崖っぷち王国の大躍進!~末っ子王子はチートスキル『素材合成(マテリアマージ)』で大空を制覇する~

 今の僕は、前世と違って随分と目がよく見える。遠くても、あの船を見間違うはずがない。
「なんだと? どうしてイグナイト王国の船がこんなところに?」
「テオに向かっているなら、針路としてはこの辺りで合流してもおかしくはないけれど……一隻だけなのは気になるわね」
 まさか、と言いかけて母さんが唇を引き結ぶ。
 前にステラロード王国で会った時は、大型船を中心に構成された、護衛船団がついていた。
 あの規模の船団が、そう簡単に全滅するとは思えない。
 一方で、海の上では何が起こっても不思議はない。ひりひりした不安が頭の隅にちらつく。
 まさか、あの一隻を残して全滅したのでは?
 母さんが考えたであろう不吉な仮説を、僕も思い浮かべてしまい、慌てて首を振る。
 急に首を勢いよく振ったので、ソルが「キュウ」と不満そうにした。
「ここにいる四隻で追いつこうよ。なんとかして助けなくちゃ」
「そうしたいのはやまやまだが、そいつは難しい注文だ。貨物船二隻では、そもそも追いつけん」
「僕に任せて。まずは急いで、マストを全部たたんで。それから、操舵輪のところに行こう」
 すべての船に仕込んであるエンジンとスクリューを使えば、帆船の比ではない速度が出せるはずだ。
 船の向きを操作する舵輪のところまで行って、隠してあったエンジン操作用レバーの蓋を開ける。
「なんだこりゃ?」
「船の速度を上げる仕組みだよ」
「マストをたたんで、どうやって速度を上げるつもりだ?」
「ほら、勝手に動くおもちゃ。父さんに見せたことがあったでしょ?」
 小型のモーターやエンジンの試作品を合成した時の話だ。
「おん? つまりアレと同じもんを、船につけたってのか?」
 頷いて、レバーの倒し具合で速度の調節ができること、操作にはある程度の魔力量がある人間が必要であることを、みんなに簡単に説明する。
「他の船にいる魔法使いにも、メテオライト号に続くよう伝令を出した。いつでもいいぞ、やってくれ。俺はレガロを信じる」
 母さんが「私もよ」とにっこり微笑んで、迷いなくレバーを前に倒す。
 船尾に取り付けたスクリューを隠していたカバーも、エンジン操作用レバーの蓋と連動して開くようになっている。
 スクリューが回転し、メテオライト号は一気に速度を上げた。帆船の倍以上のスピードで、ぐんぐん海賊船に迫っていく。
 突如として、ありえない速度で背後からやってきた四隻の船に、海賊船団は大混乱に陥った。海賊たちにしてみれば、そのうちの二隻が貨物船だなんて、その場ですぐに判断できるわけがない。
 四隻それぞれが縦横無尽に舵を切り、好き放題に魔法と矢の雨を降らせるだけで、ほとんど大勢は決してしまった。
 驚かされたのは、イグナイト王国の一隻だ。
 メテオライト号を先頭に奇襲をかけた僕たちに呼応するように、逃げていたはずのイグナイト王国の船が反転し、挟み撃ちの形で魔法を撃ち始めたのだ。
 風を完全に無視した四隻に翻弄され、追っているはずの船から思わぬ反撃まで受けて、海賊船団はあっという間に敗走した。
「危ないところを助けてくださり、本当にありがとうございます。こんなところで再会できるとは思いませんでした」
「シエナ姫がご無事で何よりでした」
 イグナイト王国の船に乗っていたのは、やはりシエナたちだった。
ステラロード王国へやってきた時と同じく、船団を率いてフェスタを目指していたものの、途中で海の魔物と嵐に襲われ、護衛船団とはぐれてしまったのだという。
「護衛船団の皆さんも無事だといいのですが」
「何かあっても、テオで落ち合う予定になっていますから、無事を祈って進むしかありませんわね」
 気丈に振る舞ってはいるものの、シエナの手は少し震えていた。それはそうだろう。いくら魔法の才能があっても、散々な目にあって仲間ともはぐれてしまったのだ。怖くないわけがない。
「それにしても、ステラロード王国の船は素晴らしいですわね。あんな速さで走る船、初めて見ましたわ。旗艦から颯爽と指示を出すレガロ様のお姿を見て、感動してしまいました」
「いえそんな。僕は魔法は使えませんし、大したことはしていません。本当に、間に合ってよかったです。それに、シエナ姫の魔法こそ素晴らしかったですよ」
 僕たちのやりとりを横目で見て、母さんがくすくすと笑う。
「レガロ、そんなに謙遜しなくてもいいんじゃないかしら? イグナイト王国の皆様ですからお話しいたしますけれど、この船はレガロのスキルのおかげであれだけの速度を出せるようになったんです」
 なんと素晴らしい、とイグナイト王国の騎士たちから歓声が上がる。母さんが、完全に営業モードだ。イグナイト王国の皆様に恩を売りにいっている。
「海賊たちに襲われているイグナイト王国の船を見つけたのもレガロ、私たちの常識では絶対に追いつけないと思っていた不可能を可能にしたのもレガロなのです。それもすべては、シエナ姫をお助けしたい一心でしたのよ」
 まあ、とシエナ姫が瞳をきらきらさせて、僕を覗き込んでくる。
 なんだか少し、風向きがおかしくなってきた。
「こんなこともあろうかと、密かに船に組み込んでいた秘密の仕掛け。圧倒的な速度を出せるかわりに、大量の魔力を消費する諸刃の剣。使えば、ステラロード王国の魔法使いたちを大きく消耗させてしまいます。けれども、けれどもです。あえて申し上げましょう、再会を誓い合ったふたりの前では、そのような懸念は些事であると。愛する姫を救うために、迷うことなどないのだと!」
「レガロ様、私のことをそこまで……」
「ストーップ! 母さん、ちょっとこっちに!」
 シエナたちに最速の礼をして、母さんを甲板の隅に引っ張っていく。
「どうしたの、これからがいいところじゃない」
「どうしたのじゃないよ、すごく話が飛躍してるんですけど!?」
「あら、嘘は言っていないでしょう?」
「魔法使いが消耗してとか、愛する姫のためとか、まあまあの嘘が混じり始めてたよね」
「シエナ姫もまんざらでもなさそうだもの。それに彼女、とっても素敵な方じゃない?」
「素敵だとは思うけどさ」
「もう少し大きくなったら、ライバルが増えてきっと大変よ? 今がチャンスだと思うのよ」 
 イグナイト王国との繋がりを強化できたら素敵よね、とぽつりと呟いた母さんに、僕は大きなため息をついた。
 いたずら心半分、打算半分といった感じだろうか。三歳の子供たちをからかわないでいただきたい。
「あの、レガロ様」
「シエナ姫、先ほどは母が失礼いたしました。誤解といいますか、なんといいますか」
 後ろからシエナに声をかけられて、咄嗟に言い訳めいたものを並べてしまう。
 しかし、シエナは申し訳なさそうな顔をして、明後日の方向を指さした。
「アレは、あのままでよろしいのでしょうか?」
 シエナの指さす方から、ブンブンと唸るエンジン音が鳴り響く。
 そこには、海に投げ出されて必死に溺れるまいと手足を動かす海賊たちを、小型のモーターボートで取り囲み、高々と斧を抱えて雄叫びをあげる蛮族……もとい父さんとマグナ兄の姿があった。
「このモーターボートってのは最高だな。おらおら、どうした海賊ども」
「はっはっは、逃げ切れると思うなよ?」
 モーターボートは、船に何かあった時に脱出できるよう、小型のボートにエンジンを付けたものだ。
 ペダルを足で操作して速さを調節し、手元のハンドルで舵を切れる仕様にしたので、余った片手で武器や魔法を扱えるようになっている。
 こんな短時間で、あそこまで乗りこなしてしまうなんてすごい。なんて感心している場合ではない。
 なにしろセリフが過激すぎる。海中から抵抗を試みてくるか、どうにか逃げようともがく海賊たちの制圧に終始しているだけではあるのだけど、絵的にも倫理的にも、完全にアウトだ。
「よくないですね。みんな、ストーップ! 捕虜は人道的な扱いをっ!」
 シエナ姫とのあれこれをとりあえず有耶無耶にして、僕と母さんはふたりを止めに入った。