テオの町は、海岸線にそって見渡す限りの港を備えた、とても大きな町だった。
僕たちの旗艦メテオライト号は、大きさとしてはまだ、中型船の部類に入る。
メテオライト号の倍はあろうかという大型船がいくつも並んで停泊できるといえば、その広さがイメージしやすいだろうか。
停泊している船は、形も違えば色も違う。煌びやかに装飾されたものもあれば、シンプルで無骨な造りのものもあって、ロマンを感じずにはいられない。
フェスタに出店する目的がなければ、いつまでも見ていられそうだ。
「テオは、南の大陸の玄関口として有名な町ですわ。ましてやフェスタともなれば、この賑わいも頷けますわね」
断崖絶壁のステラロード王国とは正反対の、なだらかな地形に恵まれたテオの町は、港を抜けると緩やかな坂道が続いていて、船の上からでも、広がる街並みが一望できる。
カラフルな建物がずらりと並ぶメインストリートは、広場と見間違うほどの道幅で、港以上に活気にあふれているのが、遠目からでもよくわかった。
メインストリートのさらに向こう、住宅街らしきエリアには真っ白な家々が建ち並び、陽光を反射して輝いていた。
聞けば、特殊な素材で壁を塗ることで、海風によるダメージを軽減しているのだそうだ。前世日本でいうところの、漆喰みたいなものなのかな。
「シエナ姫は、テオには何度かいらしているんですか?」
「いいえ、私も初めてですわ。町も港もとっても素敵で、ドキドキしてしまいます」
そうですね、と頷いてから、シエナがやたらと港の方を見てキョロキョロしているのに気づく。護衛船団を探しているのだ。
海賊を撃退してからの数日間は、一緒に航海してこのテオまでやってきた。
道中では、一緒にモーターボートの操縦を練習したり、魔法を見せてもらったり、船の上で一足先に新作のピザを振る舞ったりして、笑顔もたくさん見せてくれていた。
だけど本来であれば、シエナたちは護衛船団を従えて入港するはずだった。
海の魔物に襲われ、嵐にも見舞われてはぐれてしまったのだから、無事に船が到着しているかどうかを気にするのは当然だ。
不安な気持ちを抱えながら、皆の前では気丈に振る舞っていたのだなと思うと、胸が締め付けられる思いだった。
少なくとも、僕が本当に三歳だった時に同じ境遇に立たされたら、泣きじゃくるだけだっただろう。
「姫様、あれはイグナイト王国の紋章ではありませんか? あのような姿になって……」
シエナの侍女が、ひと際たくさんの人だかりができた港の一角を指し示す。
見れば確かに、イグナイト王国の紋章を冠した船が停まっている。しかしその船はすっかり傾いた姿で、そこかしこが削れていた。どうにか港まで辿りついたという感じで、今は無事な積み荷を選定して運び出している最中のようだった。
「すみません、通してください」
人の数が多すぎて、どこかの王族だからと道を開けてもらえるような状態ではない。
マグナ兄、シルヴァ兄、僕と護衛の騎士たちが、シエナ姫たちを先導するように人波をかきわけて進んでいく。
「姫様、ご無事でしたか。本当に良かった」
「皆は無事ですか? 他の船はどうなったのですか?」
騎士らしき男性がシエナに気づいて、駆けよってきてくれる。
シエナは、震える声でどうにか声を絞り出している感じだ。
それはそうだろう。港に入っていたのは傾いた一隻だけで、ステラロード王国で遠目に見たような護衛船団の姿はない。悪い予感がじわじわと頭の奥に広がっていく。
「ご心配なく、やられたのはこの一隻だけです。他の船は沖に停泊しております」
「本当に? みんな無事なのですね?」
「怪我をした者はおりますが、全員無事です。魔物どもを牽制してすぐに合流するはずが、申し訳ありませんでした。姫様も陛下も、ご無事で何よりです」
「皆さんとはぐれてしまった後で、海賊に襲われたのですが……ステラロード王国の皆様が助けてくださったのです。特にこちらのレガロ様のおかげで、襲ってきた海賊を退けられたと言っても過言ではありませんわ」
紹介されて、おずおずと前に出る。
「僕は船が少し速くなるようにしただけで、シエナ姫を助けられたのは家族みんなのおかげです」
「ステラロード王国の船は、大きな注目を浴びておりましたな。あれは魔法なのかそれとも……どのような仕組みで動いているのかと、港中が沸き立っておりました」
帆船らしからぬ動きで、意気揚々と港に乗りつけたからだろう。ステラロード王国の船団は大きな注目を浴びていた。
レバーを完全にオフに倒せばスクリューも隠せるのだし、あまり目立たず帆船として入港してはどうかと言ってはみたものの、「こういうのはインパクトが大事なのよ」と母さんに押し切られてしまった。
ガレドーラ共和国やイグナイト王国と違って、ステラロード王国の知名度はほぼないに等しい。無名の小国が存在をアピールするには、自国の強みを出し惜しみしてはダメなのだそうだ。
さすがに、マグナ兄が提案した、モーターボートでパフォーマンスしながら入港する案は阻止できたものの、それでも十分な衝撃を与えてしまったらしい。
合流したイグナイト王国の面々とひとしきり会話しているうちに、僕はいつの間にかひとりになっていた。急いでステラロード王国の船に戻ってくると、そちらにも人だかりができている。
「ピッツァ・ステラロード、おひとついかが? 試食だけでも大歓迎ですよ」
「ステラロード王国のチーズとトマトは最高だよ。海を越えても新鮮そのもの、ぜひ試してくれ」
人だかりの中心には、父さんと母さんの姿があった。
船が注目を浴びたところへ、すかさず今回の目玉のひとつであるピザを持ってきたようだ。
ふたりの後ろでは、マグナ兄とシルヴァ兄が携帯用のピザ窯で次々とピザを焼いている。
この世界の常識的に、王族が屋台に立つのが正しいかどうかはさておき、なんとも商魂たくましい。
途中で遭遇する魔物が多かったり、海賊に遭遇したりで、僕たちはフェスタの開催前には間に合わなかった。メインストリートには、すでに屋台や出店が溢れかえっていて、場所はなさそうだ。
負けていられない気持ちも、それなら船の前でやってしまえという気持ちも、わからなくはない。
それに、船の前で出店やパフォーマンスのようなものをやっているのは、僕たちだけではなかった。
通常時であれば怒られてしまうような場所で即席のお店を始めても、よほど通行の妨げになっていたり、公序良俗に反するような売り物でなければ、お咎めなしのお祭りモードなのがフェスタの醍醐味なのだそうだ。
「ピッツァ・ステラロード、想像以上の人気ぶりですわね。船の上で食べたドライトマトも美味しかったですけれど、トマトソースもとっても美味しいです」
いつの間にか、シエナもピザをひときれ手にしている。
ついさっきまで、至って真面目な顔でイグナイト王国の騎士と話していたのに。
気に入ってくれたのは嬉しいけど、これは言っておかなくてはならない。
「シエナ姫、ソースが口についてます」
「あら、ごめんあそばせ」
シエナがぺろりと口についたソースを舐める。
それから、努めて凛とした真面目な顔を作って、きゅっと拳を握り込んだ。トマトソースがついていたことなど、まるでなかったかのようだ。
「今回のフェスタ、ステラロード王国はきっと大きな話題になりますわよ」
僕たちの旗艦メテオライト号は、大きさとしてはまだ、中型船の部類に入る。
メテオライト号の倍はあろうかという大型船がいくつも並んで停泊できるといえば、その広さがイメージしやすいだろうか。
停泊している船は、形も違えば色も違う。煌びやかに装飾されたものもあれば、シンプルで無骨な造りのものもあって、ロマンを感じずにはいられない。
フェスタに出店する目的がなければ、いつまでも見ていられそうだ。
「テオは、南の大陸の玄関口として有名な町ですわ。ましてやフェスタともなれば、この賑わいも頷けますわね」
断崖絶壁のステラロード王国とは正反対の、なだらかな地形に恵まれたテオの町は、港を抜けると緩やかな坂道が続いていて、船の上からでも、広がる街並みが一望できる。
カラフルな建物がずらりと並ぶメインストリートは、広場と見間違うほどの道幅で、港以上に活気にあふれているのが、遠目からでもよくわかった。
メインストリートのさらに向こう、住宅街らしきエリアには真っ白な家々が建ち並び、陽光を反射して輝いていた。
聞けば、特殊な素材で壁を塗ることで、海風によるダメージを軽減しているのだそうだ。前世日本でいうところの、漆喰みたいなものなのかな。
「シエナ姫は、テオには何度かいらしているんですか?」
「いいえ、私も初めてですわ。町も港もとっても素敵で、ドキドキしてしまいます」
そうですね、と頷いてから、シエナがやたらと港の方を見てキョロキョロしているのに気づく。護衛船団を探しているのだ。
海賊を撃退してからの数日間は、一緒に航海してこのテオまでやってきた。
道中では、一緒にモーターボートの操縦を練習したり、魔法を見せてもらったり、船の上で一足先に新作のピザを振る舞ったりして、笑顔もたくさん見せてくれていた。
だけど本来であれば、シエナたちは護衛船団を従えて入港するはずだった。
海の魔物に襲われ、嵐にも見舞われてはぐれてしまったのだから、無事に船が到着しているかどうかを気にするのは当然だ。
不安な気持ちを抱えながら、皆の前では気丈に振る舞っていたのだなと思うと、胸が締め付けられる思いだった。
少なくとも、僕が本当に三歳だった時に同じ境遇に立たされたら、泣きじゃくるだけだっただろう。
「姫様、あれはイグナイト王国の紋章ではありませんか? あのような姿になって……」
シエナの侍女が、ひと際たくさんの人だかりができた港の一角を指し示す。
見れば確かに、イグナイト王国の紋章を冠した船が停まっている。しかしその船はすっかり傾いた姿で、そこかしこが削れていた。どうにか港まで辿りついたという感じで、今は無事な積み荷を選定して運び出している最中のようだった。
「すみません、通してください」
人の数が多すぎて、どこかの王族だからと道を開けてもらえるような状態ではない。
マグナ兄、シルヴァ兄、僕と護衛の騎士たちが、シエナ姫たちを先導するように人波をかきわけて進んでいく。
「姫様、ご無事でしたか。本当に良かった」
「皆は無事ですか? 他の船はどうなったのですか?」
騎士らしき男性がシエナに気づいて、駆けよってきてくれる。
シエナは、震える声でどうにか声を絞り出している感じだ。
それはそうだろう。港に入っていたのは傾いた一隻だけで、ステラロード王国で遠目に見たような護衛船団の姿はない。悪い予感がじわじわと頭の奥に広がっていく。
「ご心配なく、やられたのはこの一隻だけです。他の船は沖に停泊しております」
「本当に? みんな無事なのですね?」
「怪我をした者はおりますが、全員無事です。魔物どもを牽制してすぐに合流するはずが、申し訳ありませんでした。姫様も陛下も、ご無事で何よりです」
「皆さんとはぐれてしまった後で、海賊に襲われたのですが……ステラロード王国の皆様が助けてくださったのです。特にこちらのレガロ様のおかげで、襲ってきた海賊を退けられたと言っても過言ではありませんわ」
紹介されて、おずおずと前に出る。
「僕は船が少し速くなるようにしただけで、シエナ姫を助けられたのは家族みんなのおかげです」
「ステラロード王国の船は、大きな注目を浴びておりましたな。あれは魔法なのかそれとも……どのような仕組みで動いているのかと、港中が沸き立っておりました」
帆船らしからぬ動きで、意気揚々と港に乗りつけたからだろう。ステラロード王国の船団は大きな注目を浴びていた。
レバーを完全にオフに倒せばスクリューも隠せるのだし、あまり目立たず帆船として入港してはどうかと言ってはみたものの、「こういうのはインパクトが大事なのよ」と母さんに押し切られてしまった。
ガレドーラ共和国やイグナイト王国と違って、ステラロード王国の知名度はほぼないに等しい。無名の小国が存在をアピールするには、自国の強みを出し惜しみしてはダメなのだそうだ。
さすがに、マグナ兄が提案した、モーターボートでパフォーマンスしながら入港する案は阻止できたものの、それでも十分な衝撃を与えてしまったらしい。
合流したイグナイト王国の面々とひとしきり会話しているうちに、僕はいつの間にかひとりになっていた。急いでステラロード王国の船に戻ってくると、そちらにも人だかりができている。
「ピッツァ・ステラロード、おひとついかが? 試食だけでも大歓迎ですよ」
「ステラロード王国のチーズとトマトは最高だよ。海を越えても新鮮そのもの、ぜひ試してくれ」
人だかりの中心には、父さんと母さんの姿があった。
船が注目を浴びたところへ、すかさず今回の目玉のひとつであるピザを持ってきたようだ。
ふたりの後ろでは、マグナ兄とシルヴァ兄が携帯用のピザ窯で次々とピザを焼いている。
この世界の常識的に、王族が屋台に立つのが正しいかどうかはさておき、なんとも商魂たくましい。
途中で遭遇する魔物が多かったり、海賊に遭遇したりで、僕たちはフェスタの開催前には間に合わなかった。メインストリートには、すでに屋台や出店が溢れかえっていて、場所はなさそうだ。
負けていられない気持ちも、それなら船の前でやってしまえという気持ちも、わからなくはない。
それに、船の前で出店やパフォーマンスのようなものをやっているのは、僕たちだけではなかった。
通常時であれば怒られてしまうような場所で即席のお店を始めても、よほど通行の妨げになっていたり、公序良俗に反するような売り物でなければ、お咎めなしのお祭りモードなのがフェスタの醍醐味なのだそうだ。
「ピッツァ・ステラロード、想像以上の人気ぶりですわね。船の上で食べたドライトマトも美味しかったですけれど、トマトソースもとっても美味しいです」
いつの間にか、シエナもピザをひときれ手にしている。
ついさっきまで、至って真面目な顔でイグナイト王国の騎士と話していたのに。
気に入ってくれたのは嬉しいけど、これは言っておかなくてはならない。
「シエナ姫、ソースが口についてます」
「あら、ごめんあそばせ」
シエナがぺろりと口についたソースを舐める。
それから、努めて凛とした真面目な顔を作って、きゅっと拳を握り込んだ。トマトソースがついていたことなど、まるでなかったかのようだ。
「今回のフェスタ、ステラロード王国はきっと大きな話題になりますわよ」



