崖っぷち王国の大躍進!~末っ子王子はチートスキル『素材合成(マテリアマージ)』で大空を制覇する~

「信じられない……空を飛んでいるなんて」
「びっくりを通り越してどうかしてるって。最高だよ、レガロ」
 シエナとシルヴァ兄にもみくちゃにされながら、「まずはメテオライト号を助けよう」と告げる。
 操舵輪の脇に据え付けたマイクのスイッチを、オンにした。
「海賊船に告ぐ。今すぐ投降すれば、この場で命までは取らない。抵抗するなら容赦はしない」
「わ、なんですのこの大きな声は!?」
「ちょ、ごめん。声拾っちゃうからちょっと待ってね?」
 シエナの声が割り込んで、急に締まらなくなってしまったものの、海賊たちへの警告は済んだ。
「レガロ、シルヴァ兄、シエナ姫は無事です。イグナイト国王をはじめ、クイーン・ベアトリス号に残った皆さんもです。みんな、もう少しだけ待っててね、必ず助けるから!」
 続けて、メテオライト号と味方に向かって声を投げる。
 わっと歓声が上がり、いくつかの魔法弾が返事がわりに撃ち上げられた。
 マイクを切って、ふたりに向き直る。
「操舵輪の両脇に、金属の板があるでしょ? 何が見える?」
「メテオライト号……炎に包まれてる」
「どうしてこんなものが? これはいったいなんですの?」
「魔法を撃ちだせる大砲に取り付けたカメラで……ええと、つまりはこの飛空艇の船首から見える景色がそこに映ってるんだ」
 シルヴァ兄とシエナの顔が、完全にハテナマークに包まれている。
 操舵輪の両脇に据え付けたのは、モニター兼砲座だ。
 イグナイト王国が誇る魔法金属で作った金属板モニターには、十字のラインが入っている。
 これを照準がわりにして、金属板に向けて魔法を放つことで、船首に取り付けた二門の魔導大砲から、放った魔法を収束した魔導ビームを撃てる仕様だ。我ながらわけがわからない。
 ぶっつけ本番で考えたから、撃った瞬間に爆発とかしたらどうしよう。
 その時は、もし命があったらみんなに謝ってしまおうね。
 実は大博打だらけの合成で、ぐるぐると回る不安を表情には出さないように気を付けて、同じ説明をふたりにする。
 舵取りのための操舵輪と、高さを調節するレバーを操作して、メテオライト号の先にいる海賊たちの旗艦をモニターに映した。
 海賊船の標的は完全にこの船に移っていて、いくつもの魔法が撃ち込まれているのがモニター越しに見える。着弾のたびに船が揺れ、シエナが不安そうにする。
「ねえこれ、大丈夫なの? 空を飛んでいるのはすごいけど、的にされちゃってない?」
「大丈夫だと思う。魔法金属を思いっきり使ったから、少し揺れはしてもダメージはほとんどないはずだよ。ふたりとも、準備して」
 ぎりぎりの状態で、わけのわからないことが続きすぎたからだろうか。
 僕もシエナも、貴族っぽい言葉遣いが完全に消えて、普通の喋り方になっている。
 まあいいか、この場でそんなものを取り繕うより、大事なものがあるということで。
 シルヴァ兄とシエナが、不安そうにしつつもそれぞれ砲座につく。
「脇にあるレバーで、ある程度は照準を動かせるから」
 急ごしらえだから、可動域はそんなに広くないものの、上下左右に少しなら砲門を動かせるようになっている。
 ふたりは初めての操作に顔をしかめながら、海賊の旗艦に照準を合わせた。
「ここに魔法を撃てばいいんだよね? ちょっと怖いし、最初は弱めに調節しようかな」
「そ、そうね。魔法が跳ね返ったり、ここで爆発しちゃったら困るもんね」
 僕がこっそり考えていた不安を、あっさり口にされて変な汗が出る。
「そんなことにはならないから、安心してね」
 口を動かしながら、我ながらこんなに棒読みになってしまうものかとひやひやした。
 案の定、僕の顔を覗き込んでからより警戒心を強くした表情になったふたりが、短めの詠唱でそっと小さな魔法を手の上に作り出した。
「ウインドカッター」
「ファイヤーボール」
 撃ちだされたか細い風と炎のビームが、海賊の旗艦に吸い込まれる。
「当たった……よね?」
「何も起きなかったみたい?」
 しかしそれは、ほとんど何のダメージも与えられなかったようだ。
「違うよ、何も起きなかったんじゃなくて、威力が弱すぎたんだって」
「あ、でも見て」
 シエナがモニターを指さす。
「挑発するには十分だったみたい」
 海賊の旗艦から、巨大な氷の狼が姿を現し、こちらに向かって駆けてくる。
「無理無理無理無理! 撃って、本気のヤツ撃って!」
 モニターいっぱいに、怒りに満ちた形相の狼が迫る。あんなものを喰らったら、さすがにひとたまりもない。
「うわああああ!」
「きゃああああ!」
 シルヴァ兄とシエナが、悲鳴をあげて全力の魔法をモニターにぶつけた。
 これまでで一番の衝撃に、ぐらぐらと船が揺れる。
「ふたりとも大丈夫?」
 傾いた船を、どうにか立て直す。
 モニターには、恨めしそうな顔で歯ぎしりしながら消えていく氷の狼が映し出されていた。ふたりの魔法で、どうにか相殺できたみたいだ。
「次、くるよ! なにあれ、あんなの誰が……ナニが乗ってるんだ、あの船……!」
 海賊の旗艦に乗っている誰かを、完全に怒らせたらしい。
 今度は、炎と氷が複雑に絡みついた、先ほどの倍はあろうかという狼が現れ、怒りの咆哮をあげた。
 狼を中心にして、炎と氷の柱が海上にまき散らされる。
 船団をひとりで壊滅させられるような、とんでもない威力だ。
 だけどそれは、裏を返せば最後の一手でもあるはずだ。
「ここにきてアレを出すってことは、向こうも最後の勝負に出てきたってことだよね」
 自分に言い聞かせるように、口に出す。
 炎と氷を宿した狼は、モニターの向こうどころか、肉眼でも確認できる大きさに成長して、飛空艇の真正面に立ちふさがった。
「ふざけたクソガキども……このフェンリル・ケイオスで終わりにしてくれる」
「しゃべった!? いや、待って……この声って!?」
 口調がまったく違うし、魔法で作られた狼を介しているのでくぐもってはいるけど、間違いない。
 操舵輪の反対側に据え付けた、マイクのスイッチを再び入れた。
「オルブライト・ワイズマン……やっぱりあなただったんですね」
「やっぱり? はっ、気づいていたとでも抜かすつもりか?」
「……信じたくはなかったです。ステラロード王国が、あなたにお世話になっていたのは事実ですから。だけどあなたは、海賊に襲われた僕たちか、海賊本人しか知らないはずの、モーターボートのことを知っていた」
 一瞬の間があった。
「なるほど。私としたことが、喋りすぎていたわけですか。子供相手だと思って、油断しましたね」
 フェンリル・ケイオスの口から、くつくつと暗い笑みが漏れる。
「レガロ・ステラロード……お前、本当に三歳のガキか? 何が化けてる? 大事なご家族の皆さんに、正体を教えてやれよ」
 丁寧な言葉遣いに戻ったのは一瞬で、ドスのきいた低い声が僕をののしる。
思わず、押し黙ってしまった。
 化けているのとは違うけど、前世の記憶がある僕は、本物のレガロと言えるのか?
 わからないまま、それでも自分はレガロなのだと信じて、この家族を守りたい気持ちを信じて行動してきた。それがこんな、たった一言で揺らいでしまうなんて。
「あなたは馬鹿なの?」
「ああ!?」
 心の底から信じられない、というような声で、シエナがぽつりと呟いた。
「レガロ様は、レガロ様に決まってるでしょ?」
「そうだね。スキルに覚醒してから急に成長したとは思うけど、大事な弟を化け物呼ばわりは心外だね。ああ、シエナ姫がおっしゃるように、あなたが馬鹿なのは間違いないようだから、わからなくても仕方ないのかな」
 フェンリル・ケイオスが、そしてその向こうにいるオルブライトが歯ぎしりする音が、ここまで聞こえてきそうだ。
 まさしく鬼のようなフェンリル・ケイオスの形相を見て、シルヴァ兄とシエナがさらにけらけらと笑ってマイクパフォーマンスをぶつける。
「せっかく海賊に紛れ込んだのなら、最後まで海賊のフリをしていればよかったのに。これでは、ガレドーラ共和国はおしまいね?」
「やだやだ、自己顕示欲の強い人はこれだから。我慢できないんだもんなあ」
 ひええ。それ以上煽らない方がいいんじゃないですかね?
 僕の方が心配になるくらいの煽りっぷりに、今度はオルブライトが押し黙る番だった。
「……心配には及びません。あなたたちはこの場で、全員消してご覧にいれますから。私はずっとひとりでやってきた。これからも私が、世界を動かしていくのです。正体を明かしたのはその決意表明と、あなた方へのせめてもの敬意だとお考えください」
 いつかの時に感じた、心の芯が冷えるような感覚を覚える。
 知らずに、半歩後ずさっていることに気付いて、頭の奥がチリチリと焼ける。
「何をおっしゃっているのかしら。正体を明かした? あなたの正体を暴いたのは、レガロ様でしょう? 恥を知りなさい」
 シエナの頼もしすぎるこの一言が、最後の引き金になったらしい。
 オルブライトは喋るのをやめ、かわりにフェンリル・ケイオスの全身を覆う炎と氷が、ひとまわり大きくなった。
「くるよ、レガロ。せっかくの空飛ぶ船だけど、これを囮にして逃げるしかないかな」
「言いたい放題言えたから、スッキリしちゃった」
 ふたりが、にっと白い歯を見せて笑う。
 やっぱりそうだ。さっきの氷の狼を相殺した魔法で、ふたりの魔力はほとんど尽きている。オルブライトを散々に煽ったのは、他の船にあの脅威を向けないためだ。
「じゃあふたりは逃げて。僕はもうひとつだけ、試したいことがあるから」
 それでも、僕は首を横に振った。
「何言ってるの、本当に死んじゃうかもしれないんだよ?」
「そうだよレガロ。まさかこの船で、アレを避けきれるとか考えてないよね?」
 シエナにしがみつかれ、シルヴァ兄からは冷たい視線をいただいた。
 もう一度、首を振る。僕が考えているのは、攻撃を避けるのではなく別の手だ。
「ふたりが言う通りにこの船を囮にして、もしあの魔法が消えなかったら、結局その後はひどいことになるよね? あれは、この場でなんとかしなくちゃいけないんだ」
 形を保ったまま、術者の声や表情まで届けるような強大な魔法だ。
 飛空艇を壊した後も消えずに、僕たちの船をすべて破壊する力を持っていたとしても、おかしくはない。いくらオルブライトが怒り心頭だったとしても、この場にいる僕たちをすべて消すと宣言したくらいだ。そのための手を考えもせずに、正体を明かすとは思えなかった。
「そりゃあスカッと倒して終わりにしたいけどさ。もう魔力がないんだよ」
「ごめんなさい、私もシルヴァン様と同じ」
「わかってる。だから、僕がやる」
 僕が合成した魔導大砲は、放った魔法を収束して、ビームに変えて撃ち出せる。
 そしてそれは、魔法ではなく魔力の塊でも、同じことができるようになっている。
「僕は、僕だけがみんなを守る力がないのが悔しかったんだ。だから、僕も戦えるようにしイメージして、この飛空艇は合成したんだ」
 操舵輪の下に据え付けられた、もうひとつのパネルを操作する。
 魔導大砲に繋がるふたつのモニターが、僕の手元に移動した。
「それ、移動できたんだ? どういう仕組み?」
「仕組みはわかんないけど、そうできるようにイメージしたんだよ」
 ほええ、とふたりがわかったような、わからないような声を出す。
「ふたりともありがとう」
 シルヴァ兄とシエナにしっかり目を合わせて、頭を下げた。
 僕は僕なのだと、はっきり言ってもらえたおかげで、揺れかけていた気持ちを立て直せた。
 頭の中に、この世界の人間ではない前世の記憶があろうとも、信じてくれる人たちがいるならしっかり前を向ける。
 大事な家族と仲間を助けたい気持ちが、嘘ではないとはっきり言える。
「物凄く揺れると思うから、しっかり掴まっててね」
 フェンリル・ケイオスが空を蹴った。
 炎と氷の爪痕を真っ青な空の上に残しながら、ぐんぐん加速する。
 あっという間に僕たちの飛空艇を射程に捉えると、フェンリル・ケイオスが最後の跳躍を見せた。
飛びかかってきた赤と青の巨大な狼に、ぐらつく照準を合わせ直して、大きく息を吸い込む。
「いっけえええええええ!」
 飛空艇から放たれた真っ白なビームと、フェンリル・ケイオスが真正面から衝突する。
 想像した通り、魔法の形をしていない魔力の塊でも、しっかりした威力を出せている。
「押し潰してくれる!」
 フェンリル・ケイオスが僕のビームを受けながら、力ずくで前に進んでくる。
 空中にしっかりと立てた爪で一歩ずつ、しかし確実に距離を詰めてきていた。
 跳躍したところを狙ったので、かわされずに済んだのはよかったけど、貫ききれなかったのは痛い。
身体の中にあった魔力がぐんぐん吸い取られて、久しぶりの脱力感に襲われる。必死でモニターに手をついた。
「どうやら限界のようだな、格の違いを教えてやろう」