるか」
ずたずたに切り裂かれた重たそうな金属の板を、マグナ兄がひょいと持ち上げて、ぐいぐいと束ねていく。何度かやり直して形を整え、武骨なオブジェを作り上げると、マグナ兄は満足そうに頷いた。
少し距離を取って、愛用の斧を二刀流に構えると、目にもとまらぬ速さでそれを振るう。
スキルの影響なのか、マグナ兄の潜在的な魔力の残滓なのか、振るった斧の軌跡を辿るように、深紅の光の帯が現れては消える。
洗練された動きと相まって、まるで力強い舞を見ているようだった。
マグナ兄の稽古は、見応えがあってかっこいい。
見応えがあるというか、わかりやすく強いというか。
「こんなものか。父さんもいないのでは、後は素振りをいくらか……うん?」
束ねた金属の塊をあらかた細切れにしたところで、マグナ兄が僕に気づく。
「そうか、レガロ。よく来てくれたな、嬉しいぞ。俺はこの日を待っていた」
「うん?」
「さあ、これならいいだろう」
ずい、と差し出されたのは、脇差ならぬ脇斧とでも言うべきか。マグナ兄が振るっているものより、ひとまわり小ぶりな手斧だった。
「俺が投擲用に使っているものだ。最初はこのサイズから始めるといい。やはり魔法より武芸。剣より斧だよな」
さあ、と差し出された手斧を反射的に片手で受け取る。ずしりと重たくて、慌てて両手でしっかりと柄を掴みなおした。
「レガロが来るとわかっていたら、的を残しておけばよかったな」
マグナ兄が、ついさっき細切れにした金属製の的だったものに目をやり、肩をすくめる。
「まずは斧で切り裂く楽しさを体験してほしかったが、まあいいだろう。型を覚えるのも大事だ。準備運動はしてきたか? していないならまずは――」
「待って、マグナ兄。違うんだ。今日はちょっとスキルについて聞きたくて」
「はっはっは、剛腕か。こればかりは、意図的に覚えられるものではないからな。心配しなくても大丈夫だ。レガロは父さんの子で、俺の弟なんだからな。素質はあるはずだ」
どうしよう、まったく話の方向が変えられない。
ここは強引にでも切り替えないと、マグナス・ブートキャンプが始まってしまう。
「てえい!」
「うお、なんだどうした!?」
僕は、マグナ兄に手渡された小ぶりの斧を素材分解でバラバラにした。
投擲用だといっていたし、気軽に渡してきたものだから、一点ものではないはずだ。
もし違ったら謝って、どれだけ時間がかかっても、必ず元通りに合成できるように頑張ろう。
「ごめんマグナ兄。実はこのスキルのことで、相談があってきたんだ」
刃の部分の金属板、柄の木材、それから刃と柄を繋いでいたクサビの金属。
見事に分解された手斧のパーツを拾い上げ、しげしげと眺めてから、マグナ兄はふむと頷いた。
「大丈夫だ。生産系のスキルを持っていても、地道に訓練をしていけば剛腕を覚えられる可能性はある。海の向こうには、十のスキルや複数属性の魔法を使いこなす者もいると聞く」
「もう、そうじゃなくて……」
「はっはっは、冗談だ。俺で力になれることなら、なんでも言ってくれ」
マグナ兄は豪快に笑い飛ばした。なかなか本気の目だった気がするけど、まあいいか。
ようやく相談に入れそうだし、蒸し返さずに進めようね。
「ちょっと見ててね」
僕はポケットから、練習に使っている二個の石ころを取り出した。
地面に置いて素材合成のスキルを発動し、形のいい石を合成する。
「よくできてるじゃないか」
「ありがとう。もう一回見ててくれる?」
今度は合成した石と中庭に生えていた草、それから木の枝を光の円で囲んで合成を試みる。
しかし素材合成は上手くいかず、小さな破裂音がしただけで、草がはらはらと風に舞った。
「ドラゴンの仕掛け箱はたくさんのパーツがあったのに、上手く合成できたんだ。でもあれから、二種類までの素材しか合成できなくて」
マグナ兄は、「なるほどな」となぜかすごく嬉しそうに白い歯を見せた。
それから、僕がさっき分解した手斧の部品を集めてきて、おもむろに地面に置いた。
「これを元に戻せるか?」
「部品が三種類以上あるから、無理だと思う」
「ほれ」と軽い掛け声にあわせて、僕が分解したのと同じ手斧を、ひょいと渡される。
「わっ……あぶないよ」
ずしりとした重さをどうにか受け止めてから、ほっぺたを膨らませた。
「同じもんだ。これならいけるだろ、お手本が目の前にあるんだからな」
そう言われても、素材の種類が増えると失敗するのに。黙って手斧を見つめる僕を見て、マグナ兄はさっきよりさらに嬉しそうに噴き出した。
「こいつは思ったより重症だな。しっかりお手本を見て、同じものを作ってやるぞ、なんならもっといいもんを作ってやるぞって、気合入れてやってみろよ」
半信半疑ながら、ずっしりした手斧をよく観察してみる。
カーブした柄は持ちやすく、投げやすいように工夫されているのだろう。鈍い光を帯びた刃は、よく手入れされているのがわかる。
刃先から柄まで、形を確かめながらゆっくりと眺めて、分解した手斧の隣にそっと置いた。
「やってみる」
頑張れ、と声をかけてくれたマグナ兄の声が、なんだか遠くに聞こえた。
素材合成のスキルを発動して、バラバラになった手斧のパーツをぐるりと囲んでいく。
鼓動が高鳴る。身体が熱くなってふわふわする。
――それ、ダメ。
シルヴァ兄が腕組みして胸を張る姿が思い出されて、ちょっとだけくすりとした。
身体の熱が引いていく。集中力は維持しながら、身体に熱が溜まらないように気を付けて、しっかり観察した手斧を視界の端に入れる。
もう少し全体的なサイズを小さくして、僕でも片手で持てるようにできたらいいな。
マグナ兄が、赤い魔力の残滓を引き連れて、斧を二刀流にしていた姿を思い出す。
囲んだ光から複雑な魔法陣が現れ、ぎゅっと力が吸い取られる感覚があった。
だけど、ドラゴンの仕掛け箱の時のように、ふわふわした感じはもうしない。
木の枝や石を合成した時は、魔法陣は現れなかった。囲んだものが、ぽんと軽い音を立てて合成されるだけだった。しっかりした道具を合成する時は、魔法陣が必要なのかもしれない。
カチカチと、機械式の時計が針を動かすような音がして、魔法陣の光が強くなっていく。
――これなら、いける。
確信した瞬間、ぱあんと大きな音がして、光が強くなった。
「こいつはなかなか」
「やったあ」
光が収まり、魔法陣が消えた後には、僕が片手で持てるサイズの小さな斧が二挺、鈍い光を放って転がっていた。
「ありがとう、マグナ兄。なんとなくわかったかも」
ドラゴンの仕掛け箱の時も、手斧を合成した今も、何を作るか頭の中でしっかりイメージしたら、その通りのものが合成できた。反対に、木の枝や石ころを合成する時は、合成した結果として何を造りたいのか、ほとんど考えていなかった。
三種類以上の素材で合成が上手くいかなかった理由は、これだったのだ。作りたいものがわからないのにただ混ぜ合わせたって、上手くいくわけがなかったんだね。
「だから言ったろ? レガロは俺の弟なんだ、これくらいはできて当然だ」
わしわしと頭を撫でられる。
「上手くいったとこ悪いんだが、この斧は返してもらっていいか?」
「もちろん。マグナ兄のものなのに、別のものにしちゃってごめんなさい」
「気にすんな。これはこれで、咄嗟の飛び道具に使いやすそうだ」
少しだけ、このままもらえたら嬉しいと思ってしまったけど、マグナ兄にも立場がある。
マグナ兄が見ているところで触ったり振ったりするならまだしも、三歳の子供に斧を渡してしまうわけにはいかないよね。
「ありがとう。あんまり稽古の邪魔になっちゃっても悪いし、そろそろ行くね」
「おう、それじゃあな」
正直に言えば、早く自分の部屋に戻って、素材合成を試したい気持ちでいっぱいだった。
シルヴァ兄からは魔力制御のイメージを、マグナ兄からは合成したいものをしっかり思い描くことの大切さを教えてもらった。
おかげで三種類以上の素材でも合成できたし、魔力の消費量も制御できた。
もっともっと、色々とできる気がする。早く試したい。
僕はマグナ兄に手を振って、いそいそと自室へ引き上げた。
素材合成は、指先から出る光でぐるっと囲ったものをまとめて合成してくれる。
これは僕の意識次第というか、とてもざっくりしていて加減が難しい。例えば、椅子の上に木の枝を二本置いてぐるっと囲むと、木の枝二本から木のネジが合成される。一緒に囲っているはずの椅子は、合成の対象にはされない。
合成されるものも頭の中で考えたものにそって決まるらしく、何も考えずに木の枝二本をぐるっと囲むと、太い木の枝になってしまったり、合成自体が上手くいかなかったりする。
それから素材分解は、対象に直接手を触れる必要があった。
合成と同じように、囲った範囲でイメージしたものをなんでもかんでも分解できたら、使いどころはともかくかなりすごいスキルだと思ったけど、それなりに制約があるんだね。
自室の小さなテーブルに突っ伏して、ひんやりした感触をほっぺたに感じながら、今日の成果をぼんやり眺める。
木の枝から合成した太い木の枝とネジが数本。石から合成した綺麗で少し形の整った石。葉っぱから合成したざらざらの紙。それから、部屋にあったいくつかの小物を分解した素材。
スキルを何度か使うと、けだるくなってきて精度が落ちる。こうなってきたタイミングが、僕の魔力量の限界なのだろう。
日を追うごとに少しずつ、スキルを使える回数が増えているから、練習次第で魔力量も増えていくのだろう。地道な練習あるのみだ。
「なかなか、ぱあんと上手くはいかないなあ」
誕生日にもらった、ドラゴンの仕掛け箱に目をやった。
魔力切れを起こすくらいのオーバーワークだったとはいえ、最初にスキルを使った時は、複雑な仕掛けになっていたあの箱を元通りに合成できた。
魔力が足りないからなのか、初回限定サービスだったのか。あれ以来、いくら頑張っても二種類を超える素材を使った合成には成功していない。
素材分解はまだいい。複数の素材やパーツが使われていても、触れられさえすれば分解できる。
今のところ、合成の方が微妙な使い勝手だ。使いこなせたら、合成の方が便利そうなのに。
「何が違うんだろ」
考えても今はわからないし、まだけだるさが残っていて、すぐには練習を再開できそうにない。
念のため、いくつかの素材をパンツのポケットに入れて部屋を出る。少し気分を変えたかった。
王城だけあって、前世の日本からしてみればありえないくらいの広さだ。
誕生日パーティーをやってもらった広間の他にも、大きな部屋がいくつもあるし、あまり使ってはいないようだけど、謁見の間もある。
前世のゲームだとかのイメージだと、王様は玉座に座ってどっしりしているイメージだった。
実際はそうではないらしい。父さんは誰かに会う時にも、広間だとか応接室のようなところを使っていて、対等な目線でのやりとりを大事にしているようだった。
「あんなとこにふんぞり返ってるより、腹割って話した方が早いだろ? そもそも俺は偉くないしな」
記憶の中の父さんは、そう言って笑っていた。
王としての自覚であるとか、警備面での不安であるとか、家臣の一部に異を唱える人も少なくはない。それでも父さんは、今のところスタンスを変えるつもりはないようだ。
母さん、マグナ兄、シルヴァ兄も父さんと同じ考え方のようで、王族だから偉いのだとか、権威を笠に着るような言動や行動だとかはしていないようだ。
ドラゴンの仕掛け箱を御者とコックに見せた時も母さんに怒られていたし、御者とコックのふたりにしても、駆け付けはしたものの父さんにちゃんと文句を言っていた。
これは僕にとっても、嬉しいところだ。前世の日本で仕事上の上下関係はあったものの、王族と平民としての関わり方を意識するような場面は、当然ながらなかった。余計な気遣いをしなくていいのは、すごく助かる。
それからもうひとつ、行動の自由度が高いのも嬉しい。
王族と国民の距離が近いおかげで、かなり自由に城下町まで動きまわれるのだ。
そもそも外交と貿易に課題がある国なので、他国の人間がほとんどいないという残念な事情はあるものの、城下町までであれば、治安はかなりいいと思う。
「おや、レガロ様。どちらに?」
「マグナス様は中庭で稽古を、シルヴァン様は広間で魔法の練習をするとおっしゃっていましたよ」
「ヴィクター様とラシェル様は、今日は城下に出かけられています。日が暮れるまでにはお戻りになると思います」
そこかしこで、家臣たちが家族の居場所や状況を教えてくれる。
きっと、僕の話も同じように伝わっているのだと思う。
距離の近さと風通しのよさのおかげで、この自由が確保されているのだと思う。
前世なら、三歳児をほったらかして、と怒られそうな扱いも、この世界では寛容のようだ。
みんなの居場所を聞いて、僕は中庭に向かうことにした。
父さんと母さんは仕事中、シルヴァ兄からは、先日の話以上のヒントはもらえそうにない。それなら、マグナ兄に話を聞いてみようと思ったのだ。
「なあ、もう少し硬いものはないか? これでは剛腕の訓練にならない」
「お見事でございますが、申し訳ございません。これ以上のものはすぐにはご用意できず……」
マグナ兄は、話を聞いた通り稽古の真っ最中だった。
稽古の負荷を上げるために、なにやら相談しているようだ。
「そうか。それなら仕方ない。無理を言って悪かった。もういくつか重ねて、束ねてみるか」
ずたずたに切り裂かれた重たそうな金属の板を、マグナ兄がひょいと持ち上げて、ぐいぐいと束ねていく。何度かやり直して形を整え、武骨なオブジェを作り上げると、マグナ兄は満足そうに頷いた。
少し距離を取って、愛用の斧を二刀流に構えると、目にもとまらぬ速さでそれを振るう。
スキルの影響なのか、マグナ兄の潜在的な魔力の残滓なのか、振るった斧の軌跡を辿るように、深紅の光の帯が現れては消える。
洗練された動きと相まって、まるで力強い舞を見ているようだった。
マグナ兄の稽古は、見応えがあってかっこいい。
見応えがあるというか、わかりやすく強いというか。
「こんなものか。父さんもいないのでは、後は素振りをいくらか……うん?」
束ねた金属の塊をあらかた細切れにしたところで、マグナ兄が僕に気づく。
「そうか、レガロ。よく来てくれたな、嬉しいぞ。俺はこの日を待っていた」
「うん?」
「さあ、これならいいだろう」
ずい、と差し出されたのは、脇差ならぬ脇斧とでも言うべきか。マグナ兄が振るっているものより、ひとまわり小ぶりな手斧だった。
「俺が投擲用に使っているものだ。最初はこのサイズから始めるといい。やはり魔法より武芸。剣より斧だよな」
さあ、と差し出された手斧を反射的に片手で受け取る。ずしりと重たくて、慌てて両手でしっかりと柄を掴みなおした。
「レガロが来るとわかっていたら、的を残しておけばよかったな」
マグナ兄が、ついさっき細切れにした金属製の的だったものに目をやり、肩をすくめる。
「まずは斧で切り裂く楽しさを体験してほしかったが、まあいいだろう。型を覚えるのも大事だ。準備運動はしてきたか? していないならまずは――」
「待って、マグナ兄。違うんだ。今日はちょっとスキルについて聞きたくて」
「はっはっは、剛腕か。こればかりは、意図的に覚えられるものではないからな。心配しなくても大丈夫だ。レガロは父さんの子で、俺の弟なんだからな。素質はあるはずだ」
どうしよう、まったく話の方向が変えられない。
ここは強引にでも切り替えないと、マグナス・ブートキャンプが始まってしまう。
「てえい!」
「うお、なんだどうした!?」
僕は、マグナ兄に手渡された小ぶりの斧を素材分解でバラバラにした。
投擲用だといっていたし、気軽に渡してきたものだから、一点ものではないはずだ。
もし違ったら謝って、どれだけ時間がかかっても、必ず元通りに合成できるように頑張ろう。
「ごめんマグナ兄。実はこのスキルのことで、相談があってきたんだ」
刃の部分の金属板、柄の木材、それから刃と柄を繋いでいたクサビの金属。
見事に分解された手斧のパーツを拾い上げ、しげしげと眺めてから、マグナ兄はふむと頷いた。
「大丈夫だ。生産系のスキルを持っていても、地道に訓練をしていけば剛腕を覚えられる可能性はある。海の向こうには、十のスキルや複数属性の魔法を使いこなす者もいると聞く」
「もう、そうじゃなくて……」
「はっはっは、冗談だ。俺で力になれることなら、なんでも言ってくれ」
マグナ兄は豪快に笑い飛ばした。なかなか本気の目だった気がするけど、まあいいか。
ようやく相談に入れそうだし、蒸し返さずに進めようね。
「ちょっと見ててね」
僕はポケットから、練習に使っている二個の石ころを取り出した。
地面に置いて素材合成のスキルを発動し、形のいい石を合成する。
「よくできてるじゃないか」
「ありがとう。もう一回見ててくれる?」
今度は合成した石と中庭に生えていた草、それから木の枝を光の円で囲んで合成を試みる。
しかし素材合成は上手くいかず、小さな破裂音がしただけで、草がはらはらと風に舞った。
「ドラゴンの仕掛け箱はたくさんのパーツがあったのに、上手く合成できたんだ。でもあれから、二種類までの素材しか合成できなくて」
マグナ兄は、「なるほどな」となぜかすごく嬉しそうに白い歯を見せた。
それから、僕がさっき分解した手斧の部品を集めてきて、おもむろに地面に置いた。
「これを元に戻せるか?」
「部品が三種類以上あるから、無理だと思う」
「ほれ」と軽い掛け声にあわせて、僕が分解したのと同じ手斧を、ひょいと渡される。
「わっ……あぶないよ」
ずしりとした重さをどうにか受け止めてから、ほっぺたを膨らませた。
「同じもんだ。これならいけるだろ、お手本が目の前にあるんだからな」
そう言われても、素材の種類が増えると失敗するのに。黙って手斧を見つめる僕を見て、マグナ兄はさっきよりさらに嬉しそうに噴き出した。
「こいつは思ったより重症だな。しっかりお手本を見て、同じものを作ってやるぞ、なんならもっといいもんを作ってやるぞって、気合入れてやってみろよ」
半信半疑ながら、ずっしりした手斧をよく観察してみる。
カーブした柄は持ちやすく、投げやすいように工夫されているのだろう。鈍い光を帯びた刃は、よく手入れされているのがわかる。
刃先から柄まで、形を確かめながらゆっくりと眺めて、分解した手斧の隣にそっと置いた。
「やってみる」
頑張れ、と声をかけてくれたマグナ兄の声が、なんだか遠くに聞こえた。
素材合成のスキルを発動して、バラバラになった手斧のパーツをぐるりと囲んでいく。
鼓動が高鳴る。身体が熱くなってふわふわする。
――それ、ダメ。
シルヴァ兄が腕組みして胸を張る姿が思い出されて、ちょっとだけくすりとした。
身体の熱が引いていく。集中力は維持しながら、身体に熱が溜まらないように気を付けて、しっかり観察した手斧を視界の端に入れる。
もう少し全体的なサイズを小さくして、僕でも片手で持てるようにできたらいいな。
マグナ兄が、赤い魔力の残滓を引き連れて、斧を二刀流にしていた姿を思い出す。
囲んだ光から複雑な魔法陣が現れ、ぎゅっと力が吸い取られる感覚があった。
だけど、ドラゴンの仕掛け箱の時のように、ふわふわした感じはもうしない。
木の枝や石を合成した時は、魔法陣は現れなかった。囲んだものが、ぽんと軽い音を立てて合成されるだけだった。しっかりした道具を合成する時は、魔法陣が必要なのかもしれない。
カチカチと、機械式の時計が針を動かすような音がして、魔法陣の光が強くなっていく。
――これなら、いける。
確信した瞬間、ぱあんと大きな音がして、光が強くなった。
「こいつはなかなか」
「やったあ」
光が収まり、魔法陣が消えた後には、僕が片手で持てるサイズの小さな斧が二挺、鈍い光を放って転がっていた。
「ありがとう、マグナ兄。なんとなくわかったかも」
ドラゴンの仕掛け箱の時も、手斧を合成した今も、何を作るか頭の中でしっかりイメージしたら、その通りのものが合成できた。反対に、木の枝や石ころを合成する時は、合成した結果として何を造りたいのか、ほとんど考えていなかった。
三種類以上の素材で合成が上手くいかなかった理由は、これだったのだ。作りたいものがわからないのにただ混ぜ合わせたって、上手くいくわけがなかったんだね。
「だから言ったろ? レガロは俺の弟なんだ、これくらいはできて当然だ」
わしわしと頭を撫でられる。
「上手くいったとこ悪いんだが、この斧は返してもらっていいか?」
「もちろん。マグナ兄のものなのに、別のものにしちゃってごめんなさい」
「気にすんな。これはこれで、咄嗟の飛び道具に使いやすそうだ」
少しだけ、このままもらえたら嬉しいと思ってしまったけど、マグナ兄にも立場がある。
マグナ兄が見ているところで触ったり振ったりするならまだしも、三歳の子供に斧を渡してしまうわけにはいかないよね。
「ありがとう。あんまり稽古の邪魔になっちゃっても悪いし、そろそろ行くね」
「おう、それじゃあな」
正直に言えば、早く自分の部屋に戻って、素材合成を試したい気持ちでいっぱいだった。
シルヴァ兄からは魔力制御のイメージを、マグナ兄からは合成したいものをしっかり思い描くことの大切さを教えてもらった。
おかげで三種類以上の素材でも合成できたし、魔力の消費量も制御できた。
もっともっと、色々とできる気がする。早く試したい。
僕はマグナ兄に手を振って、いそいそと自室へ引き上げた。



