崖っぷち王国の大躍進!~末っ子王子はチートスキル『素材合成(マテリアマージ)』で大空を制覇する~

 ナーガは脳天に刺さったままの小さな手斧を、振り外そうと必死になって暴れていた。しっかり狙いを定めて突進されるよりマシなのかもしれないけど、これはこれでかなり危ない。
「わ、今度は何!?」
 ナーガがちょうど海面から顔を出したタイミングで、轟音とともに色とりどりの光が降り注ぐ。
「イグナイト王国の魔法か。あのタイミングに合わせてくるとは、やるもんだな」
 いつの間にか隣に来ていたマグナ兄が、今にも飛ばされそうになっていた僕をひょいと掴まえて、声を弾ませた。
 まわりを見回せば、イグナイト王国の船団がナーガを遠巻きに取り囲むように布陣していた。
 ステラロード王国の船と違って、エンジンやスクリューはないはずなのに、すごい操船技術だ。
「私たちも狙いましょう」
「倒すのは骨が折れそうだけど、逃げ出したくなるようにすればいいんだもんね」
「父さんにできたなら、俺だって脳天直撃、いけるはずだよなあ?」
 母さん、シルヴァ兄、マグナ兄が進み出て攻撃に参加する。
 特にマグナ兄は、投擲用の手斧を物凄い勢いで海中めがけて放り込んでいる。父さんが一撃でナーガの脳天に手斧を突き立てたのが、よっぽど悔しかったらしい。
 色とりどりの魔法が空を染め、槍と斧と矢の雨がナーガに降り注ぐ。
 他の魔物たちは、混乱しながらもすでにほとんどがこの海域を離れているし、僕たちを妨害する相手は少ない。何度か船に体当たりを仕掛けてきてはいるものの、さすがの海の怪物ナーガも、旗色が悪いように見えた。
 ナーガの包囲網には、一カ所だけ穴が開けてある。
 倒しきるのが大変なのは言うまでもないので、適当なところで逃げていってもらうためだろう。
 それなのにナーガはなかなか諦めず、執拗にクイーン・ベアトリス号を狙う。
 一時は怒りに任せてメテオライト号を狙ってきていたのに、どうしてあんなにシエナたちが乗る船だけが狙われるのか。作為的なものを感じて、胸がざわつく。
 ぬらりと海面に顔を出したナーガの表情は憤怒に染まっていて、僕はさらに不安になった。
まずいまずいまずい。頭の奥がチリチリと焼けるように、警鐘が鳴り続けている。
「シルヴァ兄、クイーン・ベアトリス号までジャンプできる?」
「ええ? それはちょっとギリギリだね。前にも言ったと思うけど、僕の魔法は空を飛べるわけじゃないから」
「お願い。ナーガがいくら狂暴だって言っても、あれは普通じゃないよ」
 矢が刺さっても、魔法が直撃しても、ナーガはクイーン・ベアトリス号を睨みつけたままだ。
 ここまで歯ぎしりが聞こえてきそうなくらい、がっちりと食いしばった口元から大きな牙がはみ出している。
「しょうがない、やってみようか。色々落ちてるから、上手くやれば跳べるかもしれない」
 海面には、えぐられた船の一部だとか、放り出された積み荷だとかが散らばっている。
 異変を感じとったシルヴァ兄が、真剣な顔で甲板の端まで僕を連れていってくれる。
「でも行ってどうするの? 僕ひとりの魔法でどうにかなる相手じゃないし」
 レガロだって戦う力はないでしょ、とシルヴァ兄が言外に告げる。
「素材合成で、何とかする」
 散らばったあれこれと素材ボックスの中身を使えば、やりようはあるはずだ。
「そんな話ならダメだよ、危険すぎる……ってうわ、なんて声」
 いよいよ決意を固めたように、ナーガが腹に響く咆哮をあげた。
 ナーガのまわりの海面は黒々と血に染まっていて、受けたダメージの深さを物語っている。
 それなのに、引くどころか視線はクイーン・ベアトリス号に固定されたままだ。
「あのナーガ、操られてる可能性はないのかな? 絶対おかしいよ、あんなの」
 魔物だって、魔力の影響を受けておかしくなっているとはいえ、生き物には違いない。
 命の危機を感じれば、それを回避するのが本能だ。
 この場に実はナーガの子供がいるとか、卵があるとか、子孫を残すためにやむを得ず戦いを選ぶ場合はあるのかもしれないけど、ここは海のど真ん中だ。可能性は低いだろう。
 咆哮を終え、いよいよ決死の突進を開始したナーガを見て、シルヴァ兄が仕方なく頷く。
「バレたら怒られるね、これは。ちゃんと生きて戻らないと」
「うん、絶対生きて戻ろうね」
 みんなが攻撃を続ける脇をすり抜けて、僕とシルヴァ兄は船から飛び出した。
 追いつけないかと思ったけど、クイーン・ベアトリス号に近寄らせまいと魔法攻撃が激化したおかげで、ナーガの速度が鈍る。
 何度も魔法に阻まれながら強引に進もうとするナーガに並び、そして追い抜く。
「次でラスト、しっかり掴まって。跳ぶよ!」
 シルヴァ兄に連れられて、クイーン・ベアトリス号に着地するための大ジャンプをキメる。
 眼下にやってきたナーガもまた、海面から大きく顔を出して、クイーン・ベアトリス号に飛びかかる姿勢を取った。
 蛇が自分より大きな獲物を飲み込む時のように、ありえない大きさに口が開く。
 ずらりと並んだ牙を見せつけるようにして、クイーン・ベアトリス号に狙いを定める。
「船ごと食べちゃうつもり!? そんなこと……させるかあっ!」
 視界に広がる海面を、ぐるりと指先で囲む。
 海に散らばったありったけの素材を集めて、あの口を塞げと命令した。
 僕の足元、ナーガの頭上に現れた巨大な魔法陣から、集めた素材がバラバラと落ちていき、ナーガの口元に集まる。
 瞬く間に形作られたのは、放り出された積み荷にあった魔法金属や船の残骸をベースにした、大きな口輪だ。
 顎が外れそうなほど開かれたナーガの口を、鈍い光を放つ口輪が強制的に塞いだ上で、無理やりに突進の向きを変えさせた。
 僕の素材合成は、合成が完了する前までなら、合成中のアイテムを操作できる。その作用を使って、クイーン・ベアトリス号への突進そのものを逸らそうとしたのだ。
 クイーン・ベアトリス号へ覆いかぶさるような形こそ防げたものの、すでに空中に踊り出ていたナーガの突進を、完全には逸らしきれなかった。
船体の半分ほどにのしかかられる格好になって、クイーン・ベアトリス号が大きく傾く。
 そのままの体勢で大暴れしたナーガは、僕が合成した口輪を力任せに顎の力で引きちぎると、半壊したクイーン・ベアトリス号の破片の方に襲いかかった。
「どうなってるの……?」
 呆然と眺める僕たちの前で、細切れになるまで船体の半身を噛み砕くと、ナーガはその一部をごくりと飲み込み、咆哮をあげて去っていった。
「おふたりの勇気に感謝いたします。まさかここまで来てくださるなんて……嬉しいですわ」
「シエナ姫! よかった、ご無事だったのですね。ごめんなさい、もう少し早く気づけていれば」
 クイーン・ベアトリス号は、メインマストがひしゃげ、船体の半分をナーガに持っていかれてしまった。これではもう、長くは持たないだろう。
シエナたちが無事だったこと自体が、奇跡のようなものだ。
しかし、どう考えても人数が少ない。ここにいる十数人以外は、ナーガが噛み砕いた方にいたのではないだろうか。
「ご心配には及びません。ナーガがこの船を狙っていることはすぐにわかりましたので、こちらも準備を整えておりましたの。魔法が使える一部の者以外は、先に船を離れてもらっていました」
青ざめる僕たちを安心させるように、シエナが軽く微笑んだ。
「そうだったんですか」
「ええ、フェスタに向かう途中で襲われた時も、一隻が執拗に狙われたのです。ナーガには、そういう習性があるのではと予測していました」
 テオの町に着いた直後、港で見かけたイグナイト王国の船を思い出す。
 やられたのは一隻だけだったという話で、どうやって退けたのか不思議だった。
 今回も、クイーン・ベアトリス号に一定以上のダメージを与えたら逃げていったし、確かにそういう習性があるのかもしれない。
「でも正直、最後のあの突進は予想外でした。まさか船ごと飲み込もうとするなんて。レガロ様、私は感動いたしました。あのナーガの顎を、一瞬とはいえ塞いで、巨体の向きまで変えてしまうなんて……本当に助かりましたわ」
 よく見れば、シエナの顔色がよくない。魔法を使えるイグナイト王家の者として残る決断をしたものの、実際に命の危機に直面したのだから当然だろう。むしろ、よく気丈に振る舞っている。
「私からもお礼を言わせていただきたい。レガロ殿下、シルヴァン殿下、本当にありがとう。ひときわ頑丈なこの船ならばと思ったが、ご覧の有様だ。あなた方が来てくださらなかったら、本当にどうなっていたか」
 イグナイト王にまで頭を下げられて、僕たちは恐縮しきりだ。
「ひとまず移動しませんか? 残念ながら、この船はもうすぐ沈んでしまうでしょう」
「そうですね……積み荷までは運び出す余裕がありませんでしたから、かなりの量の魔法金属や異国の品をダメにしてしまいますけれど、そうも言っていられませんよね」
 急ぎましょう、と声をかけて、まわりを見回す。
 この船がターゲットにされていたとはいえ、包囲していたまわりの船も無事ではない。
 半壊とまではいかないものの、航海に不安の残る船が多いように見えた。
 ステラロード王国の船も、貨物船一隻と護衛船がそれなりのダメージを負っている。
 いったんここから移動して落ち着いたら、順番に修理する必要がありそうだ。ナーガを抑えるために口輪を合成した時に、思いっきり魔力を吸われはしたものの、幸いまだ余裕はある。
 メテオライト号がゆっくりと近づいてくるのが見えた。ほとんどの魔物はナーガを包囲した時点で逃げていたとはいえ、逃げ遅れて暴れている魔物もいる。それらを追い立てたり倒したり、安全を確保しながら、こちらに向かって来てくれているみたいだ。
「メテオライト号を待ちましょう。大事なものがあれは、少しなら積めるかもしれません」
 クイーン・ベアトリス号はイグナイト王国の旗艦であり、シエナたち王族の乗る船だ。
 貴重なものがあれば、なおかつメテオライト号に積める範囲なら、移動させておきたい。
「ありがとうございます。行きも帰りも助けていただいて、レガロ様たちは本当に命の恩人で……きゃあ!?」
 風魔法のジャンプで飛び移れる距離まで、メテオライト号が近づいてきたところで、空が光った。
「みんな、少しでも隠れられる場所で伏せて!」
 シルヴァ兄の一言で、咄嗟にシエナの手を引いて弾かれたように走る。どうにか崩れかけた船室に身を隠したところで、大きな衝撃に襲われた。
「魔法攻撃!? まだ魔物が残ってたの?」
「海賊だ、囲まれてる……!」
 誰かの声で、顔を上げた。
 ステラロード王国とイグナイト王国の船団をぐるりと囲むようにして、二十隻近くの海賊船が、いっせいに魔法弾を撃ち込んできたのだ。
 こちらは魔物の群れと戦い、ナーガをどうにか退けてかなり消耗している。半数以上の船がダメージを負っているし、僕たちがいるクイーン・ベアトリス号は、ゆっくりと沈みつつある。
 こんな状態で奇襲を受けては、まともに応戦などできるわけがない。
「第二射、きます!」
「ひるむな、撃ち返せ!」
「数が多すぎる、ダメです!」
 混乱の中で、どうにか個別に魔法弾を撃ち返している人はいるものの、とても統率の取れた反撃とは言えず、効果は薄いようだった。
「あの海賊旗、見覚えがあります。ずっと追ってきていたとでも言うのですか……なんて執念なの。みんなの力で、やっと魔物たちとナーガを退けたのに。ふざけないで……ふざけないでよ!」
 甲板の端まで飛び出したシエナが、特に強力で巨大な魔法弾を撃ってきた海賊の旗艦らしき船に向けて、渾身の火球を放り込んだ。
 シエナの全力を込めたであろう火球は、完璧な軌道を描いて海賊の旗艦に吸い込まれるかに見えた。
しかしその直前、海賊の旗艦から巨大な氷の狼が出現し、火球を噛み砕いてしまった。
 膝が勝手に震える。あんな魔法、見たことがない。
「なんて禍々しい魔法……あれは、ただの海賊なんかじゃないよ」