◇◇
自分のコーディネートを纏った早見くんを見届けたレイハさんは、お父さんとの約束通り帰っていった。
『あとでインステフォロバして!』とさりげなく早見くんの腕に軽く触れながら言っていたのが印象深い。
「……やっぱ落ち着かない」
そんな早見くんのつぶやきが聞こえたと思えば、すぐにシャッ、と試着室のカーテンが閉じた。
「早見くん?」
「ごめん、着替えさせて」
「えっ、着替えちゃうの!?」
「紡くんと選んだ服で働きたいから」
「……っ」
即座に返されて言葉に詰まる。
早見くんは最初の格好の方が動きやすいってだけで、僕と選んだからあのコーデが良いってわけじゃない。そう自分に言い聞かせる。
「──あ」
「ど、どうしたの?」
「シャツをパンツの中にいい感じに入れるヤツ……やり方分かんなくなっちゃった」
「タックインだね。ちょっと見せてくれる?」
「うん」
SOSと言うには淡々としている声を受け取った僕は試着室に近づく。あと数秒待てばこのカーテンが開かれ、全体像を確認出来るはず。……なんて予測はあっさり裏切られた。
「わっ!?」
カーテンの隙間から伸びて来た指に手首を掴まれ、試着室の中に引き込まれたのだ。
「はっ、早見くん……!?」
舞い上がったカーテンが、僕の背中にはらりとかかる。
──ち、近い……!
文字通り目と鼻の先にある早見くんの顔に、さっきとは別の意味で呼吸が止まる。
相変わらず無表情である彼の気持ちは読めない。格好は最初のコーデに戻っているけど謎にトップスの裾が捲れているせいで、縦線が数本入った腹筋が露わになっていた。
「紡くん、さっきから元気ない。何かあった?」
聞こえないふりは許さないとばかりにゆっくり、はっきりと響く声。
ちょっと後ずさればすぐに試着室から出られるはずのに、退路を断たれた気持ちになる。
「えっと……」
なんでもないと誤魔化すのは無理そうだ。観念して口を開けば、手首を掴む指に力が籠った。
「……さっきレイハさんが組んだコーデ」
「うん」
「すごく似合ってた」
「ありがとう」
「……僕より、レイハさんがコーディネートを教えた方が早見くんのためになるんじゃないかって」
「どうして?」
僕の目をまっすぐ見据えたままの早見くんは、本当に検討もついてないようだ。
「早見くんは女性ファンが多いし……」
「確かに、その層に受ける服を選ぶのも大事だよね。さっきの店員さんのコーデ見て思った」
「う、うん。……それに、彼女とデートする時なんかも参考になるでしょ?」
“彼女”。
どうして早見くんのデートを想像するだけで胸が痛むのか、とっくに分かっているけど言葉には出来ない。
「僕じゃ、そういうの教えてあげられない」
ここはほとんどひとりごとだった。
沈黙が落ちる。ほんの数秒だろうけど、やけに長く感じるその時間のあとで——
「彼女はないよ」
やけにあっさりと返ってきた。
「え?」
「彼女は作らない」
僕が聞き逃したと思ったらしい早見くんが、言い回しを変えて繰り返す。
「っていうか作れない。──……俺、男が好きだから」
「……!」
迷いのない口調の前半と打って変わって、躊躇が見えた後半。目を見開く僕を、探るような視線が撫でる。
「だから女性目線は気にしなきゃとは思うけど……彼女とかは別に興味ない」
「そう、なんだ」
なんとか返事をするけど混乱している。教えるつもりはなかったであろうことを、わざわざ言わせてしまって心苦しい。
「……僕も」
早見くんの勇気に、僕も応えたい。
「僕も、男の子が好き」
心臓が爆発しそうだ。
早見くんの顔が見れない。あれ、密室でこんなこと打ち明けて大丈夫か。『コイツ俺のこと狙ってる?』なんて警戒されないうちに、話題を変えた方が良いのでは……!?
「あっ早見くん、ここ直さないと!」
そこで今気づきましたとばかりに捲れたままの裾に手をかける。顔を直視しないための作戦だったけど、引き締まったお腹がばっちり見えてしまいこれはこれで心臓に悪い。
「紡くん」
もう少しでタックインが完成する、という時に名前を呼ばれる。咄嗟に顔を上げた僕は思い知らされた。相手を必要以上に意識しているのは、こちら側だけじゃないってことを。
「俺彼女はいないけど、デートしたい人ならいるよ」
熱が籠った瞳。
喋り始める前、上下に大きく動いた喉。
僕の視界を丸ごと攫うようにこつん、と合わさる額。
……これで『誰とデートしたいの?』と聞くほど僕は鈍感じゃない、つもりだ。
「早見くん、それって」
「──おーい、織と紡ーっ」
確かめるには一瞬遅かった。僕らを呼びに来たらしい花守くんの声が聞こえる。
「どっ、どうしたの花守くん」
「あ、いた。紡の父ちゃんが次はマネキンのコーディネートさせてくれるって」
僕だけ先に飛び出したすぐ後、角を曲がって花守くんがやって来る。早見くんと二人で試着室にいたことはバレなかったようだ。
「……マネキンコーデ、俺がやって大丈夫なやつ?」
少し時間を置いて、早見くんがカーテンを開ける。僕がやりかけだったタックインを自分で完成させようとしたんだろうけど、裾が四方八方に飛び出して悲惨なことになっている。
「確かに、販促のためなのが逆効果になる可能性もあるな……。どうでしょう折笠師匠」
「師匠って……。早見くんアイテム選びは上手になってきてるし大丈夫じゃないかな。一応、僕も見てるし」
「本当?ありがとう」
試着室から一歩出てきた早見くんが僕に向かって口角を緩める。さっきまでの名残か、よく見ると目尻がまだちょっと赤い。それは僕も同じだろうけど。
「やっぱ俺は紡くんじゃないと駄目だ。色んな意味で」
「色んな……!?」
早見くんが自分でコーデを組めるようになったら、彼ありきで専属スタイリストになった僕は一体どうなるんだろう。胸につかえていた疑問が、たったひとことで溶けていく。
「……とりあえず織はその可哀想な裾直してもらえ」
お互いを視界に捉えたまま動かずにいる僕と早見くんの間を、花守くんの冷静なツッコミが通り抜けた。


