◇◇
「わぁ……!」
足を踏み入れた瞬間声が漏れた。
高い天井から吊るされた照明が白を基調とした空間を柔らかく照らしている。床は艶のある素材で心なしか足音が洗練されて聞こえ、シンプルな壁を彩るドライフラワーとフォトフレームはどんなコーデにも映えそうだ。
「レンタルスタジオって初めて来たけどすごいんだね」
「スタジオ自体はよく使うけど……ここは俺も初めて来た」
きょろきょろと見回す僕の一方で、隣の早見くんはいつも通り落ち着いた声音だ。
──早見くんがリュウガ先輩に宣戦布告してから結構経った。
──いよいよ今日、ここでデートコーデ対決が始まる。
「紡くん、ほんとに大丈夫?」
名前を呼ばれたのでそちらを見遣ると、早見くんが首を傾げている。
「もうそろそろアイツが来るよ」
「……うん」
正直またあの人に会うんだと思うと胸の奥がざわつくけど……「でも」と拳を握りながら続ける。
「リュウガ先輩にかっこよく勝つ早見くんが見たくて」
『俺が証明してくるから。誰に何言われても、“好き”を極めた奴が最強ってこと』
『俺は自分が好きな服と──紡くんが教えてくれたコーディネートの知識で、アイツに勝つ』
リュウガ先輩がうちの店に来た後、震える僕に早見くんがかけてくれた言葉。いつもみたいにスタイリストとしてがっつり関わることはなくても、僕のために戦ってくれる彼を近くで見届けたいと思った。
「あと、ほんの少しでも……出来ることがあれば力になりたい」
「──分かった」
早見くんの短い返事が軽やかに弾む。と、その視線が僕の目元から真下の──首にかかった金属に触れた。
「それ……」
無地のボトルネックのカットソーから僅かに覗くのは、前に早見くんからもらったファッションリングをチェーンに通したもの。指に付けるのはさすがに遠慮したけど……目立たないようにして、お守り代わりに持ってきた。
「付けてくれてるんだ」
「う、うん。よく気づいたね」
「俺も持って来てるよ」
早見くんはそう言うと、自分のポケットに手を入れて小さなケースを取り出す。
「紡くんが着けてるなら俺もしようかな」
「えっ」
「お揃いにするなら、左手の薬指に嵌めてくれるのが一番嬉しいけど」
「……っ」
意味を理解するのに時間はいらなかった。
『デートの時さ、あの指輪ここに付けてよ』
前にそう言って撫でられた時のリアルな感触が薬指に蘇って、体温が一気に上がる。不意打ちでなんてことを!と狼狽える一方で、デートの話はまだ生きていたのかと胸が躍った。
「おいお前ら、うちはカップルチャンネルじゃねーぞ!」
「わっ!」
「花守、いたの?」
「思いっきりお前らとレンタルスタジオに入って来たろ!!」
「俺たちもいますよ」
反復横跳びのようにシュバ!と僕らの視界に入ったのはさっきまで熱心に企画書を読んでいた花守くんだ。後ろでは、豊崎くんがスタッフさんと荷物の確認をしている。
「折笠先輩はもっと織先輩を警戒した方が良いです。常にガン見してないとそんな小さいリング、見つけられませんから」
「そ、そう?」
「つーか相手遅くね?なんか連絡来てるか?」
「今のところは何も」
花守くんに聞かれた早見くんが、スマホを確かめてから答える。今回のコーデ対決は早見くんが一人で挑むことになってるからか、諸々の連絡や調整なんかも彼が中心になってやっているらしい。
「あの、早見くん。今回のコーデ対決ってどんな感じでやるの?視聴者投票で勝敗決めるのは知ってるんだけど」
そういえば、と早見くんに問いかける僕。ここしばらくはバイトの方が忙しくて、こっちの状況を把握しきれていなかった。
「確か、事前にコーデを組んであっちに預けてあるんだよね」
「うん。“リュウガの最弱チャンネル”でこだわって使ってるマネキンがあるらしくて、あらかじめそれに着せて運んでくれることになってる」
頷いた早見くんが、スマホ画面からこちらに視線を戻す。
「俺たちが直接着て出たら、ファンはひいき目とか先入観で選ぶかもしれないでしょ?だからフェアに勝負するために、誰がどのコーデを組んだかは視聴者に分からないようにするんだよ」
「今回“ネオカ”は新しいファン層の獲得のために向こうのアカウントで配信することになってる。当然視聴者はリュウガファンの方が多いだろうしな」
「へぇ……」
「そういや、紡はまだ織が組んだコーデ見てないんだよな?」
「楽しみにしてあげてください。あのコーデならファッション誌の特集ページにだって負けません」
「え、そんなに!?」
そこまで言われると俄然気になってきた。ちょっと前なら“早見くんがまともな服を選べるようになったら僕はいらなくなるかも……”なんて思ってたけど、今はそんなわけはないと胸を張って言える。
「生配信とか初めてだからすげぇ楽しみ!」
「……」
改めて生配信と聞いて、自分が出るわけじゃないのに冷や汗が出る。画面越しとはいえ何万人もの視線を受けるなんて緊張するのに……僕じゃ考えられない。
──っていうか、配信が始まる時間を考えるとそろそろ準備しないとまずいんじゃ……?
──リュウガ先輩たちはどうしたんだろう。
腕時計をちらりと見遣ってそんな心配をしたちょうど数秒後──早見くんのスマホが大きくなって着信を報せた。
「……はい。──お世話になっております。はい、こっちは予定通りスタジオに」
途端に静まり返った室内に、早見くんのよそ行きの声が響く。
「はい、はい……。──それってどういうことです?」
待ち合わせ相手からの連絡だろう。言葉遣いから察するにリュウガ先輩本人じゃなくてスタッフの方と話してるのだろうか。
「ちょっと待ってください、もう少しで配信はじまるのに──あっ」
「どうした織?」
珍しく不快そうに顔を歪める早見くんに、花守くんが聞く。
「今の電話“リュウ最”の奴らだろ?なんて言ってたんだよ」
「……ヤバいかもしんない」
一度「はぁ──」と天井を仰ぐと、覚悟は決めたとばかりに口を開く早見くん。
「俺たちがあっちに預けたコーディネート……ここには来ないっぽい」


