◇◇
バイト自体はいつも通りだった。
店内に流れる音楽、暖色系の照明、仕入れたジャケットについて熱心に語るお父さん。拍子抜けするほど変わらない。
『紡くんのコーディネートでこの人に勝てれば、自信が取り戻せるんじゃない?』
『難しく考えなくて良いんだよ。普段俺たちの服を選んでくれてる時みたいに、楽しんでやれば』
今も例のごとく値付けの作業をしているけど……いつもと違うのは、さっきから早見くんの言葉が無限に脳内再生されていることくらいだ。
──傷つけた……と思う。
──いい加減見切りをつけられたかも。
他人だけじゃなくて僕自身にも、好きな服を着てほしい。そんな早見くんの気持ちはもちろん分かっている。
だけど無理だ。二年近く抱えてきたトラウマが、そんな簡単に乗り越えられるわけがない。
「じゃあ俺、このジャケットとかクリーニング出してくるな」
「うん、行ってらっしゃい」
イチオシのジャケットを大事そうに抱えたお父さんが、裏口から外へ出て行く。そういえば早見くんが初めてここに来たのもこんなタイミングだった。ちらりと入り口を見遣るけど、当然ながら姿はない。
──何を期待したんだ僕は……。
──今は時給分働かないと。
寝付けを一段落させて、店の中央に置かれたマネキンに歩み寄る。今はトップスとパンツだけが仮で着せられている状態だった。
「……」
このマネキンはレディースを着せる用だけど、背格好だけなら僕に似ている。もしこれにデートコーデをするならと考えて──すぐにやめた。
テーマを“アウトドア”にして満足のいくコーデが出来上がった頃。お店のドアががちゃがちゃがちゃ、と無骨な音を鳴らした。立て付けが悪いゆえに、力任せに開けようと人がたまにいるのだ。
「今開けまーす!」
壊されたらたまらないと慌てて駆け寄り、開ける。
「おっ、思ったより早く会えた」
……その向こうに立っていた、嫌と言うほど知った顔に背筋が凍った。
「リュウガ……先輩?」
「マネキン、お前がコーデしたの?やっぱセンス“は”良いんだな」
僕の動揺なんて知ったことかと言わんばかりに、横をすり抜けて店内に入ってくる。
中学時代の僕が密かに片思いしていて、最終的にトラウマの原因になった人。
早見くんたちのグループ、“NEON CHAOS”にデートコーデ対決を申し込んできた、人気動画投稿者。
あの頃から髪色が明るくなってるくらいで、この軽い調子なんかは何も変わっていない。
「やっぱ良いよなぁ。また二人で古着屋巡りしねぇ?」
品定めするようなリュウガ先輩の視線が、店内を一周する。
「今月の予定教えろ。空いてる時に色々行こうぜ」
「いっ、行くわけないじゃないですか」
「は?」
……ちょっと噛んだけどはっきり言えた。
断った瞬間あからさまに機嫌が悪くなった先輩に怯みながらも、もう一度口を開く。
「中学生の時、僕のこと『顔とセンスが合ってない』って笑ってたのを聞きました。そんなこと言われるなら行きたくないです」
「……あの紡ちゃんが、口答えするようになっちゃったかー」
ここで一歩、距離を詰められる。
──怖い。
店のいたるところで防犯カメラが目を光らせてるから殴られるとかはないだろうけど、それでも強い恐怖感が襲う。
「“ネオカ”の衣装に口出せるようになって調子乗ったか?あ”?」
「どうしてそれを……!?」
「どんだけ有名人の服選んでもお前が地味なのは変わんねぇよ」
先輩の目が段々据わっていく。
この人は僕が“ネオカ”に関わってるのを知っている。なんでか分からないのが余計に不安を煽った。
「今つまんねぇ服着てんのは、それが分かったからだろ?」
僕のより十センチくらい高いところにある頭がどんどん近づいてきて、ついにごつん、と額同士が合わさる。
何気に痛いし嫌悪感がすごい。早見くんの時とは何もかもが違う。
「そのまま一生目立たないで生きてろ。今すぐ“ネオカ”抜けて、コーデ対決は俺側につけ」
「なっ……!?」
「そしたら調子こいたのは許してやる」
「そっ……そんなの嫌だっ」
軽く頭を引けば案外すぐに離れられた。ついでに数歩後ろに下がっておく。
「僕は好きな服を、好きな人たちに着てもらうためにやってます……!“そこ”にあなたはいないんですっ」
「……俺のことは好きじゃないってか?」
まずい、と思った時には遅かった。せっかく取った物理的な距離が長い足によるたったの一歩で無になる。さっきコーディネートしたマネキンに先輩の右肩が直撃し、ジャケットが崩れ落ちた。
「俺のチャンネル登録者数知らねぇのか?明らかお前より知名度ある俺に、よくそんなこと言えたなぁ!?」
うっすら筋張った腕がこちらに伸びる。
他に店員もお客さんもいないし、お父さんは今やっとクリーニング屋に着いたところだろう。
完全に逃げ場を無くした。反射的にぎゅっ、と両目を瞑るけど──覚悟していた衝撃は来なかった。
「……早見くん……?」
「怪我はない?紡くん」
おそるおそる目を開ける。
立て付けの悪いドアの音が聞こえなかったのは先輩の怒鳴り声のせいか、静かに開けるコツを掴むほどに通い慣れたからか。
僕の胸倉を掴む寸前の手を容赦なく捻りあげたのは──数時間前に突き放したはずの早見くんだった。


