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開店前の店内にしては珍しく、大勢の話し声が響いている。
「紡くんのアドバイスを参考に選んでみた。どう?」
「……色合わせがちょっと惜しいね……」
“NEON CHAOS”の一日古着屋さんバイト当日。
スタッフらしき人たちが撮影の準備を進めていくなか自信満々、といった様子でやってくる早見くんの出で立ちに戸惑う僕。後ろで控えていた、この店のオーナーであるお父さんが「うっわ」と声を漏らすのが聞こえた。
「えっと、パンツを目立たせたいならトップスはシンプルなのに替えた方が良いかも。あと……」
「いやお前さすがにそれはない!よく紡の名前出せたな!?」
「ただただ折笠先輩に失礼です」
傷つけないよう言葉を選んで伝えようとする僕にお構いなしに、花守くんと豊崎くんが被せてくる。
「全部このお店で買ったやつですよね?ひとつひとつのアイテムはかっこいいのに組み合わせ方が酷いです」
「身につけるもの全部柄物にしないと死ぬのかお前は!?」
「……そんなに酷い……?」
「そっ、そこまで酷くないよ!」
二人に詰められてしゅん、と肩を落とす早見くんがあまりに可哀想で、僕は咄嗟に声を上げる。「酷いのは認めたぞアイツ」と隣のスタッフさんに囁くお父さんを睨みつけるのも忘れない。
「『状況に合わせて服を選ぶ』って言ったの覚えててくれたんだね。そのパンツ、動きやすそうで良いと思う」
「……ありがとう」
ほっとしたような早見くんにこちらも安堵する。
僕が彼らの専属スタイリストに就任してから約一ヶ月。今日が実質初めての仕事で、花守くんと豊崎くんの衣装は決めさせてもらったけど早見くんは僕に聞きながらも自分で選んでいた。結果はともかく、積極的にファッションを学ぼうとするその姿勢は尊敬する。
「パンツメインで選んだの気づいてくれて嬉しい」
「ちょっと注目すれば誰でも気づくよ。あっ、これ脱いで中に着てるシャツだけにした方がコーデがまとまるんじゃないかな」
朝に食べたサラダを思い出させる健康的な(?)配色のパーカーの下にオフホワイトの襟が隠れてることに気づいた僕は、一歩早見くんに近づいてすぐにジッパーを下ろした。……けど後になって、とんでもないことをしたと気づく。
「ごっ、ごめん早見くんっ、勝手に脱がせちゃった……!」
「どうして?」
大人気動画投稿者様の身ぐるみを剥がそうとしてしまった……!と慌ててジッパーを戻そうとする僕の手を、きょとん顔の早見くんの指が止めてくる。
「紡くんは“ネオカ”の専属スタイリストなんだから、好きにして良いんだよ」
「……っ」
「こらそこっ、イチャイチャすんな!」
軽く首を傾げる早見くんの、澄んだ瞳に自分がばっちり映っていて落ち着かない。花守くんのツッコミを無視して僕の手にきゅ、と力を入れてきた指が、上がり続ける体温を拾ってしまわないか心配になる。
『紡くんは、自分がセンス良いからってそうじゃない人を置いてけぼりにしない』
『NEON CHAOSに君の“好き”を馬鹿にする奴はいない』
専属スタイリストの誘いを一度断った時、帰り道に早見くんからかけられた言葉。
僕のこだわりや……トラウマに気づいた上で正面から受け止めてくれた。それがとにかく嬉しくて、あの日からどうも彼を意識してしまう。
うちの古着屋を次の収録先にした早見くんを豊崎くんが“外堀を埋める”って表現したり、今みたいに僕たちが何かしてるとすぐに花守くんが『イチャイチャすんな』って突っ込んでくるせいもあるかもしれない。
「これでどう?」
と、周りの騒めきでそろそろ撮影が始まることを悟ったらしい早見くんが、シャツ一枚になった状態で軽く腕を広げて見せてくる。
「……うん、すごく良い。コーデ組むの上手になったね」
「紡くんが諦めないで教えてくれたおかげ」
「そんな……」
ゆるりと微笑まれて、なんとなく視線を逸らす。
多少のアドバイスがあったとしても、これらは間違いなく早見くんが自分で選んだ服だ。上を脱いだだけでさっきまでのちぐはぐな印象が嘘みたいにまとまったし、この調子でいけば案外早く自力でコーディネートを組める日が来るんじゃないか。
──……でももしそうなったら、早見くんきっかけでスタイリストになった僕は一体どうなるんだろう?
「無理言ってすみませんでした。本当に今日は男性店員だけにしてくれたんですね……」
「おう!うちは大学生の女の子も多いんだが、今日は休んでもらった」
「織くん──早見は所謂“ガチ恋”のファンも多くて。以前は別の企画で担当してくれた女性スタッフのSNSが荒らされてしまい……」
「気にすんなって。今日は店員がいない分、あの子らに夜まで働いてもらうから!」
「え、夜まで!?」
不意に脳内を過ぎった疑問は、聞き捨てならない冗談を“ネオカ”のスタッフさんに言ってのけたお父さんによって一旦消滅した。


