息を吐き切るのに合わせて、ビームが小さくなっていく。
糸のようにか細い最後の一筋を振り払うと、フェンリル・ケイオスがふんと鼻で笑った。
ダメなのか?
靄がかかったような視界に、こちらを見下した醜悪な顔が映る。
「レガロ様、挨拶はこの程度でいいんじゃない?」
「向こうに華も持たせたことだし、やっちゃおうか」
「え、でも……」
もう、魔力が。
声も出せず、視線を泳がせる。
悠々と歩を進めて、飛空挺の前までやってきたフェンリル・ケイオスが、右の前足を振りかぶる。
「レガロは優しいね。こんな時でも、僕が教えた通りに魔力を制御しようとしてる」
シルヴァ兄がにっこりと微笑む。
「でもね、今だけは大丈夫だよ。何も考えなくていい、ぶっ放しちゃおう」
「私もついてるから」
シエナ姫が、ぎゅっと両方の拳を握った。
力が溢れてくる。違う。これは元々、僕の中にあったものだ。
精密な操作が必要だったり、誰かに迷惑をかけないようにだったりして、無意識に使わないでいたものだ。
「本当に、いいのかな?」
ふたりが、大きく頷く。
「そっか、ありがとう」
ぷつんと、何かが切れたような気がした。
愉悦に満ちた表情を浮かべて、フェンリル・ケイオスが右足を振り下ろす。
「わあああああああ!」
それに合わせて、僕は身体の中のすべての魔力を開放した。
「馬鹿な……こんな力が――」
オルブライトがすべてを言い終わらないうちに、ふたつの砲門からはみ出すほどの極太のビームが、フェンリル・ケイオスと海賊の旗艦を飲み込む。
形を保てなくなったフェンリル・ケイオスが爆散し、炎と氷が辺りにばらまかれた。
吐く息は白く、肌がじりじりと焼ける。
魔力切れ寸前でどうにか保っていた意識が、熱気と冷気と爆発で持っていかれ、僕はその場に崩れ落ちた。
身体の芯に響くような、ずしりとした衝撃と重低音が頭の奥に響く。
ずん、ずしん、と一定の間隔で脳が揺れる。不思議と、不快感はなかった。
心地よい揺れに身を任せて、もう少しだけこのまま眠っていたい。
――いや、ダメじゃない?
がばっと身を起こしたところで、もう一度ぐらりと辺りが揺れた。
「わ、よかった、起きた! ああいえ……レガロ様、お身体は大丈夫ですか? もう少し休んでいてくださいな」
ふらついた僕を支えてくれたのは、どうやらずっと隣にいてくれたらしいシエナだった。
「お邪魔してごめんなさいね? あなたのおかげで助かったわ、今は残党狩りをしているところだから、本当に休んでいて大丈夫よ」
操舵輪をしっかりと握りしめて、母さんが微笑む。
「あの後、シエナ姫とふたりで下のみんなを回収したんだよ。高さの調節があったり、そもそも飛んでたりでメテオライト号より少し複雑だったけど、使い方も大体わかったからさ。今は母さんが言う通り、残党狩りってわけ」
砲座の片方に座ったシルヴァ兄が、風魔法のビームを沈没寸前の海賊船に放り込みつつ、僕が聞きたかったことをひととおり教えてくれる。
反対側の砲座には、母さん直属の魔法使いが真剣な顔つきで座っていた。
「父さんとマグナ兄は?」
「モーターボートで、味方の救助と捕虜の回収ってところね。あのふたり、空よりこっちの方がいいって聞かなかったのよ」
砲座のモニター越しに覗いてみると、二隻のモーターボートが、壊れた船の破片を縫うようにして縦横無尽に駆け回っているのが見えた。
さすがにここからでは表情までは見えないけど、片手で斧を振り上げ、猛スピードで走り回るふたりのボートを見るに、絶対にふたりとも、高笑いして存分に楽しんでいることだろう。
「……僕って、どれくらい寝ちゃってたの?」
「そんなに長くはないわよ。丸一日寝てしまった最初の魔力切れと比べて、回復力も上がっているのね。本当に成長してくれていて嬉しいわ。こんな、空を飛ぶ船まで作ってしまうなんて……」
心なしか、母さんが少し複雑な表情を浮かべる。
飛空艇はさすがに、オーバーテクノロジーが過ぎたかもしれない。
まだぼんやりした頭の中で、いくつかの言い訳を急いで考えた。
「母さん、違うんだ。これは本当に夢中で――」
「私ね、小さい頃は鳥になるのが夢だったのよ。まさかこんな形で夢が叶うなんて思わなかった。とっても素敵な気分よ!」
「……そ、そう。それならよかった」
予想外のリアクションだった。そうだった、母さんは冷静で温和な顔をして、かなりやんちゃな人だったっけ。「このお母さまの斬新な感性があってこそ、今のレガロ様があるのですね」と、シエナがよくわからない納得の仕方をしている。
「大丈夫よ」
「え?」
「あなたが思い描くものを、私たちがすぐには理解できないこともあるかもしれないわ。それでも私たちは、あなたを信じていますからね」
「うん……ありがとう」
母さんの不意打ちに涙腺が怪しくなりつつ、しっかり笑ってお礼を言った。
「そうだ、オルブライトはどうなったの?」
飛空艇にみんなで移動して、海に投げ出された味方の救助と、海賊の残党狩りをやっているくらいだ。この場の脅威は去ったのだと予想はできる。
それでも、オルブライトがどうなったのかは確認しておきたかった。
「今のところ、捜索中だね」
シルヴァ兄が残念そうに肩をすくめる。
僕がありったけの魔力を放出したビームは、オルブライトが放ったフェンリル・ケイオスを飲み込み、海賊の旗艦を貫いた。
そのまま僕が気を失った後、海賊の旗艦は沈み、乗っていた海賊たちは散り散りに逃げていったのだという。
こちらはこちらで、それをすぐに追える状況ではなかった。
メテオライト号は度重なる魔法攻撃で炎に包まれていたし、それ以外で、海賊の包囲の中でまともに動ける船は、父さんとマグナ兄が乗るモーターボートくらいしか残っていなかった。
海に投げ出された味方も多く、体勢の立て直しを優先したのだそうだ。
幸い、貨物船を先頭にして海賊の包囲を逃れたいくつかの船が、先に体勢を立て直して海賊たちを外側から攻撃してくれたおかげで、余計な乱戦も避けられた。
とにかくその混乱が落ち着いて、こちらが残党狩りを開始する頃には、オルブライトがどうなったのかは誰もわからなくなっていたらしい。
捕まえた海賊たちは、ガレドーラ共和国と懇意にしていると思われていた、ある島国の王族を中心にした一族だった。
また、やはりというべきか、オルブライト直属の魔法兵部隊も混じっていて、海賊を操っていたのがオルブライトであることも、世界的に公表されるだろうとのことだった。
「ガレドーラ共和国が自力で手にしてきたと思われていた地位と利益の裏側が、全世界に晒されることになるわ。世界の情勢は大きく動くでしょうね」
「例え逃げ延びていたとしても、全世界に手配書が回りますから、もうまともな道で再起は図れないはずですわ」
母さんとシエナの説明を聞きながら、胸の奥にチクリとするものがあった。
――私はずっとひとりでやってきた。
オルブライトは、意地を張るわけでも、無理をしている様子もなく、当然のようにそう言いきった。
やり方はともかく、オルブライトは間違いなく天才だった。
次に何が売れるかを見極める目も、炎と氷をあわせてしまうほどの魔法も、個人で持てる能力としては、この場にいる誰よりも優れていたかもしれない。
ただひとつ、オルブライトには、力の使い方や考え方を教えてくれる人が、近くにいなかったのだ。
あるいは、そんなことを考える余裕のない厳しい環境があったのかもしれない。
僕が前世の記憶を取り戻したのが、まったく違う環境だったとしたら、オルブライトのようにならなかったと言い切れるだろうか?
「レガロ様、大丈夫ですか? やはりもう少し、休まれてはいかがですか?」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて、少し目を閉じていますね」
この環境を当たり前だと思わず、ちゃんと感謝しないといけないな。
無理をせず、頼れるところは頼っていこう。
反対に、大事な誰かが辛い思いをしている時は、頼ってもらえるようになろう。
大きな戦いを終えた安心感と静かな決意を胸に、僕はゆっくり目を閉じた。
糸のようにか細い最後の一筋を振り払うと、フェンリル・ケイオスがふんと鼻で笑った。
ダメなのか?
靄がかかったような視界に、こちらを見下した醜悪な顔が映る。
「レガロ様、挨拶はこの程度でいいんじゃない?」
「向こうに華も持たせたことだし、やっちゃおうか」
「え、でも……」
もう、魔力が。
声も出せず、視線を泳がせる。
悠々と歩を進めて、飛空挺の前までやってきたフェンリル・ケイオスが、右の前足を振りかぶる。
「レガロは優しいね。こんな時でも、僕が教えた通りに魔力を制御しようとしてる」
シルヴァ兄がにっこりと微笑む。
「でもね、今だけは大丈夫だよ。何も考えなくていい、ぶっ放しちゃおう」
「私もついてるから」
シエナ姫が、ぎゅっと両方の拳を握った。
力が溢れてくる。違う。これは元々、僕の中にあったものだ。
精密な操作が必要だったり、誰かに迷惑をかけないようにだったりして、無意識に使わないでいたものだ。
「本当に、いいのかな?」
ふたりが、大きく頷く。
「そっか、ありがとう」
ぷつんと、何かが切れたような気がした。
愉悦に満ちた表情を浮かべて、フェンリル・ケイオスが右足を振り下ろす。
「わあああああああ!」
それに合わせて、僕は身体の中のすべての魔力を開放した。
「馬鹿な……こんな力が――」
オルブライトがすべてを言い終わらないうちに、ふたつの砲門からはみ出すほどの極太のビームが、フェンリル・ケイオスと海賊の旗艦を飲み込む。
形を保てなくなったフェンリル・ケイオスが爆散し、炎と氷が辺りにばらまかれた。
吐く息は白く、肌がじりじりと焼ける。
魔力切れ寸前でどうにか保っていた意識が、熱気と冷気と爆発で持っていかれ、僕はその場に崩れ落ちた。
身体の芯に響くような、ずしりとした衝撃と重低音が頭の奥に響く。
ずん、ずしん、と一定の間隔で脳が揺れる。不思議と、不快感はなかった。
心地よい揺れに身を任せて、もう少しだけこのまま眠っていたい。
――いや、ダメじゃない?
がばっと身を起こしたところで、もう一度ぐらりと辺りが揺れた。
「わ、よかった、起きた! ああいえ……レガロ様、お身体は大丈夫ですか? もう少し休んでいてくださいな」
ふらついた僕を支えてくれたのは、どうやらずっと隣にいてくれたらしいシエナだった。
「お邪魔してごめんなさいね? あなたのおかげで助かったわ、今は残党狩りをしているところだから、本当に休んでいて大丈夫よ」
操舵輪をしっかりと握りしめて、母さんが微笑む。
「あの後、シエナ姫とふたりで下のみんなを回収したんだよ。高さの調節があったり、そもそも飛んでたりでメテオライト号より少し複雑だったけど、使い方も大体わかったからさ。今は母さんが言う通り、残党狩りってわけ」
砲座の片方に座ったシルヴァ兄が、風魔法のビームを沈没寸前の海賊船に放り込みつつ、僕が聞きたかったことをひととおり教えてくれる。
反対側の砲座には、母さん直属の魔法使いが真剣な顔つきで座っていた。
「父さんとマグナ兄は?」
「モーターボートで、味方の救助と捕虜の回収ってところね。あのふたり、空よりこっちの方がいいって聞かなかったのよ」
砲座のモニター越しに覗いてみると、二隻のモーターボートが、壊れた船の破片を縫うようにして縦横無尽に駆け回っているのが見えた。
さすがにここからでは表情までは見えないけど、片手で斧を振り上げ、猛スピードで走り回るふたりのボートを見るに、絶対にふたりとも、高笑いして存分に楽しんでいることだろう。
「……僕って、どれくらい寝ちゃってたの?」
「そんなに長くはないわよ。丸一日寝てしまった最初の魔力切れと比べて、回復力も上がっているのね。本当に成長してくれていて嬉しいわ。こんな、空を飛ぶ船まで作ってしまうなんて……」
心なしか、母さんが少し複雑な表情を浮かべる。
飛空艇はさすがに、オーバーテクノロジーが過ぎたかもしれない。
まだぼんやりした頭の中で、いくつかの言い訳を急いで考えた。
「母さん、違うんだ。これは本当に夢中で――」
「私ね、小さい頃は鳥になるのが夢だったのよ。まさかこんな形で夢が叶うなんて思わなかった。とっても素敵な気分よ!」
「……そ、そう。それならよかった」
予想外のリアクションだった。そうだった、母さんは冷静で温和な顔をして、かなりやんちゃな人だったっけ。「このお母さまの斬新な感性があってこそ、今のレガロ様があるのですね」と、シエナがよくわからない納得の仕方をしている。
「大丈夫よ」
「え?」
「あなたが思い描くものを、私たちがすぐには理解できないこともあるかもしれないわ。それでも私たちは、あなたを信じていますからね」
「うん……ありがとう」
母さんの不意打ちに涙腺が怪しくなりつつ、しっかり笑ってお礼を言った。
「そうだ、オルブライトはどうなったの?」
飛空艇にみんなで移動して、海に投げ出された味方の救助と、海賊の残党狩りをやっているくらいだ。この場の脅威は去ったのだと予想はできる。
それでも、オルブライトがどうなったのかは確認しておきたかった。
「今のところ、捜索中だね」
シルヴァ兄が残念そうに肩をすくめる。
僕がありったけの魔力を放出したビームは、オルブライトが放ったフェンリル・ケイオスを飲み込み、海賊の旗艦を貫いた。
そのまま僕が気を失った後、海賊の旗艦は沈み、乗っていた海賊たちは散り散りに逃げていったのだという。
こちらはこちらで、それをすぐに追える状況ではなかった。
メテオライト号は度重なる魔法攻撃で炎に包まれていたし、それ以外で、海賊の包囲の中でまともに動ける船は、父さんとマグナ兄が乗るモーターボートくらいしか残っていなかった。
海に投げ出された味方も多く、体勢の立て直しを優先したのだそうだ。
幸い、貨物船を先頭にして海賊の包囲を逃れたいくつかの船が、先に体勢を立て直して海賊たちを外側から攻撃してくれたおかげで、余計な乱戦も避けられた。
とにかくその混乱が落ち着いて、こちらが残党狩りを開始する頃には、オルブライトがどうなったのかは誰もわからなくなっていたらしい。
捕まえた海賊たちは、ガレドーラ共和国と懇意にしていると思われていた、ある島国の王族を中心にした一族だった。
また、やはりというべきか、オルブライト直属の魔法兵部隊も混じっていて、海賊を操っていたのがオルブライトであることも、世界的に公表されるだろうとのことだった。
「ガレドーラ共和国が自力で手にしてきたと思われていた地位と利益の裏側が、全世界に晒されることになるわ。世界の情勢は大きく動くでしょうね」
「例え逃げ延びていたとしても、全世界に手配書が回りますから、もうまともな道で再起は図れないはずですわ」
母さんとシエナの説明を聞きながら、胸の奥にチクリとするものがあった。
――私はずっとひとりでやってきた。
オルブライトは、意地を張るわけでも、無理をしている様子もなく、当然のようにそう言いきった。
やり方はともかく、オルブライトは間違いなく天才だった。
次に何が売れるかを見極める目も、炎と氷をあわせてしまうほどの魔法も、個人で持てる能力としては、この場にいる誰よりも優れていたかもしれない。
ただひとつ、オルブライトには、力の使い方や考え方を教えてくれる人が、近くにいなかったのだ。
あるいは、そんなことを考える余裕のない厳しい環境があったのかもしれない。
僕が前世の記憶を取り戻したのが、まったく違う環境だったとしたら、オルブライトのようにならなかったと言い切れるだろうか?
「レガロ様、大丈夫ですか? やはりもう少し、休まれてはいかがですか?」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて、少し目を閉じていますね」
この環境を当たり前だと思わず、ちゃんと感謝しないといけないな。
無理をせず、頼れるところは頼っていこう。
反対に、大事な誰かが辛い思いをしている時は、頼ってもらえるようになろう。
大きな戦いを終えた安心感と静かな決意を胸に、僕はゆっくり目を閉じた。



