崖っぷち王国の大躍進!~末っ子王子はチートスキル『素材合成(マテリアマージ)』で大空を制覇する~

「レガロ、本当に大丈夫? どこも怪我してないわよね?」
 フリーズしていたからか、心配そうな顔で母さんが僕を覗き込む。
 僕は曖昧な笑顔をどうにか作って、曖昧に頷いた。
 こんなに曖昧尽くしなのに、前世の記憶だけは曖昧でもおぼろげでもなく、確固たる事実として色彩を増し、頭の中に居座っている。気分的には、レガロ・滝沢・ステラロード・拓斗である。
「大丈夫だろ。レガロはそんなに弱くないさ、なあ?」
 父さんを若くしたようなワイルド系のイケメンが、父さんの真似をしたのか、僕の頭をわしわしと撫でてにっと白い歯を見せた。
 大丈夫だ、ちゃんとわかる。この人は、マグナ兄ことマグナス・ステラロード。
ステラロード家の長男で、確か今年で十六歳になるはずだ。
 十六歳か……前世の僕より、ひとまわり年下じゃないか。
 父さんと似た服装をしているけど、部分的にあえて着崩してアレンジしている。
 ついさっきまで立派な大人に見えていたはずの兄が、年相応のやんちゃな少年に見えてきて、不思議な笑みがこみあげてきた。
 曖昧でぎこちなかった表情が、ある意味自然なものに変わったことで、「ほらな?」とマグナ兄が胸を張る。かわいい、などと言っては確実に機嫌を損ねる。黙っておこう。
「レガロ、危ないからこっちにおいで。片付けの邪魔にならないようにね」
 シルヴァ兄ことシルヴァン・ステラロードが、笑顔で手招きしてくれる。まだ十歳ながら、シルヴァ兄は落ち着いた雰囲気で、表情だけなら、下手をするとマグナ兄より大人に見えた。
 マグナ兄は豪気な父さんにそっくりで、シルヴァ兄は落ち着いた雰囲気の母さんに似ているからかもしれない。髪色や瞳の色も、マグナ兄は父さん、シルヴァ兄は母さんにそっくりだ。
 ちなみに僕はちょうど真ん中くらいといったところで、ブルーグレーの髪に、インナーカラーのような感じで黒が入っている。瞳の色も少し濃いめのブルーだ。
特に髪を染めた記憶はないし、カラーコンタクトを入れてもいない。
異世界感のある配色でとてもよろしい。
「ありがとう、シルヴァ兄」
 部屋の隅に移動しながら、散らばったパーツの片付けを見守る。
 裕福ではなくてもさすがは王家というべきか、おもちゃが散らばった瞬間から、素晴らしい連携で執事やメイドのみんながいそいそと片付けを進めてくれていた。
 すでに大きなパーツはほとんど拾い終えていて、小さなパーツの確認に入っているスピード感だ。
 ほとんどのパーツが揃ったところで、その場にいた執事やメイドとは別の、ふたりの家臣がこれまたいそいそと室内に入ってきた。
「これはまた、見事にバラバラですね」
「どうだ、直せそうか?」
 後から入ってきた人たちは、何かを修理したり作ったりしている職人さんなのかな。
「どうでしょうかね。私は料理人ですので……」
「俺も馬車の整備をやってはいますが、おもちゃの修理っていうのはちょっと」
「そうか……なんとかならんか? 細かい作業は得意だろう?」
 よし、オーケー。父さん、それは本当にダメなヤツだよ。
 何かの職人どころか、コックと御者じゃないか。
 エンジニアなんだからコピー機直せるだろ、のようなノリで大変申し訳ない。
 バラバラのおもちゃよりは、コピー機の方がまだ動く可能性があるかもしれない。電源を入れなおしてみる、コピー用紙が入っているか確かめる、とかで。
「ヴィクター、大急ぎで人を呼ばせたと思ったら……さすがに無理があるでしょう?」
 よかった、母さんは大丈夫そうだ。
「ここは私の出番かもしれないわね」
「え。母さん、おもちゃの修理とかできるの? すごい」
「いいえ、もちろんできないわ。でも、レガロのためなら頑張れる気がするの。こう見えても私、お裁縫は得意だし」
 よし、やっぱり母さんもダメかもしれない。
 期待に満ちた表情になったシルヴァ兄の瞳から、あっという間にハイライトが消える。
 みんなが難しい顔をして案を出し合う中で、「それはそれとして、気になったんですが」と御者の青年がおずおずと手を挙げた。
「これは、どういう流れでこうなったんですか?」
「どういう、とはそれこそどういう意味だ?」
「レガロのお誕生日プレゼントだったのよ」
「蓋を開けた瞬間にすごい音がして、バラバラになっちゃったんだ」
 父さん、母さん、シルヴァ兄が順番に答える。
 御者の青年は腑に落ちない様子で、首をかしげた。
「蓋を開けた瞬間に、ですか」
「先の航海の途中で買ったものだからな。ラシェルが言っていた通り、どこかにぶつけて脆くなっていたんだろう」
「どこかにぶつけて? とんでもない」
 御者の青年は、父さんの話を聞いていよいよ首を横に振る。
「綺麗なもんですよ、どこにもぶつけた傷なんてありません」
「確かにおかしいですね。傷どころか、細かい部品まで完全に分解されています。蓋を開けただけでこんなことになるなんて……ありえるんでしょうか?」
 歯車とネジを手のひらに乗せて、コックも怪訝な顔をする。
「こうなる前の品が手元にあったとして、この通りにバラす方がよっぽど大変ですよ」
 興奮した様子で、小さな歯車やら翼のパーツやらを握りしめた御者の青年が、父さんに詰め寄る。
「最初から不良品だった、とか?」
「買う前に開け閉めして確かめた。それはないだろう」
 おそるおそる尋ねたマグナ兄に、父さんが首を振る。
 会話の流れは、どうやって直すかというところから、少しずれてきている。
 すべてのパーツがテーブルに並べられ、ちょっとした検証が始まった。
 みんなが首を傾げる中、僕は不思議な気持ちでそのやりとりを眺めていた。
 これは、あまりよろしくないかもしれない。
 パーツが綺麗すぎる、こんなに完全にバラバラにするなんて、落としただけでは不可能……などの会話の断片から、僕はこの事態の原因を把握し始めていた。
 どうしよう、冷たいような熱いような、変な汗が出てきた。
「何か危険な魔法がかけられていた、という恐れはありませんか?」
 御者の青年とコックが顔を青くして、いよいよ空気がおかしくなってくる。
「なんたることだ、すぐに調査させなければ……!」
「待って、レガロは大丈夫なの?」
「レガロが手に取った瞬間に、弾けたように見えたよな」
「さっきも言ったけど、落として壊れちゃったっていう感じではなかったもんね」
 母さんの一言にマグナ兄とシルヴァ兄が追従し、みんなの視線が再びこちらに集まる。
「ち……!」
「ち……?」
「違うんですっ!」
 僕は、思わず叫んでいた。
 まるで僕に、なんらかの魔法か呪いがかけられていると確信したような顔ぶれだ。
 誤解にもほどがある。
 おもちゃ自体に罪はなく、魔法も呪いもかかっていない。
 そもそも、怪しげな魔法や呪いがかけられていたのなら、それをむんずと掴んで持ち帰ってきた父さんはどう説明するのだ。
 特になんともなかったぞ、と笑いとばしそうであるとはいえ、屈強すぎる。
 この現象は、どうやら僕のせいなのだ。前世の記憶を取り戻して、大人の意識が混ざったことで、僕は自分の持つスキルをなんとなく自覚していた。
 そう、この世界には魔法とスキルが存在する。
 魔法は身体に眠る魔力を使って、色々な現象を起こせる力だ。
 母さんとシルヴァ兄はふたりとも風魔法の使い手で、僕が赤ちゃんの頃に涼しい風を魔法で送ってもらったりしたんだよね。
 前世だとエアコンだったり、人力なら団扇だったりするのだろうけど、この世界では場合によってそれが魔法になるわけだ。
 スキルも、魔法と同じく身体に眠る力を使って発現させるのだけど、こちらは魔法よりも種類が多くて、中には不思議なものもあるらしい。
 父さんとマグナ兄は、ふたりとも『剛腕』という筋力を強化するスキルを持っている。
 それぞれ、愛用の重そうな斧を片手で振り回しているのを見たことがあるから、常時発動するものなのかもしれない。
 父さんとマグナ兄の性格的に、力加減とか大丈夫なのだろうか。なんて心配してしまうのは失礼かもしれないけど。
 そして僕の中にも、スキルが眠っていたらしかった。
 らしかった、というのは、これまでにも無自覚でスキルを使っていた記憶が、おぼろげながら残っているからだ。
 僕のスキルは『素材分解(マテリアブレイク)』。
 読んで字の如く、色々なものを分解して素材を取り出せるスキルだ。
 ただし、コントロールができていないので、思わぬタイミングで発動してしまう。
 赤ちゃんの頃からのあやふやな記憶ではあるけど、僕は事あるごとに物を壊す子だった。
 自分が寝ていたベビーベッドに始まり、椅子やら家具やらおもちゃやら、手の届くものはなんでも、というとさすがに語弊はあるけど、結構な数のあれこれを無意識に壊してきた。
 今にして思えば、それらはすべて素材分解スキルが暴発したせいだったのだ。
 今回でいえば、誕生日プレゼントをもらって、感情が昂ったせいで発動してしまったんだろう。
 かなり意識して制御しないと、だいぶ危ないスキルなんじゃないだろうか。
 例えば、僕が順調に成長できたとして、父さんのように海に出ることになったとしよう。
 初めての船旅でテンションが上がって、乗り込んだ船をバラバラにしちゃいました、なんてことになったら、目も当てられない。
「違うって、どういう意味?」
 シルヴァ兄が、ことりと首を傾げて聞いてきて、現実に引き戻される。
 おもちゃが壊れちゃったのは、僕のスキルのせいで……と説明しようとして、言葉を飲み込んだ。
 三歳のレガロが前世の記憶を取り戻したのと同じくらい、これは言ってはいけないもののような気がしてきた。
 あの時もあの時も、家具や道具を壊していたのはレガロだったのか、なんて危険なスキルだ、と騒ぎになって、スキルを制御できるまで軟禁されたりしないだろうか。
 国内に置いてもらえれば、まだいい方かもしれない。
 どれくらいの威力があるのかわからないけど、例えば王城ごと解体できるくらいのヤバいスキルだった場合、追放だとか処刑だとかもありえるのでは?
 物騒な単語が頭の中を駆け抜けて、僕はまた頭の奥が熱くなるのを感じた。
「ちゃんと直すから許して!」
「直すっていったってな……」
 申し訳なさ半分、保身半分の邪推を重ねた結果、自分で自分を追い詰めて土壇場で覚醒してくれたのか、元々持っていたけど意識が幼すぎて使いこなせていなかったのか。
 これまでまったく制御できていなかった、素材分解と対をなすスキル、『素材合成(マテリアマージ)』。僕は、高鳴る鼓動と一緒にそのスキルをなんとなく理解した。
 このおもちゃは先に完成品を見ているし、どうすればいいかわかる。直せる、間違いなく。 確信と直感に従って、指先を動かした。
 指先でなぞったところに、青色の光が現れる。その光でくるりと円を描くようにして、テーブルに並べられたパーツを囲んでいった。
 頭の奥からじわじわと染み出した熱が、全身に広がる。これまで感じたことのない高揚感に背中を押されて、パーツを囲む円を完成させた。
 光の円全体が淡い光を放ち、複雑な魔法陣に変わる。
並べられたパーツが、魔法陣にするりと吸い込まれた。
 吸い込まれたパーツが音を立てているのか、それとも魔法陣そのものが音を立てているのか。カチカチと、機械式の時計が針を動かすような、どこか癖になる音がして魔法陣の光が強くなっていく。
 ぱあんと、おもちゃがバラバラになった時と同じような音が響いて、魔法陣の中から手のひらサイズの木箱が現れ、ことりと落ちる。
 役目を終えた魔法陣は、宿した光をゆるゆると弱めて、さらさらと霧散して消えた。
 まだドキドキしている。高鳴る鼓動を抑えて、慎重な手つきで木箱をそっと手に取る。
 そっと開くと、炎のブレスを吐くドラゴンが箱の中から現れ、歯車の仕掛けに従って悠々と翼を動かした。
 何度か開け閉めを繰り返す。どうやら大丈夫そうだ。
 ドラゴンを動かす仕掛けも維持できているし、木箱のネジも緩んでいない。
 もちろん、ドラゴン本体と翼のパーツ、炎のパーツも、きちんとくっついている。
「よかった……直ったみたい。改めて、プレゼントありがとう。大切にするね!」
 木箱をいったんテーブルに置いてから、みんなに向き直って、にっこりと微笑む。
「……あれ?」
 ぐらりと視界が揺れて、思わず膝をついた。
 さっきまで、あったかくてわくわくした気持ちに溢れていたのに。
 今は身体が重たくて、ぬるま湯に沈んでいくような感覚だ。
 意識して「大丈夫」と口に出しながら、なんとか立ち上がろうとしてみたものの、上手くいかない。
 ほっぺたが冷たい。ああなんだ、立ち上がれなくて横になっちゃってるんだな。
 僕をゆする誰かの手のひらだけが温かい。僕の意識は、そのままずるりと薄れていった。