君に思いを告げる服



◇◇
 

 土曜日の午前中からバイトかぁ。なんてぼやきはするけど、趣味でもあるから特に不満はない。
 駅前の、ショッピングモールがある方とは真逆を行って、時代を感じるビルの一角を借りて営業している古着屋。
 ところどころ塗装が剥げた壁にはロックバンドのチラシ(フライヤーっていうらしい)が何枚も貼ってある。去年オープンしたばかりのショッピングモールも良いけどこの、それなりの時間が経たないと出てこないような雰囲気が個人的には好きだった。
(つむぎ)、終わったかー?」
「もうちょっとー」
 マネキンに被せたキャップの角度を直しながら返事をする。
 数年前に脱サラしたお父さんが始めたこの店は本人はもちろん、熱心な英才教育(?)の影響ですっかり古着好きに染まった僕にとっても夢のような場所だった。
 ──特にデニムが好きだ。
 染料の落ち方を見れば前の持ち主の動きのクセがなんとなく分かり、さらにこういうお店を通して何人もの手に渡り使われれば世界にひとつだけの代物になる。ここに並んだ全部を手に取って背景に思いを馳せるなら、一日じゃ足りないだろう。
 スタイリングの提案のために置いているマネキンにもついデニムばかりを着せてしまう。今日のイチオシはお父さんが昨日買い付けて来たというインディゴのジャケット。前の持ち主が肘をつくクセがあったのか、右側だけ分かりやすく色落ちしてるのがたまらない。
「おー、さすが今日もいい感じだな」
 カーテンの向こうから顔を出したお父さんがマネキンに施されたコーディネートを見て声を上げる。
「せっかくセンス良いんだから紡もおしゃれすればいいのに」
「僕は別にいいよ」
「もったいないなぁ。お前が本気出して着飾ればイケメン彼氏の三、四人は余裕なのに」
「余裕だとしてもそんな不誠実なことしないよ……」
 いつも通り褒めてくれるお父さんに、これまたいつも通り突っ込む僕。自分の恋愛対象は同性なのだと家族に打ち明けたのはいつのことだったか。下手に気を遣われるよりは良いけど、寛容過ぎるのも考えものだ。
 マネキンから離れた時、棚に固定された鏡に自分の全身が映った。シンプルな白のプルパーカーにここで買ったデニムパンツ、黒のエプロンという動きやすさを優先した格好。強いて言うならパンツを選んだ時、形に少しこだわったくらい。

『紡って、顔と服が合ってないよな』
『地味顔の分際で俺よりおしゃれなの腹立つわー』

 不意に脳内に蘇ってきた、中学時代の記憶。
 ──僕はこうして、マネキンにコーディネート出来れば良い。
 ──自分のおしゃれなんて……嫌な気持ちになってまでやることじゃない。
「じゃあ俺、今日は裏で作業するから何かあったら呼んでくれ」
「う、うん。行ってらっしゃい」
 最後に僕にひらりと手を振って去っていくお父さんの背中を見送って数秒後、誰かがドアを引く音が聞こえた。
 立て付けが悪いせいで苦戦しているみたいだ、それくらいならわざわざお父さんを呼び戻さなくてもこっちでやってあげれば良い。そう思ってドアに駆け寄り開けた瞬間──僕は目を疑った。
 

「……早見くん……?」
「あ、折笠くんいた」
 

 168センチの僕より15センチは高い長身。
 細身だけどしっかり鍛えているのか、きゅっと引き締まった体つき。
 クセがなく、耳より少し長いつやつやの黒髪。
 ここの三百円コーナーに置いてある服も、彼の着用写真と共に売りに出せば数万倍の価値が付くに違いない。それくらい説得力と品に溢れた綺麗な顔立ち。
 ──間違いない。
 開いたドアに手をかけ「ありがとう」と入って来たのは昨日、教室でたくさんの女子に囲まれていた早見(はやみ) (しき)くんだ。
 また僕の名前を呼んでくれた。ちゃんと覚えてくれたのは二年生になってからだと彼が初なのでは……って、感動してる場合じゃない。
 ──だって、その。
 ──学校とは随分イメージが。
 上から下へと視線を滑らせ、早見くんの全身を確認する。
 
 はっきり言うと、彼の私服はとんでもなかった。
 
 蛍光ピンクと猫のプリントがこれでもかと主張するTシャツに、お父上から借りたのかな?ってくらいぶかぶかでビジネスライクな黒いジャケット。皺や色落ちから色々考察するのが好きな僕ですら頭が痛くなるほど、側面が謎の裂け方をした細いパンツ。足元の有名スポーツブランドのスニーカーはとっても似合ってるけど……こだわりもテーマも何ひとつ分からないファッションだ。
「この店、インステで探したらすぐ見つかったよ」
「確かに遊びに行くって言ってたけど……わざわざ探して来てくれたの?」
「うん。お父さん?が折笠くんのこと“敏腕スタッフ”だって、写真付きで紹介してた」
「あはは……」
 何事もないように雑談を振りながら店内を進む早見くんに、ひとまずは後を付いて行くことにした(SNSで僕の写真を無断で載せたお父さんはあとでお説教だ)。
 ──学校にいる時は全然私服のイメージなかった。制服って偉大なんだなぁ。
 ──早見くん動画投稿者だし、もしやこの格好は何かの企画の罰ゲーム?……いや、これ以上はやめよう。
 店にあるアイテムでコーディネートを提案するのも仕事のひとつだけど、頼まれてもいないのに口を出すのは野暮というもの。
「えっと、早見くんはこの後何か予定はある?」
「あと二時間くらいしたら動画撮影。私服を使ったデートコーデの企画」
「そうなんだ。……私服を……?」
 せっかく来てくれたんだし時間があるなら色々見てもらおうと、仕切り直すつもりで聞いてみた結果……まさかの答えに思わず立ち止まる。
「私服って、今着てるそれ……?」
「そう。一昨日の夜中、次はデート服撮るから着て来いって連絡あって」
「結構急だね……」
「で、折笠くんに聞きたいんだけど」
「な、なに?」
 早見くんがこちらを振り返って、いやに真剣な顔で僕を見る。
「俺の本気のデート服、折笠くんから見てどう?」
「ぼっ、僕に聞くの!?」
 動揺のあまり、服屋の店員にあるまじき反応をしてしまった。
 罰ゲームである可能性もちょっと考えたけど正真正銘本気のセレクトだった。感想を求められた途端、抑え込んでいたあれこれが頭の中で一気に噴き出す。
 一体どこで何をするデートを想定した取り合わせなんだ、黒のジャケットと蛍光ピンクのコントラストが効き過ぎてシャツが発光しているようだぞ。というか待って。このプリントの猫、どこから見ても目が合う……!
 ──でも、これで合点がいった。
 早見くんはデートコーデの企画を受けて、昨日の“どの服が自分に似合うか”という問いに具体的な答えを出した僕を頼ってお店まで来たんだ。
 
『早見は顔が良いんだからなんでも似合うよ!』

 ここで思い出されるのは昨日の朝、クラスの女子が早見くんにかけた言葉。あれはとても便利な返しであったことを知る。それに倣って僕も『君自身が高級ブランドみたいなものだから大丈夫だよ』で終わらせてしまおうか、これから同じクラスで一年間過ごすのにあれこれ指摘してぎくしゃくしたら嫌だし。
 ……という僕の思惑を見透かすように、早見くんの瞳が揺れた。
「俺の私服がアレだって自覚はあるから気になるところは正直に教えてほしい」
「うっ……」
 ぶかぶかのジャケット越しでも分かりやすく落ちた肩に良心が痛む。いやそもそも、僕なんかが大人気動画投稿者様に物申すだなんて。
「どうしてもデートに向かないアイテムはここで買い替えるよ」
「そう言われても……。あっ、そうだ!お父さんが裏にいるからちょっと呼んで……」
「折笠くんが良い」
 店にある服が関わるならお父さんが適任のはずだと、裏へ向かうべく前にいる早見くんをすり抜けようとすれば即座に伸びた両腕が僕の肩を引き寄せた。
「え、あ、早見くん……!?」
「あ……お父さんも折笠か。俺は紡くんのアドバイスがほしい」
 とてつもなく綺麗な顔が目と鼻の先に来たことと、急な名前呼びに心臓が初めての跳ね方をする。
「昨日、紡くんが教えてくれたコーデ」
 どぎまぎする僕をよそに、淡々と続ける早見くん。
「放課後すぐに買い揃えて着てみたらめちゃくちゃかっこ良かった。紡くんのペンケースとかスクバとか……学校で持ってる物全部俺好みのデザインだったから、服のことも聞いてみたくて。今履いてるパンツもすごく似合ってる」
「あ、ありがとう……?」
 思わぬところで褒められてつい疑問形で返してしまう。昨日アドバイスした時に『やっぱり折笠くんに聞いて正解だった』って言ったのは、僕の持ち物が早見くんの好みに合っていたから?こだわって選んだデニムに気づいてもらえたのは素直に嬉しい。
「いつも動画撮影の時はシンプルな服を着るようにしてるけど……本当は紡くんみたいに好きなものをおしゃれに身に着けたい」
「僕は早見くんが思うほどおしゃれじゃ──」
「自分が一番好きな自分で、カメラの前に立ちたいんだ」
「……!」
「今回の企画は、俺がファッションを勉強する良い機会だと思って」
 動画ではもちろん学校でも見たことのない、真剣な表情だった。
 控えめなデザインのイヤーカフが早見くんの髪の隙間からキラリと覗く。ぶかぶかのジャケットと合わせて考えると、彼なりに僕のアドバイスを実行しようとしたのだろう。
「お礼はちゃんとする。だから──」
「お、お礼なんていらないっ」
 頭でも下げかねない勢いの早見くんに慌てて首を振る。真摯にファッションと向き合おうとする人をあしらうなんて、やはり僕には出来ない。
「お客さんからの依頼なんだから、ここの店員として協力する。早見くんが気に入るデートコーデを一緒に作ろう」
「紡くん……ありがとう」
「……ただその前に」
 ところで早見くんはいつまで僕の下の名前を呼び続けるつもりなんだろう、こんなイケメンに親し気に呼ばれるなんて人生であんまりなかったから緊張しちゃうな。という本音を飲み込み、代わりにもっと大切なことを切り出す。

「心臓がもたないから……そろそろこの手を離してくれるとありがたい、です」