君に思いを告げる服



「今、(つむぎ)くんに何しようとした?」


 リュウガ先輩の手首を握ったまま淡々と問いかける声。
 こんな時でも無表情は変わらないのかと思いきや、よく見るといつもより目元が鋭くなっている。
 ──早見くんが助けてくれた。
 ──言いたいことだけ言って、逃げ帰った僕のことを。
「ああ、“ネオカ”の奴か」
 先輩は分かりやすく舌打ちするとさっとその手を振り払う。
「別に何も?久しぶりに可愛い後輩に会ってテンション上がっただけ」
「そう。……勘違いしてるみたいだけど」
 今度こそ先輩から完全に離れた僕をさりげなく背中に庇いながら、少し声を張る早見くん。
「デートコーデ対決をするにしても、この子は関わらない」
「は?なんだそれ」
 苛立ちを隠さない相手にも早見くんは毅然としている。……けど今はそれに感心するより気になることがあった。
 ──対決に僕は関わらない?自分どころか、早見くんたちのコーディネートすらしないってこと?
 ──撮影部屋で打ち合わせた時は真逆のことを言っていたのに。
「アンタを負かすのに、紡くんを出すまでもないってこと」
「ちょっ……早見くん!」
 思いの(ほか)煽っていく早見くんにヒヤヒヤする。先輩はこめかみをピクピクさせていて、しっかり効いてるみたいだけど、彼を相手にするのは分が悪いと判断したようだ。……ここで『早見(コイツ)そんなにセンス良いの?』と聞かれたらどうしよう。うまく言葉を選べる自信がない。
「まぁつまり、中学時代のこといつまでも根に持ってる地味野郎は戦力外ってことか」
「……っ」
賢明(けんめい)じゃね?そのままじゃ足引っ張るだけだし」
 くく、と喉を鳴らして笑う先輩に何も言い返せない。
「つかそこまで言うなら、『さっさとコラボ依頼の返事寄越せ』ってお前らんとこのスタッフに言っとけ」
「あっ……」
「“またな”、紡」
 最後にそう吐き捨てて、先輩は店を出て行った。乱暴に閉められたドアの音がやけに大きく響く。
 ……静かだ。
 ほっと息を吐くと無意識に力が入っていたらしい肩がガクン、と下がった。早見くんの方を軽く覗き込むけど、やっぱり何を考えてるか分からない。
「早見くん……助けてくれてありがとう」
「間に合って良かった」
「えっと、どうしてうちの店に……?」
「早く紡くんに謝りたくて」
「……っ」
 さっき先輩がぶつかったマネキンに手を伸ばした早見くんは、崩れたジャケットを直してくれる。
 ──謝るって何をだ。撮影部屋でのこと?
 ──それとも、トラウマに縛られて役に立たない僕をコーデ対決から外すこと?
「ごめん、紡くん」
 シンプルな謝罪を口にした彼が、僕の方に向き直って続ける。
「さっきは無神経だった」
「僕こそごめん……。早見くんは意地悪で言ってるわけじゃないって、分かってたのに」
「念のために言うけど見切りをつけたとか、戦力外とか……そんなこと全然思ってないから。紡くんのコーデの腕をずっと信じてる」
「……」
「俺は、“好き”を諦めたくない」
 最後のは脈絡がないように見えて、ちゃんと伝えたいことがあるんだろう。……“自分が一番好きな自分でカメラの前に立ちたい”と、いつだってその信念を貫こうとする君を、僕は好きになったんだ。
「服だって好きなものをかっこよく着たかった。でも着合わせとか全然分かんなくて、周りにも『なんでも似合うから大丈夫』で片付けられて……」
「……」
「こればっかりは諦めるしかないのかなって思った時、紡くんが色々教えてくれた」
 ゆるりと上がった口角はその時を懐かしんでるみたいだ。この微笑みに似合うのはどんな服だろうかと、無意識に考えてしまう。
「紡くんは俺のことを諦めなかった。普段ノリが良い花守ですら遠慮するレベルの服も、君は“好きで選んだだろうから”って生かそうとしてくれた」
「……」
「紡くんのコーディネートは人を前向きにさせてくれる。──その力を自分に使えば、中学時代のトラウマだってどうにかなるはずって思った」
「……っ」
 思わず目を逸らして俯く。
 こんなに励ましてもらってるのに気持ちは一ミリだって動かない。次目が合った時になんて言えばいいんだ。

「それでも」

 小さく震える僕の頭上に降った声はずいぶん優しかった。
「どうしてもダメなら無理しなくて良い。撮影部屋(うち)に居た時もそう言うつもりだった」
「……」
「紡くんの代わりに、俺が証明してくるから」
「……証明……?」
「誰に何言われても、“好き”を(きわ)めた奴が最強ってこと」
 数分ぶりに出た僕の声は呆れるくらいか細かったのに、しっかり拾い上げた早見くんは言う。


 
「任せて。俺は自分が好きな服と──紡くんが教えてくれたコーディネートの知識で、アイツに勝つ」