ある日の夕方、私は旦那様に連れられ、屋敷裏にある森へとやって来た。
「旦那様、この森はどうされたのですか?」
「数日前に買ったんだ。今は俺の領地だ」
「え、森を買われたんですか??」
湖もある広い森の中は、リスや鳥の野生動物が多く生息している。
「驚くのはまだ早いぞ」
足を止める旦那様。その視線の先には、湖の水を飲む、一頭の馬がいた。
(まさか……)
私はゆっくりとその馬に近づく。湖から顔を上げた馬は私に気づくと、じっと私を見る。艶のあるブラウン色の毛色、黒くつぶらな瞳。間違いない。私はその馬に向かって叫ぶ。
「ブラウニー……!!」
それは、私の相棒で親友でもある、愛馬のブラウニーだった。
走り出した私をブラウニーは嬉しそうに胸で抱き止めた。
「ああブラウニー会いたかったわ!」
両腕で抱き締める私に、ブラウニーは顔を擦り寄せる。
「どうしてブラウニーがここに?」
「昨日、子爵邸に行って、引き取ってきた」
隣に立った旦那様は得意げにそう言う。
「君が彼と離れて寂しがっているのは知っていた。ここへ嫁に来る前は、よく彼に乗っていたんだろ。あの時もそうだった」
「あの時……?」
首を傾げる私に、旦那様は思い出し笑いをするかのように唇の端を上げた。
「俺が君に会いに、初めて子爵邸に行った時、君は松竹梅の着物姿で、彼に乗っていた」
「えっ」
(嘘でしょ。あの姿を見られていたの??)
旦那様の顔には、みるみる笑みが浮かんでくる。旦那様の頭には、ブラウニーの乗って森を駆け抜ける、お淑やかさとは程遠いい私の姿が鮮明に記憶されているようだった。
「これから、彼はこの森で暮らす」
「それって……」
「いつでも会えるってことだ」
私は嬉しさのあまり、気持ちが昂り、旦那様に抱きついた。
「旦那様、ありがとうございます!!」
ぎゅっと旦那様を抱きしめてしまっていると、旦那様の戸惑いが着物越しに伝わり、私は我に返った。
「あっ……申し訳ありません。つい、嬉しくなってしまって」
そう言い、旦那様から離れようとするが、旦那様は私の背中に両腕を回し、抱きしめ返した。
「だ、旦那様」
「いいから。このままでいろ」
そう言われ、私はじっと黙って、その抱擁に包まれ続けた。しばらくすると、旦那様から抱擁を解かれる。
「一つ、提案なんだが、そろそろ寝室を一緒にしないか? 俺たちは夫婦なんだから、一緒に寝るのは、何もおかしなことではないだろう?」
「……そ、そうですよね」
旦那様も男だ。妻の務めを果たさなければならない。
(正直、心の準備はまだできてはいないけど)
「君が良いと言うまで、俺は待つつもりだ」
そんな私の心情を察したのか、旦那様は言う。
「ですが、旦那様のお相手もできない女は、妻失格です」
「いや、君は十分よくやってくれている。梅津さんから、君の話を聞いていた」
「……梅津さんが?」
「俺がいない間、チャリティーにボランティアへの参加。それだけではない。自ら婦人会を立ち上げ、意欲的に活動してくれていたおかげで、我が一条院家の名誉は守られていた」
旦那様は私の両手を取ると、そっと握る。
「これまで、公爵夫人として果たさなければならない義務に押しつぶされそうになったこともあっただろう、だが君は泣き言一つ言わずに、立派に果たしてきてくれた。君だからこそ、俺は安心して屋敷を離れ、将校として精進することができる」
「旦那様……」
苦手な社交の場でも、ご夫人方との慣れないお茶会の席も、私は誇り高き一条院家の人間として、恥じないように、いかなる時も自分を律してきた。辛くて苦しくても、心が折れそうな時も、決して挫けないように、自分を鼓舞してきた。その全ての努力が今、旦那様のこの言葉で、報われたような気がした。
「今までの頑張りのご褒美だ。今日は彼と存分に風を感じろ」
そう言い、優しげな笑みを浮かべた旦那様は、ブラウニーを見上げる。
「そうしたいのですが、この格好ですし……」
私は着物姿の自分を一瞥する。そんな私に、旦那様はニヤリと笑い、首を傾げる。
「君は着物を捲し上げるのが得意だろ?」
わざと意地悪な言い方をしてくる旦那様に、私はムスッとしてみる。そんな私を、旦那様は愛おしそうに見つめてきた。
「ゴホンッ……では、お言葉に甘えて」
恥ずかしさを隠すように咳払いをし、そう言うと、私は草履と足袋を脱ぎ裸足になる。久しぶりに裸足で芝生を踏むと、エネルギーが漲ってきたような気がした。
ブラウニーに跨ると、彼の頭を撫でる。気持ちよさそうに目を細めたブラウニーは私を見て、いつでもいいよと言ってくる。手綱を握った私は、ブラウニーと共に勢いよく走り出した。
「旦那様、この森はどうされたのですか?」
「数日前に買ったんだ。今は俺の領地だ」
「え、森を買われたんですか??」
湖もある広い森の中は、リスや鳥の野生動物が多く生息している。
「驚くのはまだ早いぞ」
足を止める旦那様。その視線の先には、湖の水を飲む、一頭の馬がいた。
(まさか……)
私はゆっくりとその馬に近づく。湖から顔を上げた馬は私に気づくと、じっと私を見る。艶のあるブラウン色の毛色、黒くつぶらな瞳。間違いない。私はその馬に向かって叫ぶ。
「ブラウニー……!!」
それは、私の相棒で親友でもある、愛馬のブラウニーだった。
走り出した私をブラウニーは嬉しそうに胸で抱き止めた。
「ああブラウニー会いたかったわ!」
両腕で抱き締める私に、ブラウニーは顔を擦り寄せる。
「どうしてブラウニーがここに?」
「昨日、子爵邸に行って、引き取ってきた」
隣に立った旦那様は得意げにそう言う。
「君が彼と離れて寂しがっているのは知っていた。ここへ嫁に来る前は、よく彼に乗っていたんだろ。あの時もそうだった」
「あの時……?」
首を傾げる私に、旦那様は思い出し笑いをするかのように唇の端を上げた。
「俺が君に会いに、初めて子爵邸に行った時、君は松竹梅の着物姿で、彼に乗っていた」
「えっ」
(嘘でしょ。あの姿を見られていたの??)
旦那様の顔には、みるみる笑みが浮かんでくる。旦那様の頭には、ブラウニーの乗って森を駆け抜ける、お淑やかさとは程遠いい私の姿が鮮明に記憶されているようだった。
「これから、彼はこの森で暮らす」
「それって……」
「いつでも会えるってことだ」
私は嬉しさのあまり、気持ちが昂り、旦那様に抱きついた。
「旦那様、ありがとうございます!!」
ぎゅっと旦那様を抱きしめてしまっていると、旦那様の戸惑いが着物越しに伝わり、私は我に返った。
「あっ……申し訳ありません。つい、嬉しくなってしまって」
そう言い、旦那様から離れようとするが、旦那様は私の背中に両腕を回し、抱きしめ返した。
「だ、旦那様」
「いいから。このままでいろ」
そう言われ、私はじっと黙って、その抱擁に包まれ続けた。しばらくすると、旦那様から抱擁を解かれる。
「一つ、提案なんだが、そろそろ寝室を一緒にしないか? 俺たちは夫婦なんだから、一緒に寝るのは、何もおかしなことではないだろう?」
「……そ、そうですよね」
旦那様も男だ。妻の務めを果たさなければならない。
(正直、心の準備はまだできてはいないけど)
「君が良いと言うまで、俺は待つつもりだ」
そんな私の心情を察したのか、旦那様は言う。
「ですが、旦那様のお相手もできない女は、妻失格です」
「いや、君は十分よくやってくれている。梅津さんから、君の話を聞いていた」
「……梅津さんが?」
「俺がいない間、チャリティーにボランティアへの参加。それだけではない。自ら婦人会を立ち上げ、意欲的に活動してくれていたおかげで、我が一条院家の名誉は守られていた」
旦那様は私の両手を取ると、そっと握る。
「これまで、公爵夫人として果たさなければならない義務に押しつぶされそうになったこともあっただろう、だが君は泣き言一つ言わずに、立派に果たしてきてくれた。君だからこそ、俺は安心して屋敷を離れ、将校として精進することができる」
「旦那様……」
苦手な社交の場でも、ご夫人方との慣れないお茶会の席も、私は誇り高き一条院家の人間として、恥じないように、いかなる時も自分を律してきた。辛くて苦しくても、心が折れそうな時も、決して挫けないように、自分を鼓舞してきた。その全ての努力が今、旦那様のこの言葉で、報われたような気がした。
「今までの頑張りのご褒美だ。今日は彼と存分に風を感じろ」
そう言い、優しげな笑みを浮かべた旦那様は、ブラウニーを見上げる。
「そうしたいのですが、この格好ですし……」
私は着物姿の自分を一瞥する。そんな私に、旦那様はニヤリと笑い、首を傾げる。
「君は着物を捲し上げるのが得意だろ?」
わざと意地悪な言い方をしてくる旦那様に、私はムスッとしてみる。そんな私を、旦那様は愛おしそうに見つめてきた。
「ゴホンッ……では、お言葉に甘えて」
恥ずかしさを隠すように咳払いをし、そう言うと、私は草履と足袋を脱ぎ裸足になる。久しぶりに裸足で芝生を踏むと、エネルギーが漲ってきたような気がした。
ブラウニーに跨ると、彼の頭を撫でる。気持ちよさそうに目を細めたブラウニーは私を見て、いつでもいいよと言ってくる。手綱を握った私は、ブラウニーと共に勢いよく走り出した。


