◇◇
中学の頃、好きな先輩がいた。
同じ委員会で知り合った、明るくてノリが良い人。性格は僕と正反対だけど、お互いに古着が趣味だと分かってから一気に仲良くなり……この気持ちが恋だと気づくのにそう時間はかからなかった。
休日に二人で古着屋さんを巡って、彼に似合う服を探すのが当時の楽しみだった。
僕自身も先輩との約束の前日は鏡の前で必死に、でも楽しくコーディネートを組んだものだ。
──その結果が、あれだった。
『紡の私服って見たことある?』
『紡って、折笠?見たことねぇわ』
『やべぇからアイツ。すげぇセンス良いの』
ある日の放課後。委員会がある教室の前で聞こえてきた先輩たちの声。
純粋に褒められてるのだと思った僕は照れくさくて、話が一段落するまで隠れて待つことにした。……だけどそれが良くなかった。先輩が『でもさぁ』と続けた時にやっと、離れるべきだったと悟る。
『顔とセンスが合ってないんよな』
『……!』
あまりにも軽く吐き捨てられ絶句する僕の一方で、他の先輩方の『お前ひでぇな!』という大笑いが響く。
『いやマジだからっ。地味顔の分際で俺よりおしゃれなのも腹立つし、似合うコーデ教えてくれるから遊んでるけどさぁ!』
『クズだ、クズがいる』
『完全にカラダ目当てじゃん!』
『言い方!』
あの時の空気も愉快そうな声も、全部そのまま思い出せる。
──そうか。
──仲良くしてると舞い上がってたのは僕だけで、先輩はそんな風に思っていたのか。
どれだけ頑張っても、似合わないものは似合わない。
僕のこの、何も特徴がない見た目で好きなものを好きって言うのは、おこがましいことなんだ。
それ以来僕は“自分のためのおしゃれ”が出来なくなった。他人にコーディネートするのは好きなままなのに。
◇◇
「いやシンプルに意味分かんねぇんだけどソイツ!?ただの僻みじゃねぇか!!」
少し前、半泣きで早見くんに訴える僕を視界に捉えた時の花守くんはそれはもう狼狽えていた。
すぐさま豊崎くんとの二人掛かりでソファーに置いてあるひざ掛け数枚にくるまれ、温かいココアまで提供されたら誤魔化すのも気が引けて……僕はトラウマのことを全部話してしまった。当時立ちすくむだけだった僕の代わりとばかりに怒ってくれる花守くんを見ると、不思議と落ち着いてくる(ただこの姿は季節的にちょっと暑い)。
「言いがかりで紡を傷つけるなんて許せねぇ!お前もそう思うだろ!?」
花守くんが同意を求めたのは、僕の隣に胡坐をかいて座る早見くんだ。
「ああ、うん」
短い返事。
いっそ怖いくらいに整っている横顔も例のごとく感情が読めなくて、いつもはつい見惚れてしまうけど今この時に関しては僕を不安にさせる。
──呆れてる、のかな。
──“私服デートも出来ないのか”って。
そう思うと急速に背中が冷えていくようで、暑かったはずのひざ掛けを僕はきゅっ、と手繰り寄せた。
◇◇
仲間に誘われてやってきた、バーのパーティールーム。
まだ未成年だから大っぴらに酒も飲めないし退屈でしかねぇ。適当に食って、早めに帰るつもりだった。
「そうそう、バ先の古着屋。ちょっと空気読めない子がいて」
向かいに座ってる知り合ったばかりの女が、グラス片手に愚痴り始める。
「店長の息子だしセンスも良いから可愛がられてるけどさぁ、絶対私の方がコーデ上手いから」
「へぇ」
「地味過ぎんだよっ。自分がおしゃれしろって思う!」
レイハとかいうこの女は顔もスタイルもまあまあ良いし、ワンチャンあればと思って適当に聞いてたけど──古着屋の息子でセンスの良い地味なんて“アイツ”しかいないだろ。急に面白くなってきたな。
「その子の写真とかないんすか?」
「あるある。ほら、この子」
何の警戒もなく差し出されたスマホの画面を見た瞬間、思わず「やっぱり」と言ってしまった。折笠 紡。中学時代の俺のコーディネート係。
地味顔のくせに服だけは気を遣ってて、そのくせ自信なさげ。だから余計に気に入らなかった。
「じゃあ、このちょっと写ってるマネキンの服も」
ソフトドリンクが入ったグラスをぐっとあおってから女のスマホ画面を軽く指で叩く。
「その地味な子が選んだってことです?」
「うん」
「ふーん……」
頭の中で点と点が繋がる。
“NEON CHAOS”。
登録者数が爆増している動画投稿者グループ。最近のアイツらの、妙にこなれた服装は見覚えがあると思ってたんだよなぁ。
──紡が、あいつらのスタイリストってわけか。
中学の頃と同じだ。
自分は地味で大したことないくせに調子に乗ってる。
「……ちょっとからかってやろうかな」
「え?」
「身の程、分かってねぇみたいだし」
「なんて?」
だいぶ酔いが回ってるらしい女は、俺が何を言ってるか分からないらしい。
「てかお兄さんめっちゃ見たことある!イケメンだし芸能人?」
「ああ、自己紹介してなかったっすね」
女の手元から滑り落ちたスマホを拾ってやりながら、言う。
「リュウガです。“ネオカ”ほどじゃないけど、そこそこデカいチャンネル持ってます」


