何か言われるのだろうかと怯える心結だが、杞憂だったか。勝吾はすぐに目を逸らし、店主を見つめる。
「怪我を治してもらうのに、対価がそんなことで本当にいいのか?」
「そんなこと、と言うが。二番目に大事な物を、そう易々と渡せるか?」
「当たり前だ、すぐにでも用意できる」
勝吾は頷く。そして……
「頼むから冴を治してくれ。妻の心結は、お前にくれてやる」
「――」
ヒュッと胸が締め付けられ、息が止まった。大きな石が頭にぶつかった衝撃だ。視界が揺れ、思わずその場に崩れ落ちた。冴の荷物が床へ散らばる。しかし冴は自分が選ばれ上機嫌なのか、特に咎めはしなかった。勝ち誇った笑みを、心結へ向けている。
そんな三者三葉の反応を見た店主。前髪が長くて目が完璧に隠れてしまっているが、どうやら前は見えているらしい。迷いなく、心結へ近づいていく。
「よかろう」
下駄を履いた店主が、開いた扇子を滑らかな動きで閉じた。瞬間わずかな風が起こり、店主の長い前髪が持ちあがる。覗いたのは、空と同じ色の瞳。真っすぐに心結を見つめている。
「わが皇(すめらぎ)家がこの女をもらう。
俺は皇家の現当主、皇ナギ。
今日からお前は、俺の妻だ」
「皇家……?」
これには心結だけでなく、冴も勝吾も固まった。なぜなら久我家と一、二を争う名家。それこそが皇家だからだ。しかし皇家は公の場に姿を見せず、屋敷さえも見当たらない。そのため皇家はただの風の噂では?と、名家の間でささやかれていた。
そのため勝吾と冴が驚くのも無理はない。存在しない上位存在が、いきなり目の前に現れたのだから。
「お前、皇家の者なのか……?」
驚きすぎて、いつにもなく小さな声が出る勝吾。その勝吾に抱えられている冴も目を見開き、般若の顔をしている。
(皇家といったら、久我家よりもお金持ちって噂じゃない!)
冴は失敗した、と思った。お金が全てだと思っている冴にとって、財産を多く握っている者こそが自分の夫にふさわしいのだ。財産で言えば資産家よりも上を行くと噂の皇家。そこへ今まで虐げ続けた心結が嫁ぐなんて――冴の中で、黒い感情が渦を巻く。自分こそ幸せになるべき女だ、心結なんて足元にも及ばない。そう、あんな陰気な女に負けてたまるか。
もちろん渦中の心結も困惑していた。久我家の嫁である自分が、今度は皇家の嫁にいく? 信じがたい話に言葉が浮かばない。すると皇家の当主、ナギが目の前で止まる。
「これはお前の物か?」
落ちた荷物を一瞥し、ナギが膝を折る。落ち着く香の香りが鼻をかすめ、心結の心がわずかに緩んだ。こんな状態だと言うのに、圧倒的なオーラを前に全ての感情が失せてしまう。
「そちらは、冴様の物です……」
「そうか」
ならば拾わなくていいな、というナギの声が聞こえそうだ。案の定、冴の荷物に触りもしなかったナギは「こっちへ」と、心結の手を引いて立たせる。
「あ、あの……っ」
静かに心結を見つめるナギ。一方の心結は「地面に冴の物を置くなんて」と気が気じゃない。恐ろしくて冴の顔を見られない。視線が合ったら最後、きっと目だけで殺される。それくらい怒っているに違いない。
そういう恐怖心に支配された心結だからこそ、ナギの手を掴むことが出来ない。この手を掴んだら何が待っている? 今よりももっと酷い地獄? それだけは嫌だ――するとナギは痺れを切らせたのか、再び膝を折り心結を持ち上げる。
「……軽いな」
「きゃっ」
体が宙へ浮き、心結は恐怖で震えた。ナギによって持ち上げられていると遅れて理解するも、どうして担がれているかは理解できない。一方、ナギは文机がある壇上へ心結を移動させる。続けて自分も下駄を脱ごうとして……しかし冴へ向き直った。
「これでいいだろう」
ナギが手をかざすと、淡い緑光が冴の膝を覆う。血が滲んでいた膝は瞬く間に治り完治した。この能力を見た冴と勝吾は、同時に眉をしかめる。
「怪我を治してもらうのに、対価がそんなことで本当にいいのか?」
「そんなこと、と言うが。二番目に大事な物を、そう易々と渡せるか?」
「当たり前だ、すぐにでも用意できる」
勝吾は頷く。そして……
「頼むから冴を治してくれ。妻の心結は、お前にくれてやる」
「――」
ヒュッと胸が締め付けられ、息が止まった。大きな石が頭にぶつかった衝撃だ。視界が揺れ、思わずその場に崩れ落ちた。冴の荷物が床へ散らばる。しかし冴は自分が選ばれ上機嫌なのか、特に咎めはしなかった。勝ち誇った笑みを、心結へ向けている。
そんな三者三葉の反応を見た店主。前髪が長くて目が完璧に隠れてしまっているが、どうやら前は見えているらしい。迷いなく、心結へ近づいていく。
「よかろう」
下駄を履いた店主が、開いた扇子を滑らかな動きで閉じた。瞬間わずかな風が起こり、店主の長い前髪が持ちあがる。覗いたのは、空と同じ色の瞳。真っすぐに心結を見つめている。
「わが皇(すめらぎ)家がこの女をもらう。
俺は皇家の現当主、皇ナギ。
今日からお前は、俺の妻だ」
「皇家……?」
これには心結だけでなく、冴も勝吾も固まった。なぜなら久我家と一、二を争う名家。それこそが皇家だからだ。しかし皇家は公の場に姿を見せず、屋敷さえも見当たらない。そのため皇家はただの風の噂では?と、名家の間でささやかれていた。
そのため勝吾と冴が驚くのも無理はない。存在しない上位存在が、いきなり目の前に現れたのだから。
「お前、皇家の者なのか……?」
驚きすぎて、いつにもなく小さな声が出る勝吾。その勝吾に抱えられている冴も目を見開き、般若の顔をしている。
(皇家といったら、久我家よりもお金持ちって噂じゃない!)
冴は失敗した、と思った。お金が全てだと思っている冴にとって、財産を多く握っている者こそが自分の夫にふさわしいのだ。財産で言えば資産家よりも上を行くと噂の皇家。そこへ今まで虐げ続けた心結が嫁ぐなんて――冴の中で、黒い感情が渦を巻く。自分こそ幸せになるべき女だ、心結なんて足元にも及ばない。そう、あんな陰気な女に負けてたまるか。
もちろん渦中の心結も困惑していた。久我家の嫁である自分が、今度は皇家の嫁にいく? 信じがたい話に言葉が浮かばない。すると皇家の当主、ナギが目の前で止まる。
「これはお前の物か?」
落ちた荷物を一瞥し、ナギが膝を折る。落ち着く香の香りが鼻をかすめ、心結の心がわずかに緩んだ。こんな状態だと言うのに、圧倒的なオーラを前に全ての感情が失せてしまう。
「そちらは、冴様の物です……」
「そうか」
ならば拾わなくていいな、というナギの声が聞こえそうだ。案の定、冴の荷物に触りもしなかったナギは「こっちへ」と、心結の手を引いて立たせる。
「あ、あの……っ」
静かに心結を見つめるナギ。一方の心結は「地面に冴の物を置くなんて」と気が気じゃない。恐ろしくて冴の顔を見られない。視線が合ったら最後、きっと目だけで殺される。それくらい怒っているに違いない。
そういう恐怖心に支配された心結だからこそ、ナギの手を掴むことが出来ない。この手を掴んだら何が待っている? 今よりももっと酷い地獄? それだけは嫌だ――するとナギは痺れを切らせたのか、再び膝を折り心結を持ち上げる。
「……軽いな」
「きゃっ」
体が宙へ浮き、心結は恐怖で震えた。ナギによって持ち上げられていると遅れて理解するも、どうして担がれているかは理解できない。一方、ナギは文机がある壇上へ心結を移動させる。続けて自分も下駄を脱ごうとして……しかし冴へ向き直った。
「これでいいだろう」
ナギが手をかざすと、淡い緑光が冴の膝を覆う。血が滲んでいた膝は瞬く間に治り完治した。この能力を見た冴と勝吾は、同時に眉をしかめる。



