◇◇
試着室から出て来た早見くんは、数分前に比べすっかり見違えていた。
「どうかな、紡くん」
「うん、すっごく似合ってる!」
“好きな物でおしゃれをしたい”という彼の希望に応えるため、デート服のアドバイスを引き受けた僕は他のお客さんを気にしつつも好みをとことん聞きながらアイテムを選んだ。
古着故にこなれた雰囲気を醸し出すセットアップと、一枚で着ても様になる厚手のカットソー。……つまりは靴とアクセサリー以外を総取り換えしたわけだけど、早見くんは気を悪くした様子はなく鏡の中の自分を満足気に眺めている。
「ごめんね早見くん、そんなに出費させないつもりだったんだけど選んでたら楽しくなっちゃって……」
「買い直すって言ったのは俺だから。今日は紡くんと選んだコーデで撮影に行くよ」
「気に入ってもらえて良かった……。でもここに着て来た服も、それぞれ絶対に似合う組み合わせがあるはずだから宿題にさせて」
「宿題って……なんでそこまで気にしてくれるの?」
「えっと。あの服全部、早見くんが良いと思って選んだんでしょ?」
最初に彼が着ていた服はこちらで用意した紙袋に入れて試着室の隅に置いてある。今回の組み合わせは大事故だったけど、あの子たちも輝く道があるはずだ。
「別々で取り入れれば良いアクセントになるよ。ピンクのトップスはデニムを投入してやんちゃな感じにして、ジャケットは敢えて同色でまとめてオールブラックコーデとか」
「……紡くんは、他の店員さんと違うね」
「へ?」
「俺に似合うものをしっかり考えてくれた」
他のお客さん相手なら『はいはい』と流される僕の服語りだけど早見くんはちゃんと聞いてくれるな、そう思ったら彼も似たようなことを考えていたらしい。
「どの服屋でも『あなたは見た目が良いからなんでも似合う』って言われて終わりだった。こんなにちゃんと相談に乗ってもらったの初めて」
「そうなんだ……」
僕だってその店員さんたちと同じことを言っていた可能性もあった。早見くんのくすぐったそうな……でも誇らしげな表情を見れたんだ、逃げなくて本当に良かった。
──見た目もだけど動画投稿者っていう立場的にも、誰も早見くんのファッションセンスを疑わなかったんだろう。
「……見た目でおしゃれを諦めるなんてあっちゃダメだ」
僕とは真逆の理由だけど彼もずっと悩んでいたんだ。そう思うといても立ってもいられなかった。
「これが好きだとかこう思ってるとか、言う代わりに服に込めたいだけなのに……周りの勝手なイメージに制限されるなんて嫌だよね」
久しぶりに聞いてくれる人が現れたからちょっとハイになってるのかもしれない、話すうちに熱が籠っていくのが自分で分かる。
「僕は早見くんが思うほどおしゃれじゃないけど……この店に来てくれればいつでも服選び手伝うよ」
僕なりに早見くんを安心させようと軽く微笑むつもりが、口角が上がり過ぎた。表情筋の操作に慣れてないコミュ障はこれだから……!
「……」
「は、早見くん?」
「…………紡くん」
「どうかした?」
僕の渾身の笑顔を目の当たりした早見くんは、たっぷり一分ほど黙り込んだ後ゆっくりと口を開く。
「次は企画じゃなくて、ガチのデート服選んでくれる?」
「ガチの……?」
「いつになるか分かんないけど」
足の長い早見くんは一歩踏み出すだけで物理的な距離をぐっと縮めてくる。僕の目線にがっちり合わせてきたそれは、ここに来た時と違って迷いがなかった。
「デートしたい人、今見つかったから」
「今って、いつ……」
「──ね、あそこの人エグいイケメンじゃない?」
「うん。どこかで見たことあるような……」
デートしたい人が見つかったっていつの間に。聞き終わる前に、店に入って来た二人組のお客さんの話し声に遮られた。
「は、早見くん。今気づかれたらまずいんじゃ」
「あー……そうだね、そろそろ行くよ。お会計ってどこ?」
「奥の台に置いてるベルを鳴らしたらお父さんが来てくれると思う」
「分かった」
こくん、と頷き紙袋片手に奥へ向かう早見くんの背中を見送る僕の胸は、達成感で満ち溢れていた。
──“企画じゃないガチのデート服”、か。誘いたい人がいるみたいだけど、ほんとにうちの店で選ぶつもりなのかな。
『自分が一番好きな自分で、カメラの前に立ちたい』
「……強いな、早見くんは」
周りのお客さんを見つつ、元の作業に戻りながらひとり呟く。
これからも出来ることがあるなら力になりたい。誰よりも“周りの勝手なイメージに制限されている”僕だけど、マネキンじゃなくて夢と理想を持った人間に服を選ぶ楽しさを思い出してしまったから。


