◇◇
「──というわけで、“古着屋さんでネオカが一日バイトしてみた!”始まったぞーっ」
「応援ヨロシクです。まずは何をするんでしょうね」
開店早々、花守くんと豊崎くんがカメラに小声で喋りながらお父さんに付いて奥へと向かう。
「よろしくね、紡くん」
「うん、こちらこそ」
今日はスタイリストだけじゃなくここのスタッフとして早見くんに付くことになっていた僕は、まずは陳列をやってもらおうと服の入ったケースが積まれた大きな台車を押そうとしたけど──さっ、と伸びてきた腕に取って代わられた。
「重いでしょ?俺が押すよ」
「あ、ありがとう」
「あの棚まで運べば良い?」
「うん……」
──さりげなくそういうこと出来るのすごい……!
僕のこの、二年近く同じ作業をしているのが信じられないレベルの細腕でやるよりも、早見くんが運ぶ方が明らかに安定している。
一日バイトをするにあたって貸し出した黒エプロンがよく似合っているのはスタイルの良さはもちろん、これを着用する前提でコーデを組んだからだろう。そんな考察をしていたところ、立て付けが悪いはずのドアがやたら手慣れた様子で開かれた。
「お疲れ様でーす……」
控えめに出された声。顔を向けると、よく知る人が立っていた。
「レイハさん?」
「あ、紡くんは出勤だったんだ」
レイハさんはうちの店でバイトしている女子大生だ。
お父さんも言っていたけど、今日女性店員はネオカ(主に早見くん)のファンの誤解を生まないためお休みになってたはず。
「実は私さぁ、かなり前から織推しなんだよね!だからちょっとだけっ」
「ちょっ……」
一応手を伸ばすのも虚しく、僕の横をすり抜けたレイハさんは迷わず早見くんの元へ向かう。
「すみませーんっ、織くんですよね!」
当たり前のように呼ばれ続ける早見くんの下の名前に、なぜか僕の心臓が跳ねる。
「あ……はい。そうですけど」
台車を目的の棚に止めた早見くんが答えた瞬間、彼女の表情がぱっと明るくなった。
「いつも動画見てるよー!あ、私ここの店員ですっ」
正直に『この日は動画投稿者グループの“NEON CHAOS”が来る』と説明したのが良くなかったのか。いつもより高めの声で話すレイハさんとは対照的にどんどん冷えていくスタッフさんたちの空気を感じ取った僕は、店長に知らせるべく一度その場を離れた。
「今着てるのって衣装?公開収録の時のデート服も思ったけど……織くんは顔もスタイルも良いんだし、そんなこだわらなくてもシンプルなの着た方が絶対良いよ!私がコーディネートしようか?っていうかするね!!」
──ああそんなっ、一生懸命ファッションを学んでる早見くんになんてことを!
後ろから聞こえてくる、早見くんの返事を待たずに捲し立てるレイハさんにヒヤヒヤしながら奥にいるお父さんのところへ行く。事情を話すと、その場の作業を花守くんたちに託してすぐに来てくれた。
「おいおいレイハちゃん、今日は店には来るなって言ったろ?」
「えーだって店長、織くんと話せるなんてイベントでも滅多にないんですよ!」
「だってじゃねぇよ。この企画で何かあった時、ネットで炎上して困るのは店長だ」
「じゃあこれだけ!このパンツだけ履いてもらったら帰りますっ」
レイハさんに毅然と注意してくれるお父さんの後ろで、僕は息を飲んだ。
さっきよりも数歩踏み込んだところにいるレイハさんと、それを特に気にした様子もなく受け入れる早見くん。黒エプロンは外され、形が印象的だったトップスがシンプルなデザインのものに入れ替えられている。
──二人の距離が、近い。
──コーディネートもすっかり変わって……これでパンツまで違ったら別物になってしまう。
「……ありがとうございます」
早見くんは傷ついてないだろうか。心配する僕をよそに彼の口から出たのは、予想とは裏腹な感謝の言葉だった。
「女性の意見が聞けるのは嬉しいです」
──“女性の意見”。
「……っ」
首を絞められたみたいに息が出来ない。
レイハさんのコーディネートはシンプルながらも清潔感があって、パンツを履き替えればそれこそデート向きの組み合わせだ。……男で、同性が好きである僕にはない目線で選ばれた服。
──それは早見くんだっておしゃれな女の人に教えてもらった方が嬉しいし、参考になるに決まってる。
僕が“ネオカ”の専属スタイリストになれたのは、たまたま早見くんのファッションセンスのことを知ったってだけで……何を期待していたんだろう。
どっちみち早見くんがまともに服を選べるようになったら、僕はいらなくなるのに。
「ごめん紡くん、ちょっとこれだけ履いて来るね」
「……」
「紡くん?」
「……あっ、ごめん。行ってらっしゃい」
申し訳なさそうな早見くんが近くの試着室に消えていくのを見送った途端、『店長に言いつけんじゃねぇよ』と言わんばかりのレイハさんの鋭い視線が右肩に突き刺さった。


