君に思いを告げる服



 早見くんの口から告げられた事態にやっと頭が追いついたものの、納得は出来ない。
 
「……来ないって、どういうこと……?」
「コーデを着せたマネキンの搬入を頼んでいた業者にトラブルがあって──配信時間にはまず間に合わないって、向こうは言ってる」
「はぁ!?んなことあるか!?」
 花守くんが声を荒げるのも無理はない。向こうの都合でコーディネートを預けたのに、配信開始直前になって電話一本で済まそうとするなんて……。
 ──古着屋を営んでいる僕のお父さんはちょっと豪快過ぎるところはあるけど、そういうところはしっかりしてるぞ!
 事前に枠を取って宣伝もしてるわけだから、変更することも難しいだろう。
「おい、どうする?」
「“リュウ最”さんの方と相談して別の企画を用意するとか?」
「今スタッフ(こっち)にも連絡来ましたっ、とりあえずリュウガさんとマネージャーさんだけ先にここに着くそうです!」
 スタジオとして借りた部屋の隅では“ネオカ”のスタッフさんたちが慌ただしくしている。いくら大人たちでもさすがにこれは想定外だろうな……。
「折笠先輩、服を何着か持ってきてたりしませんか?」
「微調整が必要な時のために小物は持ってきてるけど洋服はさすがに……ごめんっ」
「誰もここまで想像出来ねぇって!……織、どうした?」
 と、迷いのない足取りでドアの方へと向かう早見くんに花守くんが気づいた。
「近くにリサイクルショップあったよね。服が売ってないかちょっと見てくる」
「えっ、今から!?」
「俺が行ってる間に企画が変更とかになったら連絡して。配信には()に合わないだろうけど、そこは花守たちに任せた」
「……クソッ、それしかねぇか……!すんませんっ、コイツに車出してやってください!!」
 早見くんの意図を知った花守くんが、近くのスタッフさんに頭を下げている。
「早見くん……」
「すぐ戻ってくるから。リュウガ(アイツ)が来たらスタッフさんたちの後ろに隠れてて」
 ずっと前から準備してきた企画が駄目になるかもしれないのに……こんな時でも早見くんは僕の心配をしてくれる。
「僕は大丈夫。……気をつけて」
「うん。行ってきます」
 最後に少しだけ僕に視線を絡めて、早見くんはスタッフさんひとりと一緒にスタジオを出て行く。普段通りコーディネートも何もないシンプルな布に覆われた背中が、いつもより大きく見えた。


◇◇


 早見くんがここを出て行ってから数分後。
 スタジオのドアががこん、と雑に開かれ、リュウガ先輩とマネージャーらしき男の人が入ってくる。
「──ということで、こちらの不手際で大変申し訳ありませんでした」
「まさか搬入トラブルがあるなんてなー」
 自分のマネージャーがネオカのスタッフさんに頭を下げているというのに肝心の主役……つまりリュウガ先輩は飄々としている。

 ……その態度もさることながら、僕や花守くんたちは違うところに注目していた。
 
「なんだよ、そんなに見て……って、これのことか」
 リュウガ先輩は最初きょとん、としてたけど、僕らの視線が集まる箇所に気づくと口角を歪めた。
「マネキンごと遅れてるって言うからさー、急遽組んだんだよ」
 その身に纏うのは、配信用の衣装とは別方向に気合いの入ったコーディネート。計算された配色とシルエット、小物の使い方まで抜かりがない。
 ──先輩は、マネキンが使えなくなったことで自らコーディネートを身につけて対決に出ると言うのだ。
 ──となると早見くんも、それを求められることになる。

『俺たちが直接着て出たら、ファンはひいき目とか先入観で選ぶかもしれないでしょ?だからフェアに勝負するために、誰がどのコーデを組んだかは投票終了まで視聴者に分からないようにしてる』
『今回“ネオカ”は新しいファン層の獲得のために向こうのアカウントで生配信することになってる。当然視聴者はリュウガファンの方が多いだろうしな』

 先ほど早見くんと花守くんが教えてくれたことが思い出される。

 ──……急遽なんかじゃない。
 ── むしろ時間をかけて練られたコーデだ。先輩はこの対決で少しでも自分が有利になるために、裏で手を回したんだ。


 ◇◇

 
 店に入った瞬間、古着特有の匂いが鼻を掠める。良かった、ここは服も売ってるみたいだ。
 売ってる物はともかく設備は真新しいから、このリサイクルショップは最近オープンしたばかりなんだろうか。なんとなく紡くん()の古着屋さんが恋しくなる。
 
 ──時間がない。早く買って戻らないと。
 ──でも焦りはコーディネートに出る。テーマに沿ってさらに、“好きな物”を選ぶことを忘れない。
 
 ラックにずらりと並んだハンガーを手に取る。
 色、素材、シルエット。
 これだと思った物はひとまずキープ。
「織、相手がスタジオに来たって。マネキンの代わりに対戦者自らがコーデを着ることになったそうだ」
「……じゃあ、買ったらすぐに着替えないとですね」
 スマホ片手に教えてくれたスタッフさんに軽く返して、ハンガーから外したジャケットを羽織ってみる。
 ──俺は好きだけど素材がテーマに合わない。
 ──こっちは色味だけならなんでも合いそうだけど、シルエットが尖り過ぎてる。
 気づけば全身分の服が揃いつつあった。
 それは、時間をかけて組んだ最初のコーデの方が断然良いに決まってる。……けど、アドリブでここまでちゃんと選べているということが嬉しくてしょうがない。少し前、紡くんと出会う前の俺じゃ考えられなかった。
 ──早く紡くんに会いたい。
 さっきまで一緒にいたし、レンタルスタジオにさえ戻れば確定で会えるけど、この成長をすぐに見せられないのがもどかしい。……あと現時点で、あの子の隣にいるのが俺じゃないのがシンプルに不快(花守か豊崎だったらギリ許容範囲内)。
 今日の対決に俺が勝ったら、楽しそうに服を選ぶ可愛い顔がまた見れるだろうか。

 ──俺はね、紡くん。
 ──この勝負を通して、君に伝えたいことがたくさんあるんだ。