旦那さま、ずっと私と生きてくれませんか?

 その後。
 屋敷に戻った一同は、リリーとヒスイから猛烈に叱られた。

「こぉらナギ! いきなり立ち上がったと思ったら消えよって、どこ行っとったんや!」
「……心配かけた、もう大丈夫だ」
「はぁ!?」

 確かにナギの顔色はいいし、体も元気そうだ。

 静止を振り切って屋敷から姿を消した時は、虫の息だったというのに。


 ――心結の所に、いく


 心結と合流する前。眠りながら何かの気配を察知したナギは、能力を使ってあっという間に消えてしまった。

『今日が山だっていうのに、また能力を使いよって……』

 もぬけの殻になった布団を見て、ヒスイは腹をくくった。能力を使い、ナギの寿命はさらに削れたことだろう。「次にナギと会う時は天国だ」と、全てを諦めたのだ。


 しかし帰って来たナギは、元気そのものだった。これにはヒスイも拍子抜けする。

(あれほど息も絶え絶えだったのに、何があった?)

 不思議に思っていると、リリーが泣きながら叫ぶ。

「まあ心結ちゃん、そんなに汚れてどうしたの⁉」

 心結は泥だらけで、ピンクのドレスは見る影もなかった。心配するリリーだが、当の本人は、ナギの隣で幸せそうに笑っている。

(こんなにボロボロになっているのに笑顔? 一体なにが?)

 ヒスイと同じく、リリーも頭に疑問符を浮かべた。何もかも合点がいかないのだ。死にそうだったナギは元気そうだし、意気消沈していた心結は幸せそうに笑っている――

 奇々怪々な現象に腕を組む二人。その肩を思い切り叩いたのは、満面の笑みを浮かべる、初対面のアスマだった。

「お嬢と皇の兄ちゃんについてきた、しがない異能者だ。これから世話になる!」
「「……」」

 近年、異能者の数は減少しつつあるのに、この場に四人も集まるなんて――驚く二人だが、この後さらに驚愕の事実をナギから知らされる。

「実は、心結も異能者だ」
「「は?」」
「しかも最強の」
「「はぁ⁉」」

 二人に見つめられ、やや恥ずかしくなった心結は小さくなる。

「信じられませんが、本当に、そうらしくて……」

 実は、屋敷へ帰る前。
 心結は試しに、アスマの怪我を治してみた。

 心結が手をかざすと桜色の光が現れ、みるみるうちにアスマの傷が癒えていく。ナギの時と同様、あっという間に全回復させたのだ。しかも体への負担はなく、心結は元気そのもの。

 死の淵にいたナギを助け、続けてアスマを助け――これだけの能力を使えば、普通の異能者なら疲弊しきっているはずだ。しかし心結は何の影響もなく、今も背中をしゃんと伸ばしてナギの隣に立っている。

 この事実に腰をぬかすほど驚いた二人だが、同時に、やっと納得できた。心結の能力が開花したことで全ての物事が好転したのだと。

 一時はどうなることかと思っただけに、それぞれ胸をなでおろす。

「さぞビックリしたやろなぁ心結ちゃん。僕も信じられんわ」
「だけどナギも心結ちゃんも良かったわね。本当によかった!」
「はい……っ」

 目に涙を浮かべながら喜び合う、心結とリリー。ヒスイも、たまに目頭を押さえながら笑みを浮かべる。

 しかし、ナギだけは別のことを思っていた。心配そうに、心結のそばへ寄る。

「心結、力を使って気怠くないか? 頭が重くないか? どこか痛い所とか」
「どこも異常ありません」
「本当に? ここもか?」

 急に体のあちこちを触られ、心結は頭が沸騰寸前。恥ずかしくて逃げ出したい気持ちを、必死に我慢する。

 だけど案の定、鈍いナギは他人事。心結が恥ずかっているとは微塵も思っていないようだ。

 そればかりか「顔が赤いぞ?やはり調子が悪いか?」と、眉を下げながら、あらぬ誤解を招き始める。さすがにこらえきれなくなり、心結は白状した。

「すみません。ナギ様に触られると、恥ずかしくて……っ」
「! ……そうか」

 やっと心結の気持ちを理解したらしい。ナギは目にも止まらぬ速さで体から手を離した。

 ぎこちない二人を見守っていた一同は「これをからかわず何とする」と、すぐさま茶々を入れる。

「あかんよー、心結ちゃん。そういう言葉は、二人きりの時に言うてやらんと」
「そういえば二人ともまだ別の部屋で過ごしているの? 信じられない! ちょっとヒスイ手伝って! 心結ちゃんの荷物、ナギの部屋へ移動するわよ!」
「へいへーい」

 心結とナギが「え」と慌てる前に、二人はさっさと部屋を出た。どうやら有言実行するらしい。

 しかしヒスイは心結とすれ違う時、深々と腰を折ってお辞儀をする。

「さっきはごめんな。あと、ありがとう。ナギを助けてくれて、ほんまに感謝しとる」
「私こそ……」

 心結も、ヒスイと同じように頭を下げる。

「大事なことを気付かせてくださり、ありがとうございました。ヒスイさんが知らせてくれなければ、私は無知なままでした。心から、感謝しています」
「え……」

 キツイことを言ったから嫌われているかと思えば、逆に心結は感謝を言って来た。これにはヒスイも、無条件に心を許してしまう。

「はは。ナギが心結ちゃんを可愛がる気持ち、よう分かったわ」
「え?」
「なんでもない。これからも、アイツをよろしく」

 ヒスイに頭を撫でられ、心結は緊張の糸が切れる。「こちらこそ」と、満面の笑みを返した。

 そんな二人を遠目で見ていたナギ。仲の良い二人を複雑に思いつつ、隣に立つアスマへ小声で話しかける。

「これからお前には、心結の護衛をしてほしい」
「は? 護衛?」

 寝耳に水の話に、ついアスマの声が大きくなる。ナギは「シッ」と、人差し指を立てた。

「久我勝吾を見れば分かる。相当に後ろ髪を引かれている。おおかた、心結の魅力に今さら気づいたのだろう。あの性格だ、今後も絶対ちょっかいをかけてくる。心結がさらわれるなど、最悪なこともあるかもしれない」
「でも久我家は異能者嫌いだぜ? 異能者のお嬢を、久我家が好きになるわけない。だから心配ないだろ」
「……甘いな」

 ナギは首を横へ振る。

「心を奪われたら、そんなことはどうでも良くなる。異能者だろうが、人間だろうが。あの男は、必ず心結を取り戻しに来る。

 それに異能者であるとことを明かすにしても、最強であることは秘密だ。強い力を心結が有していると世間に広まれば、お前のような戦闘狂から狙われるかもしれない」

 もちろん、とナギは続ける。

「常に俺が守るつもりだ。しかし、どうしてもそばにいてやれない時もある。その時は、心結を頼んだぞ」
「おい待て、誰が戦闘狂だって?」

 殺し屋のこめかみに青筋が入る。しかしナギは動じなかった。

「それに花本家も気になる。どうして異能者としてではなく、人間として心結を育てたのか。そもそも心結を異能者と知らなかったのか――お前の爺は物知りのようだし、花本家についてさりげなく聞いてほしい」
「とか言いつつ本当に知りたいのは〝お嬢が力を使って体に影響がないか〟だろ?」
「……そうだ」

 はぐらかせないと思ったナギは、素直に頷く。

 心結の力は強いが、ナギと同じように心結自身には使えなかった。そのため心結の力で全回復したナギが、代わって心結を手当したのだ。

 最強といっても、完璧というわけではない。そうだとしたら、やはり力を使うことで失うものがあるのでは?

 そんな不穏が、ナギの胸にずっと引っかかっている。

「もし心結の能力が危ないものだったら……」

 ナギは拳を握る。力が強すぎて、皮膚に爪が突き立った。

 それを見たアスマは「そんな調子じゃ今度こそ身がもたないぞ」と高笑い。もちろん毎月報酬金をもらうことで、心結の護衛と花本家の情報収集を快諾した。