ピッツァ・ステラロードは、国内で空前のブームを巻き起こした。
トマト自体はよく採れるし、日常的に食べられていたから、馴染みやすかったのもあるだろう。
不定期に外から仕入れなければいけない食材を使わず、地産地消でこんなに美味しいものが食べられるなんて、というのが受けたのだ。ピザ窯が足りなくても、ピザに近い形でパンに乗せたりと、早くも独自の進化を遂げ始めていた。
僕としても、こんな組み合わせもあったんだ、という嬉しい驚きが増えてありがたい限りである。
航海の準備も着々と進められていて、僕のスキルと魔法炉を併用して、備品も揃いつつある。
フェスタに向けた準備は、どうやらなんとかなりそうな気配だ。
「缶詰、大丈夫みたいね」
初めてのピザパから数週間、僕たち家族は揃って、缶詰開封の儀を執り行っていた。
それらしい工程を踏みはしたものの、僕のスキルはイメージ頼みだ。食べ物を任せるのは心配なところもあった。
おそるおそる開けてみれば、母さんのセリフの通り。中身のトマトは無事で、匂いも味も詰めた時のままだった。
母さんにリクエストされていた、蓋と本体に紋章を刻印したバージョンの缶も準備してある。
「念のため、今回はこのままでは売らずに、ピザを振る舞う時に使いましょう」
「ラシェル、それでいいのか?」
ピザの時のように、雄叫びをあげるかと思われた母さんから冷静な意見が飛び出して、父さんが不思議そうな顔をする。
確かにそうだ。安全が確かめられたら、すぐにでも目玉商品のひとつに加えたいという話になるのかと思った。
「まずは新生ステラロード商会のお披露目として、新しい船を見せるの。規模がひとまわり大きくなったことをアピールしつつ、ピッツァ・ステラロードを振る舞う。おそらく、国内と同じように大きなブームになるはずよ。そうすると、どうなると思います?」
「ステラロード王国の名を広められるってわけだな」
ふふんと母さんがふんぞり返って、ピンと立てた人差し指を左右に振る。
「勘のいい商人なら、使われている材料を見にくるはずよ。そこで、カンヅメ・オブ・ステラロードに目をつけるってわけよ」
母さんの口調が、だんだんワイルドになってくる。なんとなく、こっちが素のような気がしてきた。いつもは、王妃らしく振る舞うように気をつけているのかも。
「シンプルな塩茹でからオイル漬け、お魚だとかのトマト以外のあれこれまで、この一カ月で缶詰のバリエーションも増やしてきたでしょう? ステラロード王国に寄ってくれる船が増えるように、缶詰を撒き餌にするってわけよ」
「おお、うちを経由してくれる船が増えれば、貿易も活発になるな」
「色々なものが取引されるようになれば、各国の情報も手に入る」
「商品が増えて顔が売れれば、一流の貿易国家の仲間入りだね」
大袈裟な身振り手振りで、缶詰を高々と掲げた母さんに続いて、父さん、マグナ兄、シルヴァ兄が次々とポーズをキメる。いいなあ、このノリ。
「とまあ、そんなに最初から上手くはいかないでしょうけれど。宣伝にはなるといいわよね」
スン、と表情をいつもの微笑みに戻して、母さんが続ける。とても切り替えがお早い。
「この缶詰、今のところ入れ物と蓋はレガロに作ってもらうしかないにしても、中身を詰めて蓋をして加熱するところは、もう少しなんとかならないかしら?」
「最後の加熱は、魔法じゃなくてもいけるんじゃないか?」
マグナ兄が、トマト缶を手の中でくるりと遊ばせる。
「直火だと破裂してしまいそうだけれど、やりようはありそうね」
「この蓋も、手で閉じられないのかな?」
シルヴァ兄は、閉じた缶詰の蓋をじっくりと眺めている。
「レガロがどうやってこれを思いついたのかは気になるけれど、特殊な閉め方になっているわよね」
母さんが、二重巻き締めされた缶の縁を指先でなぞる。
少しだけ懐疑的な視線を感じるけど、一生懸命考えている振りをした。
振りをしたというか、アイデア自体はすでにある。
「手で閉じられるように、できると思う」
缶詰の容器自体を手作りするのは、まだ難しいから、僕が作り置きする必要はある。
それはそれとして、蓋を閉めるだけなら、そういう道具を作ればいいだけだ。
素材合成で一気にやるより、もちろん時間はかかる。
それでも、僕がひとりで缶詰を作り続けるよりは現実的だ。
「蓋を閉じる道具、作ってみるね」
「思いつきで言ってみたんだけど、そんな簡単に作れるの?」
シルヴァ兄が目を丸くする。
僕は大きく頷いた。何を隠そう僕は、手動で缶詰を二重巻締できる巻締機を持っていたくらいだ。
縦横それぞれにボルトがついていて、顕微鏡のような見た目の道具だった。
縦のボルトは缶を固定するため、横のボルトは仕様が違うふたつのローラーを調節するためのものだ。本体に加えて、ハンドル状の部品があって、それを付け替えてそれぞれのボルトを回すのだ。
まずは缶に蓋を乗せて巻締機に設置した後、縦のボルトで缶自体を固定する。
それから、横のボルトを調節して、二種類のローラーを順番に缶の縁に押し当て、巻締機の中ほどについている巻締用のハンドルを回して、蓋を閉じていく。
操作する手順だとかはあるにせよ、慣れればひとつの缶につき二分くらいで蓋をできる。
自分で缶詰に蓋をするというだけで、なんだかすごくわくわくしたのを覚えている。
「こんな感じなんだけど、どうかな?」
ささっと巻締機を素材合成して、使い方を実演してみせる。
どうやってこんな仕組みを、という驚き半分、好奇心半分の反応だ。
さすがにこれまでのように、「わかんない、なんとなく?」ではごまかしきれないので、色々な機械を実験的に合成、分解していく中で思いついたという設定で押し切った。
今この場だけは、僕を天才の色眼鏡で見てほしい。
「これなら、僕がいない間も缶詰を作っていけるよね? そうだ、加熱した後はなるべく早く冷やしたいから、その方法も考えないといけないかも」
「ずっと考えていたのだけれど、やっぱりレガロはお留守番にできないかしら? 危険すぎるもの」
このタイミングで、それはないって。僕はもちろん、その場にいた全員が驚いて、母さんに視線が集まる。一気に空気が重くなった。
「海を渡るのは、とっても危なくて大変なの。ヴィクターも知っているでしょう?」
明らかに説得モードに入った母さんに対して、父さんは意外にも引き下がらなかった。
「レガロは今回の要と言ってもいいよな? それを、手伝わせるだけ手伝わせて、それじゃあ留守番よろしくってのはどうなんだ? イグナイト王国の皆さんにも、約束しちまったんだろ?」
「だってレガロは、まだ三歳なのよ?」
ど正論である。前世日本で遊覧船に乗せてもらうのとは、訳が違う。
魔物や海賊が出てくるかもしれない海を、数週間かけて航海していくのだ。
「僕も正直、母さんに賛成かな。レガロは小さすぎるよ」
「それを言い出したらお前もだ。魔法が人並み以上に使えるってんで特例にしてるが、十歳だぞ?」
「魔法が使える場合は基準が変わるでしょ。それこそシエナ姫だって、三歳だよね?」
シルヴァ兄が、頭の後ろで両手を組んで、しれっと言う。イグナイト王国のシエナは、特例中の特例に違いない。確かに僕には、シルヴァ兄のような魔法は使えないし、ロッドを引き裂いてしまうような魔物を倒せる力がないのも事実だ。
「僕もスキルで頑張るから、特例にしてほしいな」
だけど、さすがに引き下がれないし、引き下がりたくない。
役に立てる何かを持っていれば特例になるというのなら、今が推し時だ。
ど正論は確かにその通りなのだけど、ここまでみんなで考えて盛り上がってきたのに、父さんが言う通り、じゃあいってらっしゃいと見送るのは悲しすぎる。
「母さん、シルヴァン、諦めて応援してやろうぜ。レガロだって、ステラロード一族なんだからな」
「俺たち全員でしっかり守る、それでいいだろ? この子には才能も素直な心もある。閉じ込めておくより、可能性を信じてみないか?」
母さんは、ぐっと押し黙ってしまった。なんだか悪いことをしている気分になってきた。
「それにな、ラシェル。お前さんが俺を初めて海の上で助けてくれた時、いくつだった?」
「……そんな昔の話はいいじゃない」
「一歳だ、そうだよな? 俺も四歳だったが、あの光景は一生忘れねえ」
「一歳で海に出て、四歳の父さんを助けた? それ、どういう状況なの?」
シルヴァ兄が、僕が聞きたかったことをそのまま聞いてくれる。
「母さんは正真正銘の天才なんだぞ。純真無垢な笑顔のまま、ぷかぷか浮かんで魔法をぶっ放してはキャッキャしてたあの姿は、一生忘れねえ」
父さん、それ大丈夫? どっちかっていうと、トラウマになってない?
母さんを怒らせるのは、なるべく気をつけよう。
ステラロードの男子全員が、視線で会話した瞬間だった。
この話で、なんとなく母さんは反論しにくくなり、有耶無耶のうちに僕の船出も許されたのだった。
トマト自体はよく採れるし、日常的に食べられていたから、馴染みやすかったのもあるだろう。
不定期に外から仕入れなければいけない食材を使わず、地産地消でこんなに美味しいものが食べられるなんて、というのが受けたのだ。ピザ窯が足りなくても、ピザに近い形でパンに乗せたりと、早くも独自の進化を遂げ始めていた。
僕としても、こんな組み合わせもあったんだ、という嬉しい驚きが増えてありがたい限りである。
航海の準備も着々と進められていて、僕のスキルと魔法炉を併用して、備品も揃いつつある。
フェスタに向けた準備は、どうやらなんとかなりそうな気配だ。
「缶詰、大丈夫みたいね」
初めてのピザパから数週間、僕たち家族は揃って、缶詰開封の儀を執り行っていた。
それらしい工程を踏みはしたものの、僕のスキルはイメージ頼みだ。食べ物を任せるのは心配なところもあった。
おそるおそる開けてみれば、母さんのセリフの通り。中身のトマトは無事で、匂いも味も詰めた時のままだった。
母さんにリクエストされていた、蓋と本体に紋章を刻印したバージョンの缶も準備してある。
「念のため、今回はこのままでは売らずに、ピザを振る舞う時に使いましょう」
「ラシェル、それでいいのか?」
ピザの時のように、雄叫びをあげるかと思われた母さんから冷静な意見が飛び出して、父さんが不思議そうな顔をする。
確かにそうだ。安全が確かめられたら、すぐにでも目玉商品のひとつに加えたいという話になるのかと思った。
「まずは新生ステラロード商会のお披露目として、新しい船を見せるの。規模がひとまわり大きくなったことをアピールしつつ、ピッツァ・ステラロードを振る舞う。おそらく、国内と同じように大きなブームになるはずよ。そうすると、どうなると思います?」
「ステラロード王国の名を広められるってわけだな」
ふふんと母さんがふんぞり返って、ピンと立てた人差し指を左右に振る。
「勘のいい商人なら、使われている材料を見にくるはずよ。そこで、カンヅメ・オブ・ステラロードに目をつけるってわけよ」
母さんの口調が、だんだんワイルドになってくる。なんとなく、こっちが素のような気がしてきた。いつもは、王妃らしく振る舞うように気をつけているのかも。
「シンプルな塩茹でからオイル漬け、お魚だとかのトマト以外のあれこれまで、この一カ月で缶詰のバリエーションも増やしてきたでしょう? ステラロード王国に寄ってくれる船が増えるように、缶詰を撒き餌にするってわけよ」
「おお、うちを経由してくれる船が増えれば、貿易も活発になるな」
「色々なものが取引されるようになれば、各国の情報も手に入る」
「商品が増えて顔が売れれば、一流の貿易国家の仲間入りだね」
大袈裟な身振り手振りで、缶詰を高々と掲げた母さんに続いて、父さん、マグナ兄、シルヴァ兄が次々とポーズをキメる。いいなあ、このノリ。
「とまあ、そんなに最初から上手くはいかないでしょうけれど。宣伝にはなるといいわよね」
スン、と表情をいつもの微笑みに戻して、母さんが続ける。とても切り替えがお早い。
「この缶詰、今のところ入れ物と蓋はレガロに作ってもらうしかないにしても、中身を詰めて蓋をして加熱するところは、もう少しなんとかならないかしら?」
「最後の加熱は、魔法じゃなくてもいけるんじゃないか?」
マグナ兄が、トマト缶を手の中でくるりと遊ばせる。
「直火だと破裂してしまいそうだけれど、やりようはありそうね」
「この蓋も、手で閉じられないのかな?」
シルヴァ兄は、閉じた缶詰の蓋をじっくりと眺めている。
「レガロがどうやってこれを思いついたのかは気になるけれど、特殊な閉め方になっているわよね」
母さんが、二重巻き締めされた缶の縁を指先でなぞる。
少しだけ懐疑的な視線を感じるけど、一生懸命考えている振りをした。
振りをしたというか、アイデア自体はすでにある。
「手で閉じられるように、できると思う」
缶詰の容器自体を手作りするのは、まだ難しいから、僕が作り置きする必要はある。
それはそれとして、蓋を閉めるだけなら、そういう道具を作ればいいだけだ。
素材合成で一気にやるより、もちろん時間はかかる。
それでも、僕がひとりで缶詰を作り続けるよりは現実的だ。
「蓋を閉じる道具、作ってみるね」
「思いつきで言ってみたんだけど、そんな簡単に作れるの?」
シルヴァ兄が目を丸くする。
僕は大きく頷いた。何を隠そう僕は、手動で缶詰を二重巻締できる巻締機を持っていたくらいだ。
縦横それぞれにボルトがついていて、顕微鏡のような見た目の道具だった。
縦のボルトは缶を固定するため、横のボルトは仕様が違うふたつのローラーを調節するためのものだ。本体に加えて、ハンドル状の部品があって、それを付け替えてそれぞれのボルトを回すのだ。
まずは缶に蓋を乗せて巻締機に設置した後、縦のボルトで缶自体を固定する。
それから、横のボルトを調節して、二種類のローラーを順番に缶の縁に押し当て、巻締機の中ほどについている巻締用のハンドルを回して、蓋を閉じていく。
操作する手順だとかはあるにせよ、慣れればひとつの缶につき二分くらいで蓋をできる。
自分で缶詰に蓋をするというだけで、なんだかすごくわくわくしたのを覚えている。
「こんな感じなんだけど、どうかな?」
ささっと巻締機を素材合成して、使い方を実演してみせる。
どうやってこんな仕組みを、という驚き半分、好奇心半分の反応だ。
さすがにこれまでのように、「わかんない、なんとなく?」ではごまかしきれないので、色々な機械を実験的に合成、分解していく中で思いついたという設定で押し切った。
今この場だけは、僕を天才の色眼鏡で見てほしい。
「これなら、僕がいない間も缶詰を作っていけるよね? そうだ、加熱した後はなるべく早く冷やしたいから、その方法も考えないといけないかも」
「ずっと考えていたのだけれど、やっぱりレガロはお留守番にできないかしら? 危険すぎるもの」
このタイミングで、それはないって。僕はもちろん、その場にいた全員が驚いて、母さんに視線が集まる。一気に空気が重くなった。
「海を渡るのは、とっても危なくて大変なの。ヴィクターも知っているでしょう?」
明らかに説得モードに入った母さんに対して、父さんは意外にも引き下がらなかった。
「レガロは今回の要と言ってもいいよな? それを、手伝わせるだけ手伝わせて、それじゃあ留守番よろしくってのはどうなんだ? イグナイト王国の皆さんにも、約束しちまったんだろ?」
「だってレガロは、まだ三歳なのよ?」
ど正論である。前世日本で遊覧船に乗せてもらうのとは、訳が違う。
魔物や海賊が出てくるかもしれない海を、数週間かけて航海していくのだ。
「僕も正直、母さんに賛成かな。レガロは小さすぎるよ」
「それを言い出したらお前もだ。魔法が人並み以上に使えるってんで特例にしてるが、十歳だぞ?」
「魔法が使える場合は基準が変わるでしょ。それこそシエナ姫だって、三歳だよね?」
シルヴァ兄が、頭の後ろで両手を組んで、しれっと言う。イグナイト王国のシエナは、特例中の特例に違いない。確かに僕には、シルヴァ兄のような魔法は使えないし、ロッドを引き裂いてしまうような魔物を倒せる力がないのも事実だ。
「僕もスキルで頑張るから、特例にしてほしいな」
だけど、さすがに引き下がれないし、引き下がりたくない。
役に立てる何かを持っていれば特例になるというのなら、今が推し時だ。
ど正論は確かにその通りなのだけど、ここまでみんなで考えて盛り上がってきたのに、父さんが言う通り、じゃあいってらっしゃいと見送るのは悲しすぎる。
「母さん、シルヴァン、諦めて応援してやろうぜ。レガロだって、ステラロード一族なんだからな」
「俺たち全員でしっかり守る、それでいいだろ? この子には才能も素直な心もある。閉じ込めておくより、可能性を信じてみないか?」
母さんは、ぐっと押し黙ってしまった。なんだか悪いことをしている気分になってきた。
「それにな、ラシェル。お前さんが俺を初めて海の上で助けてくれた時、いくつだった?」
「……そんな昔の話はいいじゃない」
「一歳だ、そうだよな? 俺も四歳だったが、あの光景は一生忘れねえ」
「一歳で海に出て、四歳の父さんを助けた? それ、どういう状況なの?」
シルヴァ兄が、僕が聞きたかったことをそのまま聞いてくれる。
「母さんは正真正銘の天才なんだぞ。純真無垢な笑顔のまま、ぷかぷか浮かんで魔法をぶっ放してはキャッキャしてたあの姿は、一生忘れねえ」
父さん、それ大丈夫? どっちかっていうと、トラウマになってない?
母さんを怒らせるのは、なるべく気をつけよう。
ステラロードの男子全員が、視線で会話した瞬間だった。
この話で、なんとなく母さんは反論しにくくなり、有耶無耶のうちに僕の船出も許されたのだった。



