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“NEON CHAOS”の古着屋一日バイトで一気に距離を縮めた僕と早見くんは、その後すぐに予定を合わせてデートした。……なんてことはなく。
「なるほど……。確かにこっちの方が画面映えしますね」
「うん。トップスの形が違うだけなのにピアスの見え方が変わったでしょ?」
放課後。“ネオカ”が普段の撮影などに使っている早見家の自宅の一室。
今日は定期的にあるミーティングの日なんだけど、早見くんと花守くんは委員会があって遅れるとかで、僕と豊崎くんだけ鍵を借りてここに来た。持ち出し厳禁のノートパソコンには、次に撮影が控えている企画の詳細が映っている。
「マジで助かりました、折笠先輩。“メンバーの私物アクセ大公開!”って聞いた時は楽な企画だと思ったけど……こんなに苦戦するとは」
「アクセサリーも奥が深いからね……」
相変わらず広くて生活感の薄い空間。ほっと息をつく豊崎くんに頷いてみるけど、内心は落ち着かない。
『俺彼女はいないけど、デートしたい人ならいるよ』
あの一日バイトの撮影から結構経つのに、試着室の中で早見くんが言ったことの真意をまだ聞けないでいる。今日みたいにたまたま会わないとかじゃない。向き合う勇気が出なくて、僕が早見くんを避けているのだ。
──学校で同じクラスなんだし、これも限界があるよな。
──とはいえなんて声をかければ良いんだ。『僕とデートしたいんでしょ?』って言うの……?無理無理無理そんな自意識過剰な!
「服だけじゃなくてアクセにも詳しいんですね」
一度パソコンから目を離した豊崎くんが「うぅん」と伸びをしながら言う。
「今度俺の買い物付き合ってくださいよ、普段使い出来るネックレスが欲しくて」
早見くんと似た系統の美形だけど、彼からはどこか知的な雰囲気が漂っている。淡水パールなんかが似合いそうだ(早見くんが知的じゃないとは言ってない、断じて)。
「僕で良ければ喜んで行くよ」
「ほんとです?じゃあ来週のどこかで──」
「──だめ」
予定を見るためかスマホを開いた豊崎くんを制するように、僕の背後から誰かが両腕を回した。……顔は見えないけど、耳元をくすぐる声で瞬時に誰だか分かった。
「早見くん……!え、これっ、この腕……!?」
「織先輩、お疲れ様です。めっちゃ静かに来ましたね」
「豊崎、花守がまたコンビニくじに張り付いてる。回収してきて」
「そんな集荷物みたいに……。すみません折笠先輩、またあとでお願いします」
釈然としない様子ながらも豊崎くんはスマホをブレザーのポケットに押し込んで部屋を出て行く。かろうじて「行ってらっしゃい……」と見送れた僕だけど、それでこの腕が外れるわけじゃないらしい。
「あの、早見くん……」
「豊崎と二人で出かけるなんてだめ。先に俺とデートして」
「……っ」
バックハグのまま、早見くんは僕の頭に頬を寄せる。
同じ制服を着ているのに、早見くんのだけやたら質感が良く感じるのはなぜだろう。すらっとした見た目からは想像出来ないほどしっかりした胸板は頼もしいけど、安心感よりも困惑が勝つ。例のごとく赤く染まってるであろう僕の首から上が気づかれないよう祈るばかりだ。
「……」
「次はアクセ企画が動くんだ」
今まで避けてきた罪悪感もあってすっかり黙り込んだ僕を急かすでもなく、早見くんは開いたままのパソコンを覗き込む。
「豊崎ずっと悩んでたけどいい感じだね。アクセといえば前に俺があげた指輪、開けてくれた?」
「……」
こくこくと頭を上下に動かす僕。
『お礼。気に入ってくれると良いけど』
『次は“メンバーの私物アクセサリー大公開!”って企画なんだけど。このファッションリング俺も持ってて、紡くんなら良いコーデが思いつくかなって』
前にそう言って、プロポーズみたいな雰囲気で早見くんが渡してきたファッションリング。合わせる服を吟味する必要があるけどピンクゴールドが淡く光る、可愛らしいデザインだった。早見くんも色違いで同じ物を持ってると言っていた。
──あの時は突拍子もないと思ったけど……今“そういう関係”になりかけてるなんて、伏線回収とはこのことか。
『デートしたい人、今見つかったから』
──……あれ?
指輪の記憶から芋づる式に思い出された、初めて早見くんにコーディネートを施した日のこと。
え。
ひょっとして、早見くんが僕のことを意識してくれたのって、結構前からだったりする……?
「デートの時さ、あの指輪ここに付けてよ」
いつの間にか移動していた早見くんの指先が、とんとん、と僕の左手の薬指をつつく。……これでほんの僅かに残っていた、“早見くんの好意は友情説”が消えた。
「──……早見くん」
覚悟は決まった。
花守くんと豊崎くんがいつ戻ってくるか分からないけど、気持ちを伝えるだけなら出来るはず。すぅ、と大きく息を吸って吐き出そうとしたところで──ある意味ベストなタイミングで、「そうだ」、といつになく弾んだ声を出した早見くん。
「休みの日に待ち合わせて、私服で出掛けない?紡くんのデートコーデ見てみたい」
「………………私服?」
自分でもびっくりするくらい、温度のない声が出た。
ようやく僕から身体を話して隣にやってきた早見くんの期待に満ちた眼差しが、視界の端で輝く。
『紡って、顔とセンスが合ってないよな』
『地味顔の分際で俺よりおしゃれなの腹立つわー』
「……ぁ」
瞬間、怒涛の勢いで脳内を埋め尽くす“あの人”。
早見をはじめ“NEON CHAOS”のみんなと関わったことで取り戻していた自信に、また大きなヒビが入っていく感覚。
「あ、ぅあ……」
「紡くん?」
「……っ」
「どうしたの?具合悪い?」
「ちが……違う……ごめん、早見くん……」
突然、パソコンが置いてある机に突っ伏した僕の背中を早見くんが撫でてくれる。苦しい。どう足掻いても僕は、“あの人”を忘れられない。
「ほんとに、ごめん……」
次に僕が頭を上げた時には早見くんの目から期待の光が消えて、いつもの感情が読めないそれに戻っていた。花守くんたちらしき話し声がこちらに迫る中、どうにか喉をこじあける。
「やっぱり、君とはどこにも行けない……。自分のデートコーデなんて、組めないよ……」


