テオの町に到着して五日が経った。
フェスタは想像以上の大盛況で、お祭り騒ぎが続いている。
メインストリートの中央に、間隔を空けて並べられたベンチのひとつに腰をおろす。見上げれば、雲ひとつない青空だ。
開催期間は、スタートの合図こそ形式的に開会式のようなものをやるものの、終わりはアバウトなのだとか。
入れ替わり立ち替わり、各国の有力者や商人がやってきては店を出したり会談の場を設けたりして、自分たちの目的を果たしたら去っていく。
そもそも、大型船でやってくる大国の場合、積み荷を下ろすだけでも数日がかりだ。
なんとなく、前世日本でたまに出かけた近所のお祭り感覚で、やっても二日程度のつもりでいた僕は、認識を改めることになった。
「レガロ様、聞いていらっしゃいます? 少し疲れてしまいましたか?」
「いえ、改めてフェスタの賑わいに感動してしまって」
「お気持ちわかりますわ。ところで、ジュースのお味はいかが?」
両手に抱えた、フルーツ生搾りジュースに口をつける。さっぱりとした酸味とほのかな甘味が、疲れに効きそうな感じだ。クエン酸とかいっぱい入ってそう。三歳児の感想でなくて申し訳ない。
「さっぱりしていて美味しいです」
「あら、意外と落ち着いた反応ですのね。ぬるくなってはいませんか?」
「え? ああ、本当だ! すごい! 冷たい!」
前世日本では当たり前だった、温度の変わりにくいタンブラーも、この世界では画期的な新商品だ。
つい普通に反応してしまってから、慌てて驚いてみせる。
このタンブラー……というか温度の変化を防ぐ魔法金属が、今回のイグナイト王国の目玉らしい。
そういえば、酸味の強い果実ジュースを入れて大丈夫なんだっけ、と不安になった僕を見てすかさず、「錆びたりしないよう加工してあるんです」とシエナがフォローしてくれる。
「温かい飲み物でも、同じように冷めないんですよね? すごいです」
「ありがとうございます。もし何かご意見があればいただけませんか? ステラロード王国の船やピザ窯を開発されてきたレガロ様なら、何か素敵なアイデアがあるのでは?」
ものすごく期待に満ちた目だ。眩しすぎて逸らしたい。
「そうですね、これに蓋ができるといいなと思いました」
「蓋ですか」
「例えばそうですね……同じ素材か、何か金属の素材はありませんか?」
口で説明するより、見せた方が早い。
シエナを護衛する騎士から受け取った金属片を使って、ねじ込み式の蓋を作る。タンブラーも手軽でいいけど、蓋ができる魔法瓶にしたら持ち運びが楽そうだと思った。
ついでに、ねじ込み式の蓋に加えて、ワンタッチで飲み口を開閉できるタイプも作ってみた。
「なるほど……ただの蓋ではなく、このようにしっかり閉じられるのですね」
「はい、こっちはここをこんな感じで押すと、すぐ飲めるようになっています」
「なるほど……こちらのふたつ、いただいても構いませんか? もし商品化となった場合はもちろん、私が責任を持ってレガロ様の権利を保証いたします」
「え、いいですよそんな。どうぞ持っていってください」
僕がいちから考えたわけでもないし、権利を主張するのは烏滸がましい気がする。
それに、ステラロード王国としてこれを自力で商品化するのは難しそうだ。やるとしたら結局、魔法瓶的な金属素材を開発したイグナイト王国の力を借りる必要がある。
「ちょっとした使い心地だとかのご意見をいただければと思っていましたのに、斬新なアイデアをふたつもくださるなんて。どうしましょう、またひとつ借りができてしまいました」
そう言いながら、シエナはにこにこしている。お役に立てそうなら、なによりである。
「今日は色々と視察していますけれど、食べ物ではやはり、ピッツァ・ステラロードが一番のインパクトですわね。戻る頃に売り切れていたら悲しいですわ」
僕たちは、ただ買い食いして遊んでいるわけではない。
エンジンとスクリューを搭載した船とピッツァ・ステラロードが、予想以上の話題を集めたおかげで、ステラロード王国は一躍今回のフェスタの中心となった。まさしく、シエナが言った通りだ。
おかげで、父さん、母さん、マグナ兄は各国の有力者との会談や会食に大忙しで、この五日間、ほとんど姿を見ていない。
商品開発はみんなでやったとはいえ、シルヴァ兄と僕はまだ、会談や会食に参加するには幼すぎるので、そこには参加できない事情もある。
「足で掘り出し物を見つけるのも、フェスタの醍醐味なんだ。だからお前たちには、視察をやってきてもらいたい。こいつはそのための軍資金だ」
「それからもうひとつ、重要な使命を与えるわ。イグナイト王国のシエナ姫をふたりでエスコートしてちょうだい」
おこづかいは弾むから遊んできなさい。できれば、シエナとの仲を深めておくように。平たく言えばそういう話で、僕とシルヴァ兄はフェスタ散策の許可を得ている。
「次はどこに参りましょうか? せっかく視察のパートナーをおおせつかったんですもの、思う存分楽しみ……いいえ、視察して回らないといけませんわよね?」
視察のパートナーをお願いしたい。
僕たちと同じく、両親が留守がちで時間を持て余していたシエナは、重要な使命である視察のパートナーなる甘美な響きに、すっかり乗り気になってくれた。
侍女や護衛の騎士と出かけられはしても、やはり同世代の話し相手が欲しかったのかもしれない。
「後は若いふたりに任せて、僕はゆっくり見物させてもらうよ」
やけに達観したセリフと満面の笑みを残して、早々に姿を隠したシルヴァ兄とその護衛たちが、どこにいるのかはもはやわからない。シルヴァ兄なら大丈夫だろうし、もう気にするのはやめよう。
「シエナ姫は、何か見たいものはありますか?」
メインストリートのそこかしこで大道芸が披露され、音楽と笑い声が飛び交い、自慢の品を宣伝する活気のある声が響く。
どちらに向かっても、何かしら楽しいことが待っていそうな、そんなふわふわした感覚があった。
「それなら、アクセサリーを見てみたいですわ。シンプルなものがあると嬉しいです」
「いいですね、探してみましょうか。シエナ姫は前回のフェスタにも来られていたんですよね? ひいきにしているところはあるんでしょうか?」
「フェスタは毎回お店の場所が変わるので、探せるかはわかりませんけれど……前回はガレドーラ共和国のアクセサリーがとってもかわいかったんです」
ああ、と生返事をしてしまってから、バレないように笑顔を作った。
ステラロード王国で会ったオルブライトの印象から、なんとなく苦手意識が芽生えてしまっている。
シエナの話を聞いてみると、ガレドーラ共和国はアクセサリー以外にも様々な分野に進出して、そのほとんどにおいて結果を残しているのだという。
「今回のフェスタではなんと、魔法金属を使った品も、ガレドーラ共和国の目玉商品のひとつになっていましたのよ。その分野では私たちの方が歴史がありますし、そう簡単に負けたりはしませんけれど」
「それじゃあアクセサリーを見に行くのも、ライバルの視察ということですか?」
「いいえ、それは純粋に素敵なデザインだからです。ライバルといっても、マーケットが盛り上がるのは素晴らしいことですから。これをいい機会にして、魔法金属を利用した商品の需要が高まれば嬉しいですわ」
少したどたどしい感じで一息にしゃべってから、シエナが安心したような笑顔を見せる。
マーケットが盛り上がるのは、から始まるくだりは、誰か大人から聞いた話をそのまま喋っているのかもしれない。しっかりしているようで、ちゃんと子供らしいところもあるのだなと微笑ましくなる。
シエナの侍女や護衛の騎士たちにそれとなく話を聞いてみても、ガレドーラ共和国の評判は上々だった。父さんたちにしても、特にオルブライトやガレドーラ共和国を悪く思ってはいないようだし、僕の思い過ごしだったのかもしれない。
「おや、これは驚きました。大注目のステラロード王国のレガロ殿下に、魔法金属の分野で常に最先端を走っていらっしゃるイグナイト王国のシエナ殿下が揃ってのお越しとは、大変光栄です」
げ、なんでここにいるわけ?
そう口から洩らさなかった自分を全力で褒めてあげたい。
ガレドーラ共和国がアクセサリーを売っている出店の場所は、シエナの護衛騎士が道行く人に聞いてくれたおかげで、すぐにわかった。
問題はそこに、オルブライトが満面の笑みで立っていたことだ。
売り子の立ち位置ではないので、たまたま居合わせたのか、自国の出店をチェックしていたのかどちらかだろうけど、偶然が必然すぎて怖い。
「今回、イグナイト王国の皆様におかれましては、大変な災難でしたね。海の魔物に嵐に海賊までとは……ご無事で本当に何よりでした」
「まあ、お気遣いありがとうございます」
「シエナ殿下はアクセサリーをお探しですよね? 個室などをご用意できず恐縮ですが、専門の者をつけますので、どうぞごゆっくりご覧ください」
そう言ってオルブライトは、後ろに控えていた部下のひとりに目配せをして、シエナ専任の担当としてつけさせた。それから、こちらに近づいてくると、僕に向かって恭しく礼を取った。
「レガロ殿下も、お怪我などなかったようで何よりでした。ステラロード王国の船が入港するところを拝見いたしましたよ。先日のエレベーターといい、風がなくても走る船といい、本当に素晴らしい」
ありがとうございます、とぎこちなく答える。
オルブライトがさらりとこなす所作は、下手をすると父さんやマグナ兄より丁寧なくらいだ。
「話題のピッツァ・ステラロードも、先日いただきましてね。大変美味しくて、感動いたしました。今回の売り物ではないとのことですが、缶詰でしたか。あれもぜひ、ガレドーラ共和国で扱わせていただけるよう、ご相談できればと考えております」
「重ねてありがとうございます。もう父とは話されたのですか?」
「明日、会談の予定です。なかなかまとまった時間が取れず、遅くなってしまい申し訳ありません」
いえそんな、と首を振りつつ、不思議な気持ちになる。船にエレベーターに缶詰まで、ステラロード王国の技術的なところについて、僕に聞いてくるのはどうしてだろう。
端から見れば僕は小さな子供であるし、父さんと会談の時間もとっているなら、そこで聞けばいい話なのに。
「ぜひとも、レガロ殿下のお力をお借りしたいものです」
「え、僕のですか?」
「はい、ステラロード王国の方からお話を伺いまして。一連の技術革新はすべて、レガロ殿下のお力によるものであるとか」
そうなんですね、と答えかけて言葉を飲み込む。
ステラロード王国の方って、誰だろう。物腰や笑顔はやわらかいままなのに、なんとなく試すような、確認するような物言いが気になる。
船やピザの噂自体は広まっていても、僕のスキルについてはまだ耳にしていない。ステラロード王国でエレベーターに乗って城下町に向かった後で、誰かから聞いたのかな。
「いえ、僕は何も。ところでこの辺りって、海賊とか海の怪物とか、多いんですか? 初めての航海で立て続けに遭ったので、びっくりしてしまって」
露骨に話題を変えすぎただろうか。
オルブライトは、笑顔のままで一瞬動きを止めたものの、すぐに両手を広げて、やれやれというリアクションを取った。
「残念ながら、海賊は昔からどこにでも出没するので、我々も困っているのです。フェスタが近くなると、積み荷を狙って増える傾向もあるようでして。微力ながら、ガレドーラ共和国でも警備の船を出してはいるのですが」
あまり困っているように見えない、なんて思ってしまうのは、僕に変なフィルターがかかっているからかもしれない。
「海の怪物については、話を聞くようになったのはごく最近ですね。私どもも情報を集めようとしていたのですが……実際に遭遇したイグナイト王国からの情報提供で、少しずつ正体が掴めてくるか、といったところです」
「……どんな怪物なんですか?」
「シエナ殿下の方がお詳しいかもしれませんが、蛇のような魚のような怪物だそうです。大型船に匹敵する大きさながら、そのサイズに見合わない素早い動きもするそうですよ。イグナイト王国が誇る護衛船団の一隻に大打撃を与えるほどですから、相当なものなのでしょう」
「大きな船くらいなんて、怖いですね」
「ステラロード王国の小型船ならば、その速さにも対抗できるかもしれませんね。そうだ、警備への参加もご検討いただけないか、明日の会談で陛下に伺ってみますよ」
「父さん、すぐその気になってしまうと思うので、お手やわらかにお願いします」
これは本心だったのだけど、オルブライトは冗談だと受け取ったらしい。それは頼もしいですねと、白い歯を見せた。
「レガロ様、お待たせしました。たくさんサービスしていただいて、買いすぎてしまいましたわ」
戻ってきたシエナの満足そうな顔を見るに、いいものが買えたようだ。
ちらりと視線を移したシエナの侍女もほくほく顔だったので、本当にお得だと思える買い物ができたようで何よりだ。
オルブライトに改めてお礼を言って、その場を後にする。
「さて、それじゃあそろそろ――」
戻りましょうか、と提案しようとしたところで、「ええ」とシエナが食い気味に頷く。
「そろそろ、本腰を入れて視察と参りましょうか。ご安心ください、こんなこともあろうかと、お店のリストを調べさせてありますのよ」
「……わあ、ありがとうございます」
少し疲れたので戻りましょうか、などと言い出せる空気ではない。
僕はこの日、自身に課せられた重要な使命を、日が暮れるまできっちりと全うしたのだった。
フェスタは想像以上の大盛況で、お祭り騒ぎが続いている。
メインストリートの中央に、間隔を空けて並べられたベンチのひとつに腰をおろす。見上げれば、雲ひとつない青空だ。
開催期間は、スタートの合図こそ形式的に開会式のようなものをやるものの、終わりはアバウトなのだとか。
入れ替わり立ち替わり、各国の有力者や商人がやってきては店を出したり会談の場を設けたりして、自分たちの目的を果たしたら去っていく。
そもそも、大型船でやってくる大国の場合、積み荷を下ろすだけでも数日がかりだ。
なんとなく、前世日本でたまに出かけた近所のお祭り感覚で、やっても二日程度のつもりでいた僕は、認識を改めることになった。
「レガロ様、聞いていらっしゃいます? 少し疲れてしまいましたか?」
「いえ、改めてフェスタの賑わいに感動してしまって」
「お気持ちわかりますわ。ところで、ジュースのお味はいかが?」
両手に抱えた、フルーツ生搾りジュースに口をつける。さっぱりとした酸味とほのかな甘味が、疲れに効きそうな感じだ。クエン酸とかいっぱい入ってそう。三歳児の感想でなくて申し訳ない。
「さっぱりしていて美味しいです」
「あら、意外と落ち着いた反応ですのね。ぬるくなってはいませんか?」
「え? ああ、本当だ! すごい! 冷たい!」
前世日本では当たり前だった、温度の変わりにくいタンブラーも、この世界では画期的な新商品だ。
つい普通に反応してしまってから、慌てて驚いてみせる。
このタンブラー……というか温度の変化を防ぐ魔法金属が、今回のイグナイト王国の目玉らしい。
そういえば、酸味の強い果実ジュースを入れて大丈夫なんだっけ、と不安になった僕を見てすかさず、「錆びたりしないよう加工してあるんです」とシエナがフォローしてくれる。
「温かい飲み物でも、同じように冷めないんですよね? すごいです」
「ありがとうございます。もし何かご意見があればいただけませんか? ステラロード王国の船やピザ窯を開発されてきたレガロ様なら、何か素敵なアイデアがあるのでは?」
ものすごく期待に満ちた目だ。眩しすぎて逸らしたい。
「そうですね、これに蓋ができるといいなと思いました」
「蓋ですか」
「例えばそうですね……同じ素材か、何か金属の素材はありませんか?」
口で説明するより、見せた方が早い。
シエナを護衛する騎士から受け取った金属片を使って、ねじ込み式の蓋を作る。タンブラーも手軽でいいけど、蓋ができる魔法瓶にしたら持ち運びが楽そうだと思った。
ついでに、ねじ込み式の蓋に加えて、ワンタッチで飲み口を開閉できるタイプも作ってみた。
「なるほど……ただの蓋ではなく、このようにしっかり閉じられるのですね」
「はい、こっちはここをこんな感じで押すと、すぐ飲めるようになっています」
「なるほど……こちらのふたつ、いただいても構いませんか? もし商品化となった場合はもちろん、私が責任を持ってレガロ様の権利を保証いたします」
「え、いいですよそんな。どうぞ持っていってください」
僕がいちから考えたわけでもないし、権利を主張するのは烏滸がましい気がする。
それに、ステラロード王国としてこれを自力で商品化するのは難しそうだ。やるとしたら結局、魔法瓶的な金属素材を開発したイグナイト王国の力を借りる必要がある。
「ちょっとした使い心地だとかのご意見をいただければと思っていましたのに、斬新なアイデアをふたつもくださるなんて。どうしましょう、またひとつ借りができてしまいました」
そう言いながら、シエナはにこにこしている。お役に立てそうなら、なによりである。
「今日は色々と視察していますけれど、食べ物ではやはり、ピッツァ・ステラロードが一番のインパクトですわね。戻る頃に売り切れていたら悲しいですわ」
僕たちは、ただ買い食いして遊んでいるわけではない。
エンジンとスクリューを搭載した船とピッツァ・ステラロードが、予想以上の話題を集めたおかげで、ステラロード王国は一躍今回のフェスタの中心となった。まさしく、シエナが言った通りだ。
おかげで、父さん、母さん、マグナ兄は各国の有力者との会談や会食に大忙しで、この五日間、ほとんど姿を見ていない。
商品開発はみんなでやったとはいえ、シルヴァ兄と僕はまだ、会談や会食に参加するには幼すぎるので、そこには参加できない事情もある。
「足で掘り出し物を見つけるのも、フェスタの醍醐味なんだ。だからお前たちには、視察をやってきてもらいたい。こいつはそのための軍資金だ」
「それからもうひとつ、重要な使命を与えるわ。イグナイト王国のシエナ姫をふたりでエスコートしてちょうだい」
おこづかいは弾むから遊んできなさい。できれば、シエナとの仲を深めておくように。平たく言えばそういう話で、僕とシルヴァ兄はフェスタ散策の許可を得ている。
「次はどこに参りましょうか? せっかく視察のパートナーをおおせつかったんですもの、思う存分楽しみ……いいえ、視察して回らないといけませんわよね?」
視察のパートナーをお願いしたい。
僕たちと同じく、両親が留守がちで時間を持て余していたシエナは、重要な使命である視察のパートナーなる甘美な響きに、すっかり乗り気になってくれた。
侍女や護衛の騎士と出かけられはしても、やはり同世代の話し相手が欲しかったのかもしれない。
「後は若いふたりに任せて、僕はゆっくり見物させてもらうよ」
やけに達観したセリフと満面の笑みを残して、早々に姿を隠したシルヴァ兄とその護衛たちが、どこにいるのかはもはやわからない。シルヴァ兄なら大丈夫だろうし、もう気にするのはやめよう。
「シエナ姫は、何か見たいものはありますか?」
メインストリートのそこかしこで大道芸が披露され、音楽と笑い声が飛び交い、自慢の品を宣伝する活気のある声が響く。
どちらに向かっても、何かしら楽しいことが待っていそうな、そんなふわふわした感覚があった。
「それなら、アクセサリーを見てみたいですわ。シンプルなものがあると嬉しいです」
「いいですね、探してみましょうか。シエナ姫は前回のフェスタにも来られていたんですよね? ひいきにしているところはあるんでしょうか?」
「フェスタは毎回お店の場所が変わるので、探せるかはわかりませんけれど……前回はガレドーラ共和国のアクセサリーがとってもかわいかったんです」
ああ、と生返事をしてしまってから、バレないように笑顔を作った。
ステラロード王国で会ったオルブライトの印象から、なんとなく苦手意識が芽生えてしまっている。
シエナの話を聞いてみると、ガレドーラ共和国はアクセサリー以外にも様々な分野に進出して、そのほとんどにおいて結果を残しているのだという。
「今回のフェスタではなんと、魔法金属を使った品も、ガレドーラ共和国の目玉商品のひとつになっていましたのよ。その分野では私たちの方が歴史がありますし、そう簡単に負けたりはしませんけれど」
「それじゃあアクセサリーを見に行くのも、ライバルの視察ということですか?」
「いいえ、それは純粋に素敵なデザインだからです。ライバルといっても、マーケットが盛り上がるのは素晴らしいことですから。これをいい機会にして、魔法金属を利用した商品の需要が高まれば嬉しいですわ」
少したどたどしい感じで一息にしゃべってから、シエナが安心したような笑顔を見せる。
マーケットが盛り上がるのは、から始まるくだりは、誰か大人から聞いた話をそのまま喋っているのかもしれない。しっかりしているようで、ちゃんと子供らしいところもあるのだなと微笑ましくなる。
シエナの侍女や護衛の騎士たちにそれとなく話を聞いてみても、ガレドーラ共和国の評判は上々だった。父さんたちにしても、特にオルブライトやガレドーラ共和国を悪く思ってはいないようだし、僕の思い過ごしだったのかもしれない。
「おや、これは驚きました。大注目のステラロード王国のレガロ殿下に、魔法金属の分野で常に最先端を走っていらっしゃるイグナイト王国のシエナ殿下が揃ってのお越しとは、大変光栄です」
げ、なんでここにいるわけ?
そう口から洩らさなかった自分を全力で褒めてあげたい。
ガレドーラ共和国がアクセサリーを売っている出店の場所は、シエナの護衛騎士が道行く人に聞いてくれたおかげで、すぐにわかった。
問題はそこに、オルブライトが満面の笑みで立っていたことだ。
売り子の立ち位置ではないので、たまたま居合わせたのか、自国の出店をチェックしていたのかどちらかだろうけど、偶然が必然すぎて怖い。
「今回、イグナイト王国の皆様におかれましては、大変な災難でしたね。海の魔物に嵐に海賊までとは……ご無事で本当に何よりでした」
「まあ、お気遣いありがとうございます」
「シエナ殿下はアクセサリーをお探しですよね? 個室などをご用意できず恐縮ですが、専門の者をつけますので、どうぞごゆっくりご覧ください」
そう言ってオルブライトは、後ろに控えていた部下のひとりに目配せをして、シエナ専任の担当としてつけさせた。それから、こちらに近づいてくると、僕に向かって恭しく礼を取った。
「レガロ殿下も、お怪我などなかったようで何よりでした。ステラロード王国の船が入港するところを拝見いたしましたよ。先日のエレベーターといい、風がなくても走る船といい、本当に素晴らしい」
ありがとうございます、とぎこちなく答える。
オルブライトがさらりとこなす所作は、下手をすると父さんやマグナ兄より丁寧なくらいだ。
「話題のピッツァ・ステラロードも、先日いただきましてね。大変美味しくて、感動いたしました。今回の売り物ではないとのことですが、缶詰でしたか。あれもぜひ、ガレドーラ共和国で扱わせていただけるよう、ご相談できればと考えております」
「重ねてありがとうございます。もう父とは話されたのですか?」
「明日、会談の予定です。なかなかまとまった時間が取れず、遅くなってしまい申し訳ありません」
いえそんな、と首を振りつつ、不思議な気持ちになる。船にエレベーターに缶詰まで、ステラロード王国の技術的なところについて、僕に聞いてくるのはどうしてだろう。
端から見れば僕は小さな子供であるし、父さんと会談の時間もとっているなら、そこで聞けばいい話なのに。
「ぜひとも、レガロ殿下のお力をお借りしたいものです」
「え、僕のですか?」
「はい、ステラロード王国の方からお話を伺いまして。一連の技術革新はすべて、レガロ殿下のお力によるものであるとか」
そうなんですね、と答えかけて言葉を飲み込む。
ステラロード王国の方って、誰だろう。物腰や笑顔はやわらかいままなのに、なんとなく試すような、確認するような物言いが気になる。
船やピザの噂自体は広まっていても、僕のスキルについてはまだ耳にしていない。ステラロード王国でエレベーターに乗って城下町に向かった後で、誰かから聞いたのかな。
「いえ、僕は何も。ところでこの辺りって、海賊とか海の怪物とか、多いんですか? 初めての航海で立て続けに遭ったので、びっくりしてしまって」
露骨に話題を変えすぎただろうか。
オルブライトは、笑顔のままで一瞬動きを止めたものの、すぐに両手を広げて、やれやれというリアクションを取った。
「残念ながら、海賊は昔からどこにでも出没するので、我々も困っているのです。フェスタが近くなると、積み荷を狙って増える傾向もあるようでして。微力ながら、ガレドーラ共和国でも警備の船を出してはいるのですが」
あまり困っているように見えない、なんて思ってしまうのは、僕に変なフィルターがかかっているからかもしれない。
「海の怪物については、話を聞くようになったのはごく最近ですね。私どもも情報を集めようとしていたのですが……実際に遭遇したイグナイト王国からの情報提供で、少しずつ正体が掴めてくるか、といったところです」
「……どんな怪物なんですか?」
「シエナ殿下の方がお詳しいかもしれませんが、蛇のような魚のような怪物だそうです。大型船に匹敵する大きさながら、そのサイズに見合わない素早い動きもするそうですよ。イグナイト王国が誇る護衛船団の一隻に大打撃を与えるほどですから、相当なものなのでしょう」
「大きな船くらいなんて、怖いですね」
「ステラロード王国の小型船ならば、その速さにも対抗できるかもしれませんね。そうだ、警備への参加もご検討いただけないか、明日の会談で陛下に伺ってみますよ」
「父さん、すぐその気になってしまうと思うので、お手やわらかにお願いします」
これは本心だったのだけど、オルブライトは冗談だと受け取ったらしい。それは頼もしいですねと、白い歯を見せた。
「レガロ様、お待たせしました。たくさんサービスしていただいて、買いすぎてしまいましたわ」
戻ってきたシエナの満足そうな顔を見るに、いいものが買えたようだ。
ちらりと視線を移したシエナの侍女もほくほく顔だったので、本当にお得だと思える買い物ができたようで何よりだ。
オルブライトに改めてお礼を言って、その場を後にする。
「さて、それじゃあそろそろ――」
戻りましょうか、と提案しようとしたところで、「ええ」とシエナが食い気味に頷く。
「そろそろ、本腰を入れて視察と参りましょうか。ご安心ください、こんなこともあろうかと、お店のリストを調べさせてありますのよ」
「……わあ、ありがとうございます」
少し疲れたので戻りましょうか、などと言い出せる空気ではない。
僕はこの日、自身に課せられた重要な使命を、日が暮れるまできっちりと全うしたのだった。



