◇◇
いつもは放課後に集まってるから、土曜の昼過ぎに“ネオカ”の撮影部屋──つまり早見くんのおうちにお邪魔するのは新鮮だ。
「おー紡。ごめんな、わざわざ土曜に電車で来させて」
「ううん。この後バイトだしそれは全然」
「お疲れ様です」
ドアを開けて中に入ると花守くんと豊崎くんがこちらを向いた。奥のソファーに腰掛けてスマホをいじっていた早見くんが、僕と目が合うなり笑いかけてくれる。
──なんだかんだで、デートの話は保留になっちゃったな。
放課後とか……制服姿だったら問題なく行けると思う。でもそれは、早見くんの希望とは違う気がした。
「紡と織はこっちに来てくれ」
花守くんに手招きされて近づいたテーブルの上にはパソコンが置いてあって、メッセージ画面が開きっぱなしになっている。
「どうしたの?」
「“ネオカ”にコラボ依頼が来た」
「コラボ?」
早々に切り出されたそれにきょとん、とする僕。どこかのチャンネルと合同で撮影するかもしれない……ということか。
「“リュウガの最弱伝説”ってチャンネル知ってるか?」
「……リュウガ?」
「これです」
花守くんが聞いてきたのと同時に、豊崎くんが自分のスマホから動画を出して見せてくれる。リュウガという聞き覚えのあり過ぎる名前に心臓がバクバクして、いやまさかそんなわけ……と半ば祈るような気持ちで画面を覗くと──中学時代とほぼ変わらない姿が映し出されていた。
「結構登録者多いだろ?向こうのファン層考えたら普通に受けたい案件なんだけど——紡?」
「……あ……ごめん……」
「大丈夫ですか?」
咄嗟に後ずさった僕に花守くんがまず気づいて、後から豊崎くんが動画を止める。
「具合が悪いなら早退しても──」
「ちょ、ちょっとふらついただけ!気にしないで進めてっ」
「……もしかして」
知らないふりをしてやりすごそうと決めたところで、それまでずっと黙っていた早見くんが口を開いた。
「紡くんが自分のコーデが出来なくなったのって、コイツのせい?」
「……っ」
こんなに的確に言い当てられたら誤魔化すのは無理だ。観念して小さく頷けば、花守くんと豊崎くんが目を見開いた。
「マジで?」
「そんなことってあるんですね……」
「ごめん、心配かけて」
「それならこんな誘い、お断り一択だろ」
「はい。折笠先輩を追い詰めてまでやることじゃありません」
即座に言い切る花守くんに豊崎くんが頷く。早見くんだけが何も言わず、無表情でメール画面を凝視していた。
「どうせお前も賛成だろ?織」
「……このメール」
ずっと無言の早見くんに花守くんが同意を求めると、思っていたのと違う答えが返ってくる。
「“NEON CHAOSの皆さんとデートコーデ対決がしたい”って書いてある」
「それがどうしたよ?」
「このコラボ依頼……俺は受けた方が良いと思う」
「はぁっ?なんでだよ!?」
声を荒げる花守くんの陰で、僕はひっそり息を飲む。
確かに僕のせいで断らせてしまうより、引き受けてくれた方が罪悪感は薄い。……でも早見くんの意図はそれだけじゃなさそうだ。
「紡くんのコーディネートでこの人に勝てれば、自信が取り戻せるんじゃない?」
「僕のコーディネートで……?」
「出来れば紡くんもちょっと出たりして。メインは俺たちがやるけど相手役とかで……」
「そっ、そんなこと出来ない!」
突拍子もない提案に、想定よりも大きな声が出る。
「早見くんたちだけならともかく、自分をコーディネートなんて出来ない……。君もよく知ってるでしょ……?」
「難しく考えなくて良いんだよ。普段俺たちの服を選んでくれてる時みたいに、楽しんでやれば──」
「……んな」
「紡くん?」
「そんな簡単に言わないで」
人生で一度も出したことがないような低い声が、口から零れる。
「僕は早見くんみたいに強くない。一緒にしないで……!」
あの人の前で、私服を着る?しかもデートコーデ?考えただけで気が遠くなる。豊崎くんが持ったままのスマホに映る顔すら怖いのに、そんなこと出来るわけないじゃないか。
「……ごめん、早見くん……」
ふと壁に掛けられた時計が目に入る。そろそろここを出ないとまずい時間だ。
「バイト、行かなきゃ」
正直、助かったと思う。結局下ろさなかったリュックを背負い直してドアに手を掛ける。
「紡くん——」
「待て織。今は行かせてやれ」
何かを言いかけた早見くんを花守くんが片手で制した隙に、僕はそのまま部屋を飛び出した。


