崖っぷち王国の大躍進!~末っ子王子はチートスキル『素材合成(マテリアマージ)』で大空を制覇する~

 ゆっくりと、重厚な岩壁が両側に開いていく。
 ここまでくるのに、約一カ月かかった。
 岩壁の脇で仕掛けを動かすことで、岩壁の開閉ができるようにして、エレベーターで岩壁の中を上下に行き来できるようにした。
岩壁の上は、沖の方まで見張れるように、簡易的な砦のような形にしてある。
 せっかく天然の要塞があるのだから、本当に要塞にしてしまえ。
 そういうコンセプトで、大型船が通れる水門を作りつつ、これまで以上に魔物や不審な船が入りにくいようにした。
「大変だったよね、上手くいってよかった」
「ほとんど、レガロのスキルでやってもらっちゃったけどね」
「そんなことないよ、みんなのおかげ」
 素材合成はできても、例えば港から海に出て岩壁のところまで行くとか、エレベーターがない状態で岩壁の上までどうにか登るとか、ひとりではできなかったことがたくさんある。
 異世界仕様なのか、スキルを使い続けて魔力量が増えた副産物なのか、はたまた事あるごとに始まるマグナ兄のブートキャンプが身を結んでいるのか、僕は三歳児としては体力がある方だと思う。
 それでも、小さな子供であることは間違いがなく、ひとりでは行動範囲も限られるし、誰かに力を借りなくてはいけないことばかりで、もどかしい気持ちもたくさん味わった。
 肩の上であくびをするソルが、羨ましくなったくらいだ。マグナ兄に言われて、僕がひいひい言いながら岩をよじのぼっていた時も、ソルはほとんど垂直な岩肌をするすると駆け上がっていたもんね。
「それでもやっぱりレガロの手柄だな、こいつは。なんなら、おかしな知恵をつけてる海賊でも紛れ込んでんのかと心配したんだぞ」
 マグナ兄が、いつも通りわしわしと僕の頭を撫でる。
 シルヴァ兄とわいわい案を出し合う中で思いついて、この形を提案したのも僕なら、設計図を描く時に、中心になってあれやこれやと意見したのも僕だ。
 岩壁を要塞のようにして水門を作り、上に通路と見張り台をつけて、もしものための防衛機構も取り込んで……と嬉々としてプレゼンした三歳児は、とてつもなく怪しく見えたに違いない。
 どこでそんな発想を? まさかどこかで海賊とでも通じているのでは? と心配されてしまい、誤解を解くのがなかなか大変だった。
「海賊扱いは冗談だ、許せ。結果的には、大成功だったよな」
「色々あった一カ月だったよね」
 マグナ兄が笑い、シルヴァ兄もしみじみと頷く。
 岩場を整備している途中で海の魔物が迷い込んできたり、それこそ遠巻きに海賊船らしき船がこちらをうかがっていたり、なかなか物騒なエピソードがいくつもあった。
 それらをどうにか乗り越えて、この見違えるような港が完成したのだ。
 何隻も同時に停泊するほどの広さはまだないものの、水門を開けば、大型船が楽々出入りできるようになった。これが一番の成果と言えるだろう。
「今日は船を合成するのよね? 楽しみにしていたのよ」
 山のように積まれた新しい船のための素材を見上げて、母さんがほくほく顔で手を叩く。
 エレベーターの補強、岩壁の水門化と港の拡張、森の整備などで余った素材を、コツコツ溜めてきたものだ。
 母さんが言った通り、水門が一段落したので、今日はいよいよ新しい船を作ろうとしている。
 エスカレーターやエレベーターの時点で、僕のスキルは国中に広まった。
 そのおかげで、家族や重臣のみんなだけではなく、崖の下も上も、見物にきた人たちで溢れている。
 ちなみに港のすぐそば、エレベーターを設置した崖の上には、転落防止用の柵も設置してみた。
 この国はどこもかしこも、断崖絶壁がそのままむき出しになっている。
 当然ながら、強風に煽られて転落する事故も多発していたわけで、使用頻度が高い港側や城下町から出た辺りを中心に、落下防止の柵を作ったのだ。
「それじゃあ、いきます」
 注目されてスキルを使うのは不思議な気持ちだけど、黙って進めていい空気ではない。仕方なく、緊張気味に宣言してから、いつも通り指先で素材を囲んでいく。
 基本は木製で、部分的に金属のパーツを使って補強するイメージで、船を組み上げていった。
 サイズ感はこれまでのステラロード王国の船よりひとまわり大きめで、イグナイト王国とガレドーラ共和国の帆船を目安にした。
「こんなにあっという間に、ひとりで船を造ってしまうなんて。なんて奇跡なの……」
 母さんは目をまんまるにして、涙すら浮かべている。
「ありがとう。でも奇跡だなんて、大袈裟だよ」
「大袈裟じゃねえっての。これが普通の反応だぞ、レガロ」
 母さんの肩をぽんと叩いてなだめつつ、マグナ兄がやれやれと首を横に振る。その隣にいたシルヴァ兄も、じっとりとした視線をこちらに向けて、ため息をついた。
「そうそう、逆に気をつけてよね。もう何度かはやらかしてるけど、これからは知らない人の前ではスキルを使わない方がいいかもね。レガロ自身はあんまり戦う力は持ってないし、ひょいって攫われちゃいそう」
「うえ、攫われちゃうの!?」
「そう簡単にそんなことはさせんつもりだが、用心しておいた方がいいかもしれんな」
 いたずらっぽい笑顔でからかい混じりのシルヴァ兄とは違って、父さんは完全に本気だ。
 愛用の斧に手をやって、完全に目が据わっているし、かろうじて弧を描こうとしている口元がむしろ怖い。
「早速乗ってみたいわ……あら? でもこの船、帆がないわね? 材料が足りなかったのかしら?」
「本当だな。レガロにしちゃ珍しい、失敗か?」
 失敗かどうか聞きながら、にやにやするのはマグナ兄の悪い癖だ。でもこれは、失敗ではない。そういう風にしただけだ。
「帆があった方がいいかな? 一応、なくても――」
「あった方がいいだろ。というか、なきゃ動かないよな?」
 マグナ兄から、食い気味で指摘されてしまった。
 この船の動力は、魔力で動くエンジンと船尾のスクリューだ。帆がなくても動かせる。
 帆をつければ帆船としても使えるとは思うけど、あんまり意味がない気がする。
 あれ、この世界ってエンジンとかはないんだっけ。ないか。
 なんとなく、またオーバーテクノロジーを突っ込んでしまったかもしれないね。
 とりあえず追加で帆を取り付けて、スクリューは開閉可能な装飾で隠しておいた。これでぱっと見は、いい感じに装飾がなされた帆船に見えるはずだ。
「早速、乗ってみましょうよ」
「ラシェル様、お待ちを。念のため先に我々が点検いたします」 
「あら、レガロを信じられないっていうの? 大丈夫よ、きっと」
 やわらかな微笑みはそのままに、母さんが軽やかな足取りで船へと駆けていく。重臣たちの言葉などお構いなしで、想像よりかなりの行動派だ。
 信じてくれるのは嬉しいけど、こっちが不安になってくる。
 というか、何あの身体能力。動きやすい仕立てとはいえドレス姿なのに、止めに入ろうとした重臣たちをするするかわしていくではないか。母さんも、昔は何かやっていた人なのかもしれない。 
「おいおい、待つんだラシェル」
 母さんのなめらかな動きとは対照的な直線の動きで、父さんが母さんに追いついて並走する。
 ナイス、父さん。母さんをしっかり止めてあげてね。
「悪いが一番乗りは俺だ」
「いいえ、譲れませんわ」
「むう……それならせえので一緒にどうだ?」
「いいわね、そうしましょ」
 最後はふたりで手を取り合って、せえのでジャンプして船上にご到着である。
 ええい、仲良し夫婦め。勝手にしなさい。
 わいわいしつつ、結局は家族みんなで乗り込んで、試運転してみることになった。
「ところで、どうやって港から出るの?」
 ふと、不思議に思って聞いてみた。スクリューやらエンジンやらをいっさい使わない場合、風まかせの帆船がどうやって出航するのか、僕は知らなかった。
「レガロは船に乗るの初めてだっけ、こうするんだよ」
 シルヴァ兄が、所属の風魔法部隊に指示を出す。
「あなたたちも、お願いね」
 母さんも、別の魔法使いたちに微笑んでみせた。
 すると、ゆっくりと船が向きを変えて動き出す。
 まさか、魔法で動かしているの?
「出航の時や、急な方向転換の時は魔法の力を借りるのよ」
 母さんが指さして教えてくれた水面には、きらきらと輝く水が、波とは別の流れを作っていた。魔法で船の向きを変えているのだ。
 船の向きが定まると、待っていたかのように帆がしっかりと張られる。シルヴァ兄たちの風魔法だ。
 土木工事には土魔法、船の操縦には風魔法と水魔法。こういうところは前世とやりようがまったく違って面白いし、やっぱり魔法はドキドキする。
 僕も、将来的には使えるようになるのだろうか。それとも父さんやマグナ兄のように、スキルメインで魔法は使えないスタイルになるのかな。
 魔力量自体は結構多いみたいだし、できればいつかは……と想像しつつ、きらきらした水面と広い青空を眺めた。ぐんぐん進んでいく船の先で、水門が開かれていくのが見える。
 何度もテストをやったから問題ないことがわかっているとはいえ、実際に船に乗って眺めてみると、大きな水門が開いていく様はなかなかの迫力だ。
 水門から出た後、沖をひとまわりして戻った僕たちは、同じ要領で三隻の船を新しく合成した。
 先に合成した旗艦一隻に加えて、貨物艦が二隻と護衛用にもう一隻といったところだ。
 もちろんどの船にも、こっそりエンジンとスクリューを搭載している。
 護衛船がもっとも小回りがきいてスピードを出せるはずだけど、いざとなれば貨物船でも、この世界の帆船より速度を出せるはずだ。
「船も港も整ってきた。いよいよって感じだな。次のフェスタで商会のお披露目だ」
「商会って?」
 父さんがにやりと笑う。
「国お抱えの商会って形でやってくのが、でかい商売をやるには楽なんだ。お抱えっつうかまあ、俺たちがそのまま乗るんだけどな」
 この世界では、王族が商会を立ち上げるケースも珍しくはない。
 イグナイト王国なら王族のシエナたちが乗っていたり、ガレドーラ共和国なら筆頭魔術師のオルブライトが乗っていたりと、国の中心人物がそのまま乗っていくことも多いのだ。
「商会の名付けは考え中でな。『俺の商船団』とか、『ヴィクター商会』とか色々候補はあるんだが」
 父さん以外の全員の顔が、まとめてひきつる。
「安心してちょうだい。候補がいくつかあるのは嘘ではないけれど、国の名前を冠してステラロード商会にするつもりよ」
 母さんが助け舟を出してくれて、ほっとした。
 俺の商船団じゃそもそも誰のものかわからないし、ヴィクター商会も、国のお抱えではなく個人的な何かに見えてしまいそうだ。父さんのセンス、これからは気をつけるようにしなくちゃね。
「そういえば、メインの品は決まったの?」
 シルヴァ兄が、母さんとマグナ兄に水を向ける。
「方向性はそれなりにね。まだまだ課題があるのだけれど、ふたりの意見を聞いてもいいかしら?」
「大丈夫だよ、任せて」
 それじゃあ行きましょうか、と母さんがみんなに促す。
「なあ、みんな聞いてくれ」
 そこで、父さんが真剣な顔になった。
「そんなにダメか? かっこいいだろうよ、俺の商船団……」
「さ、行きましょうね」
 母さんが、大袈裟に父さんに背を向けて歩き出す。
 ちょっとかわいそうかなと思ったけど、ここで俺の商船団の肩を持つわけにはいかない。
「おおい、待ってくれって」
 父さんの大きな嘆き声だけが、潮風に溶けて消えていった。