「こんにちは。少しだけ、ご挨拶のお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
崖下に下りて三人で話していたところで、後ろから声をかけられる。
振り向くとそこには、モスグリーンの髪を真ん中分けにした、すらりとした男が立っていた。後ろには父さんも立っている。
数カ月前に会ったシエナたちも上等そうなマントを羽織っていたけど、この人もまた、質のよさそうなマントと、スーツのような仕立ての服だ。どこかの国の貴族か王族なのかな、と勝手に想像する。
「あ、はい。ええと……父さん、こちらは?」
「ガレドーラ共和国の筆頭魔術師にして、ガレドーラ商会の運営にも携わっていらっしゃる、オルブライト・ワイズマン殿だ。色々と世話になっているし、こうして定期的に寄ってくれているんだ」
「ガレドーラ共和国より参りました、オルブライト・ワイズマンと申します。以後、お見知りおきを」
にこやかな笑みを作って、オルブライトが恭しく頭を下げた。
こちらも自己紹介を返したところで、聞き覚えのある国名にピンとくる。
「あれ、ガレドーラ共和国って」
「おや? ガレドーラ共和国の噂が、レガロ殿下の耳にも届いていらっしゃるとは光栄ですね」
南のガレドーラと東のゼム。シエナたちがやってきた時に、流れの商人たちが話していた国だ。
小綺麗すぎて気持ち悪い、と言っていた男のセリフがやけに頭に残っていて、あまりよくないトーンで声に出してしまった。
僕は、三十路手前の滝沢を最前列に引っ張り出して、精一杯の笑顔を作った。
「今度のフェスタにもいらっしゃるんですよね? ガレドーラ共和国は、フェスタで毎回素晴らしい貢献をされているとお伺いしています。僕、今度のフェスタが初めての海外なので楽しみなんです」
「さようでございますか。テオの町はとてもいいところですし、レガロ殿下もきっと気に入ると思いますよ。フェスタではぜひ、ガレドーラ共和国の品もお手にとっていただければ光栄です。お会いできるのを楽しみにしておりますね」
オルブライトは、僕に対しても笑みと言葉を崩さず、恭しく頭を下げてみせた。
よかった、物騒な噂とは裏腹に、丁寧で感じのよさそうな人だ。
「ところで皆さんは、後ろにある小部屋から出ていらっしゃいましたよね? 前回伺った時には確かこの小部屋はなかったと記憶しているのですが……倉庫を増築されたのでしょうか? 崖の下のスペースを有効利用するアイデア、素晴らしいですね」
「ああ、これは――」
説明をしようとして、なぜか言葉が出てこなくなる。
物騒な噂を聞いたとはいえ、父さんのお客様で、ステラロード王国に品を運んできてくれた商人だ。
話してみて、いい人そうだとも思った。隠す必要はないはずなのに、言葉にできないもやもやした気持ちがあった。
「荷物を上まで運べるようにする、エレベーターってんですよ」
僕が言いよどんだのを見て、マグナ兄が続きを引き継ぐ。
「荷物を上まで……でございますか?」
ピンときていない様子のオルブライトに、シルヴァ兄が笑顔で続ける。
「少しお時間をいただいてもよろしければ、お見せしましょうか? ちょうど父にも確認をしてもらおうと思っていたところなんです」
「ええ、ぜひお願いいたします」
シルヴァ兄は頷いて、荷下ろしを手伝っていたステラロード王国の面々を集めにかかった。
「はいはい、どんどん積んじゃって。それはこっち、これはそっち」
てきぱきと指示を出して、手頃な荷をエレベーターに詰めていく。細かい位置は風魔法で荷を浮かせて微調整していき、みるみるうちにエレベーターの中は荷でいっぱいになった。
「それでは、ご覧ください」
シルヴァ兄はひらひらと手を振ってエレベーターに乗り込むと、ボタンを操作した。
少ししてから崖の上に現れたシルヴァ兄は、下からでも確認できるように、重たそうな木箱を風魔法で浮かせてみせた。
「これは驚きました。シルヴァン殿下は、古の転移魔法を使われるのですか? 私も魔法を嗜んではいますが、古の魔法は初めて拝見しました」
オルブライトが、目を丸くして驚く。
「古の魔法ではありませんよ。これは我らがステラロード王国が開発した、誰でも簡単に使えるものです。荷や人を乗せた小部屋を上下に移動させているんです」
開発した、誰でも簡単に、というところを強調して、マグナ兄が得意げにした。
「素晴らしい技術です。応用も利きそうですし、ぜひとも詳しいお話をお伺いしてみたいものです」
両手を大きく広げて感動を表現してから、オルブライトはハッとした様子で頭を下げた。
「大変失礼いたしました。単純な知的好奇心で、他意はございませんでした。貴重なものを見せていただき、誠にありがとうございました」
「ワイズマン殿は気にしすぎだ。そんな風には思っていない」
「寛大なお言葉をありがとうございます。ぜひ今後とも、互いに利のある取引を続けさせていただきたいものですね。先にお話しした同盟の件も、引き続き前向きにご検討いただければ幸いです」
「こちらこそ、前回のフェスタでは貴重な提案をいただき感謝している。お待たせして申し訳ないが、しっかりと検討させていただこう」
父さんとオルブライトがお互いにいくつかの言葉をかわした後、オルブライトが恭しく頭を下げる。
「貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。さて、陛下。今回の荷は今日いっぱいで下ろし終わるでしょうから、明日には失礼させていただきます。次にお会いできるのはフェスタでしょうか」
「今回も大変助かった。今夜は城の一室を準備させよう、ゆっくりと旅の疲れを癒していかれよ」
父さんに改めて礼を言ったオルブライトが、僕に向き直る。
「レガロ殿下も、ありがとうございました。ぜひともまた、フェスタでお会いできますよう心より願っております」
「こちらこそです、ありがとうございました」
僕みたいな小さな子供にまで、本当に丁寧な人だ。
噂はあくまでも噂、実際に会ってみれば違うものが見えてくる。そういうことかもしれない。
「もしよろしければですが、私もこのエレベーターに乗って、上まで行ってみてもよろしいですか?」
「もちろん。シルヴァンが指揮をとって、上にやった荷を運び出しているので、少しかかるとは思いますが。いいよな、レガロ?」
一瞬だった。
オルブライトの瞳の奥に、とてつもなく冷たいものが見えたような気がした。
父さんもマグナ兄も、それに気付いた様子はない。
「ありがとうございます。荷下ろしの様子を確かめて、部下も連れてまいりますので急ぎませんよ」
すでに、オルブライトの表情におかしなところはない。
気のせいだと思いたいのに、ずきずきと速くなる鼓動がそうではないと叫び続けている。
どうしてこいつに確認したんだ、とでも言わんばかりの、ざらりとした感触だった。
人好きのする笑顔で船に戻っていく後ろ姿から、僕はしばらく目が離せなかった。
崖下に下りて三人で話していたところで、後ろから声をかけられる。
振り向くとそこには、モスグリーンの髪を真ん中分けにした、すらりとした男が立っていた。後ろには父さんも立っている。
数カ月前に会ったシエナたちも上等そうなマントを羽織っていたけど、この人もまた、質のよさそうなマントと、スーツのような仕立ての服だ。どこかの国の貴族か王族なのかな、と勝手に想像する。
「あ、はい。ええと……父さん、こちらは?」
「ガレドーラ共和国の筆頭魔術師にして、ガレドーラ商会の運営にも携わっていらっしゃる、オルブライト・ワイズマン殿だ。色々と世話になっているし、こうして定期的に寄ってくれているんだ」
「ガレドーラ共和国より参りました、オルブライト・ワイズマンと申します。以後、お見知りおきを」
にこやかな笑みを作って、オルブライトが恭しく頭を下げた。
こちらも自己紹介を返したところで、聞き覚えのある国名にピンとくる。
「あれ、ガレドーラ共和国って」
「おや? ガレドーラ共和国の噂が、レガロ殿下の耳にも届いていらっしゃるとは光栄ですね」
南のガレドーラと東のゼム。シエナたちがやってきた時に、流れの商人たちが話していた国だ。
小綺麗すぎて気持ち悪い、と言っていた男のセリフがやけに頭に残っていて、あまりよくないトーンで声に出してしまった。
僕は、三十路手前の滝沢を最前列に引っ張り出して、精一杯の笑顔を作った。
「今度のフェスタにもいらっしゃるんですよね? ガレドーラ共和国は、フェスタで毎回素晴らしい貢献をされているとお伺いしています。僕、今度のフェスタが初めての海外なので楽しみなんです」
「さようでございますか。テオの町はとてもいいところですし、レガロ殿下もきっと気に入ると思いますよ。フェスタではぜひ、ガレドーラ共和国の品もお手にとっていただければ光栄です。お会いできるのを楽しみにしておりますね」
オルブライトは、僕に対しても笑みと言葉を崩さず、恭しく頭を下げてみせた。
よかった、物騒な噂とは裏腹に、丁寧で感じのよさそうな人だ。
「ところで皆さんは、後ろにある小部屋から出ていらっしゃいましたよね? 前回伺った時には確かこの小部屋はなかったと記憶しているのですが……倉庫を増築されたのでしょうか? 崖の下のスペースを有効利用するアイデア、素晴らしいですね」
「ああ、これは――」
説明をしようとして、なぜか言葉が出てこなくなる。
物騒な噂を聞いたとはいえ、父さんのお客様で、ステラロード王国に品を運んできてくれた商人だ。
話してみて、いい人そうだとも思った。隠す必要はないはずなのに、言葉にできないもやもやした気持ちがあった。
「荷物を上まで運べるようにする、エレベーターってんですよ」
僕が言いよどんだのを見て、マグナ兄が続きを引き継ぐ。
「荷物を上まで……でございますか?」
ピンときていない様子のオルブライトに、シルヴァ兄が笑顔で続ける。
「少しお時間をいただいてもよろしければ、お見せしましょうか? ちょうど父にも確認をしてもらおうと思っていたところなんです」
「ええ、ぜひお願いいたします」
シルヴァ兄は頷いて、荷下ろしを手伝っていたステラロード王国の面々を集めにかかった。
「はいはい、どんどん積んじゃって。それはこっち、これはそっち」
てきぱきと指示を出して、手頃な荷をエレベーターに詰めていく。細かい位置は風魔法で荷を浮かせて微調整していき、みるみるうちにエレベーターの中は荷でいっぱいになった。
「それでは、ご覧ください」
シルヴァ兄はひらひらと手を振ってエレベーターに乗り込むと、ボタンを操作した。
少ししてから崖の上に現れたシルヴァ兄は、下からでも確認できるように、重たそうな木箱を風魔法で浮かせてみせた。
「これは驚きました。シルヴァン殿下は、古の転移魔法を使われるのですか? 私も魔法を嗜んではいますが、古の魔法は初めて拝見しました」
オルブライトが、目を丸くして驚く。
「古の魔法ではありませんよ。これは我らがステラロード王国が開発した、誰でも簡単に使えるものです。荷や人を乗せた小部屋を上下に移動させているんです」
開発した、誰でも簡単に、というところを強調して、マグナ兄が得意げにした。
「素晴らしい技術です。応用も利きそうですし、ぜひとも詳しいお話をお伺いしてみたいものです」
両手を大きく広げて感動を表現してから、オルブライトはハッとした様子で頭を下げた。
「大変失礼いたしました。単純な知的好奇心で、他意はございませんでした。貴重なものを見せていただき、誠にありがとうございました」
「ワイズマン殿は気にしすぎだ。そんな風には思っていない」
「寛大なお言葉をありがとうございます。ぜひ今後とも、互いに利のある取引を続けさせていただきたいものですね。先にお話しした同盟の件も、引き続き前向きにご検討いただければ幸いです」
「こちらこそ、前回のフェスタでは貴重な提案をいただき感謝している。お待たせして申し訳ないが、しっかりと検討させていただこう」
父さんとオルブライトがお互いにいくつかの言葉をかわした後、オルブライトが恭しく頭を下げる。
「貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。さて、陛下。今回の荷は今日いっぱいで下ろし終わるでしょうから、明日には失礼させていただきます。次にお会いできるのはフェスタでしょうか」
「今回も大変助かった。今夜は城の一室を準備させよう、ゆっくりと旅の疲れを癒していかれよ」
父さんに改めて礼を言ったオルブライトが、僕に向き直る。
「レガロ殿下も、ありがとうございました。ぜひともまた、フェスタでお会いできますよう心より願っております」
「こちらこそです、ありがとうございました」
僕みたいな小さな子供にまで、本当に丁寧な人だ。
噂はあくまでも噂、実際に会ってみれば違うものが見えてくる。そういうことかもしれない。
「もしよろしければですが、私もこのエレベーターに乗って、上まで行ってみてもよろしいですか?」
「もちろん。シルヴァンが指揮をとって、上にやった荷を運び出しているので、少しかかるとは思いますが。いいよな、レガロ?」
一瞬だった。
オルブライトの瞳の奥に、とてつもなく冷たいものが見えたような気がした。
父さんもマグナ兄も、それに気付いた様子はない。
「ありがとうございます。荷下ろしの様子を確かめて、部下も連れてまいりますので急ぎませんよ」
すでに、オルブライトの表情におかしなところはない。
気のせいだと思いたいのに、ずきずきと速くなる鼓動がそうではないと叫び続けている。
どうしてこいつに確認したんだ、とでも言わんばかりの、ざらりとした感触だった。
人好きのする笑顔で船に戻っていく後ろ姿から、僕はしばらく目が離せなかった。



