君に思いを告げる服




◇◇



 レンタルスタジオを出る頃には、すっかり日が落ちていた。
 モダンな感じで統一された住宅街は一軒一軒を暖色系の灯りが照らしていて、慣れない道を歩くこちらにも優しい。
 僕と早見くんは、“リュウ最”のスタッフさんが『目立たない方が良いだろう』と教えてくれた裏道を通る形で帰路についていた。
「その服、よく借りれたね」
 歩きながらぽつりと言った早見くんに、僕は「ほんとに」と返す。
「どうしてもこれ着て帰りたくて……。『すごく良い洗剤で洗って返しますから!!』ってお願いした」
「“ネオカ”の専属スタイリスト激推しの洗剤はみんな気になるね」
「それは分からないけど……みんな快くOKしてくれたよ」
 早見くんは僕に歩幅を合わせて歩いてくれている。
 信号待ちで自然と肩が近づいて、再び足を踏み出す時にまた少し離れる。その繰り返しが妙にくすぐったい。
 
 ──借り物だらけのリンクコーデ。
 ──いつかは、本当に自分の“好き”だけで組んだコーデで彼と出掛けたい。

「早見くん、寒くない?」
「俺は平気」
「良かった」
「……もう、下の名前で呼んでくれないの?」
「えっ?」
 汗ばむ季節だけど日が落ちると空気がひんやりしてくる。
 もしも早見くんが寒ければストールだったら貸せるな……と思ったところで、しゅん、と眉を下げる彼の横顔が見えた。
「名前って……?」
「さっきは呼んでくれたから」
「……ああ」
 早見くんとリュウガ先輩のコーデ対決の真っ最中に、僕が乱入した時か。
「あれは早見くんが動画では名字を公表してないって聞いたから」
「そのまま呼び方変えて良かったのに。名字に戻されると距離感じる」
「そう……?」
 そこまで言われたら断る理由はない。
 一度深呼吸をしてから、もう一度口を開く。
「し、織くん……?」
「……ん」
 ──これ、思いの外照れるな……。
 呼んだ瞬間にこちらを向いた早見くん……じゃない、織くんとばっちり視線が合ってしまって咄嗟に逸らそうとするけど、目尻を赤く染めて微笑む彼につい釘付けになる。
 ──リュウガ先輩を初めて下の名前で呼んだ時はどんな気持ちだったっけ。少なくとも、こんなにドキドキはしなかったはず。
 ──僕はほんとに、織くんのことが──……。


「紡くん」
 

 織くんの足が止まる。
 住宅街を抜けて少し脇に逸れた、人気(ひとけ)はないけど灯りは残る細い砂利道のところだった。
「俺、紡くんに出会えなかったら服が嫌いになってたかも」
 僕が止まるのを確認すると空に視線を投げて、ぽつぽつと続ける織くん。
「この容姿だけあれば良いんだろってヤケになって、服を選ぶ意味とか考えないでいたと思う」
「……」
「でも今は違う。自分の“好き”を組み合わせて、気持ちを表現するのってこんなに楽しいんだって分かった」
「……」
「全部、紡くんのおかげ」
 それはこちらの台詞だ。
 早……織くんが僕のコーディネートを──僕がずっと隠していた“好き”を見つけて、信じてくれたから、今好きな格好でここに立てている。君がいなかったら、僕こそ服が嫌いになっていた。
 なんて思いは一度全部飲み込んだ。タイミングを測るような織くんの話し方に、僕に何か伝えたいことがあるようだと察したからだ。
 ──期待しても良いのかな。
 ──人生で初めての、勝負じゃない本気のデートコーデが組める可能性を。
 

「俺は、いつも楽しそうに服を選ぶ紡くんが好き」
 
 
 疑う余地のない明らかな告白が差し出される。
 たまに通る車の音がずいぶん遠くに聞こえて、夕飯時だからか鼻を掠める美味しそうな匂いがこれは現実だと教えてくる。
「おしゃれする君をいつも一番近くで見ていたい。友達じゃ嫌だ、簡単には脱ぎ捨てられない関係になりたい。だから」
 空を彷徨っていた織くんの視線が僕の元に帰ってきた。
 すぐに続けられるであろう決定的な“それ”を、僕は瞬きも忘れて待つ。

「俺と付き合ってください」

 飾り気のない、真っ直ぐな言葉だった。
 でもそのひとことに、今日まで僕らが積み重ねてきたものが全部詰まっていると痛いほど分かった。
「……僕も」
 返事はとっくに決まっている。
「自分の“好き”を諦めないで 、一生懸命な織くんのことが好き。一緒にいると僕も強くなれる気がする」
 声が少し震える。
 大丈夫、多少支離滅裂でも織くんは『はいはい分かった分かった』なんてあしらうような人じゃない。ちゃんと最後まで聞いて、受け入れてくれるはず。

「どんな時でも、君の隣が一番似合う人でありたい。そのための努力もちゃんとする。……だから、その、よろしくお願いします……」
「……!」
 断られる可能性を少しでも考えていたんだろうか。深々とお辞儀する僕の頭上に、織くんが息を飲む音が降り掛かる。
「え、ほんと……ほんとに?」
「う、うん」
「……良かった……」
「わっ!」
 力が抜けたのか、その場にしゃがみこんでしまった彼に慌てて手を差し伸べる。
「早見くんっ、大丈夫……!?」
「……で」
「え?」
「下の名前で呼んで……」
「あっ、ごめん……」
 びっくりして呼び方が戻ってしまった。「織くん」、と改めて手を伸ばせば、満足気に目を細める可愛い恋人が出来上がった。