「もう、満足だ」
ナギが目を瞑った。
呼吸が速くて、浅い。
触れた手が、既に体温を手放している。
「……っ」
どうして見ているだけなのだろうか。どうして自分は、こうも無力なのだろうか。
悔しい、悔しい。
どうしたらナギを延命させられる?
泣きながら、もう冷たい彼の手を、頬へ押し当てる。
その時だった。
「愛してる、心結」
「っ!」
それは人生で一度も、誰からも言われたことのない言葉。これからも自分には縁がないと、諦めていた言葉。
だけどナギが言ってくれた。
「愛している」と言ってくれた。
まさか愛する人から言ってもらえるなんて――
「私もです、ナギ様。ずっとずっと……っ」
お慕いしております――ゆっくりと心結はナギへ口づけをした。すると弱い力だが、ナギからも反応がある。唇だけは、まだほんのりと温かい。
(いかないで……ナギ様っ!)
そう願った瞬間、ナギの体が光り始める。何が起きているか分からず、とっさにナギを抱きしめた。
すると肩に触れる柔らかな物、温かな体温。まさか――顔を上げると、なんとナギと目が合った。空色の瞳が、真っすぐにこちらを見ている。
「ナギ、様?」
「……心結?」
それ以上の言葉が見つからない二人は、起き上がってゆっくりと顔を近づける。まるで、目の前にいる人が本物か確かめるように。
「本当に、ナギ様……?」
「あぁ。だけど、何があったんだ?」
「分かりません、でも……」
驚きで止まっていた涙が、再び落ち始める。たまらず心結は、ナギへ抱き着いた。
するといつも冷たかったナギが、自分と同じくらい体温を取り戻していることに気付く。その温かさが「もうナギは大丈夫」と心結に教えてくれた。
本当に、ナギが生きている――
これ以上ない嬉しい事実に、凍り付いた心結の心が溶け始める。強張った体の筋肉が、一気に弛緩した。
「本当に良かった、ナギ様……っ」
「心結……」
震える体が、ナギの大きな体により包まれる。次に、ゆっくりと頭を撫でられた。何度も、何度も。
そのぎこちない手の動きから、ナギの生を実感できて……心結はさらに嬉しくなる。
その時だった。
「なるほど、そりゃ普通の嬢ちゃんなわけないわ。まさか、異能者だったなんてな」
さっきまで気絶していたアスマが、いつの間にか目を覚ます。
大量の雨に打たれてダメージを負っているのか、体を起こそうとしない。うつ伏せになったまま、ナギと心結を見つめた。
「心結が、異能者だと?」
聞き間違いだろうとナギが言えば、アスマが首を横へ振る。どうやら事実らしい。
「嬢ちゃんは異能者だ。さっき力を使って、ナギを全回復させた。俺は見たぜ」
「私が、力を……?」
ナギと心結は顔を見合わせる。寝耳に水の話に、互いの目が点になった。
だけど証言者がいる。しかもアスマは、続けてこんなことを言った。
「異能者のじいちゃんが言ってた。異能者の中には飛びぬけて力の強い奴がいるって。そいつは争いを嫌って姿を隠す、最強の異能者だって。俺はてっきり皇の兄ちゃんのことかと思ったけど……あんたのことだったんだな、お嬢」
「皇の兄ちゃん……」
「お、お嬢……」
アスマの呼び方に肩を抜かしつつ、ナギは顎に手を添える。
「俺は最強の異能者じゃないぞ」
「みたいだな。すぐに死ぬような奴が、強いはずないもんな!」
「……」
アスマの物言いは引っかかるが、その通りだ。この程度で倒れる自分が最強なわけがない。そうだとすれば、やはり心結が?
「心結が最強というのは、なぜだ?」
「力を使ったのに、その形跡が全く無い。お嬢、疲れてないだろ? つまり代償なしに、無限に能力を使えるってことだ。そんな能力者を最強と呼ばず、何と呼ぶ?
それに今まで開花してなかっただけで、力の片鱗ぐらい見えてたんじゃねーの?」
「そういえば……」
心結は怪我をした時、いつもあっという間に治っていた。風邪を引いた時もだ。一晩眠れば、だいたい回復していた。
ただ単に体が頑丈なのかと思っていた。久我家で薬を貰えないから好都合だとも――まさか異能が関係していたなんて。
すると隣に座るナギも「確かに」と頷く。どうやら心結が異能者だと、思い当たる節があるらしい。
「心結が異能者であれば、その美人すぎる容姿にも納得がいく」
「っ!」
ナギに美人と思われていたなんて――初めて知った事実に、心結の顔に熱が集まる。きっと真っ赤になっているに違いない。見られないよう、急いで顔を覆う。
そんな心結を、ナギが不思議そうに見つめた。「どうした?」と、まるで他人事だ。自分のせいで心結がゆでダコになっているというのに……。
これには、年下のアスマも呆れ返る。
「皇の兄ちゃんさ、もうちょっと時と場所を選んで発言しろよ」
「どういうことだ?」
「無自覚なのか……」
やっと体を起こせるまで回復したアスマは、「よし」と。大股で二人へ近づく。
「もう帰るんだろ? 俺も一緒に行くわ。最強のお嬢に興味があるし!」
「え……」
アスマは殺し屋で、さっきまで自分の命を狙っていた異能者だ。そんな人を皇家へ呼んで大丈夫なのだろうか。
心配する心結をよそに、ナギはあっさりと頷く。
「アスマと言ったな。ちょうどお前に頼みたい事がある」
「報酬は?」
「はずむ」
だがな――とナギ。
「心結に興味を持つな。それが条件だ」
「え~」
唇を突き出すアスマ。一方の心結は間接的にナギに守られ、また顔が熱くなった。
「わーったよ、お嬢には無関心だ。これでいいだろ?」
「やけに従順だな」
「殺し屋の依頼をすっぽかしたから、久我家からの制裁が怖ぇんだよ。もしかして新たな殺し屋に、俺が狙われちゃうかも……。だから守ってくれよな、皇の兄ちゃん! あんたの嫁には手を出さないからさ」
「その言葉、忘れるなよ」
「ほどほどに覚えとくわ」
「……」
心結の目には、両者の間で火花が散っているのが見えた。幻覚、だろうか。
間に挟まれたながら心結は、腕の中からナギの横顔を見る。すると空色の瞳と、ちょうど視線がぶつかった。
「何かされる前に俺を呼べ。必ず守る」
「は、はい……っ」
「約束だぞ」
恥じらいを感じていないナギの凛々しい顔つき。それが心結とナギの間で生まれた愛の深さを表している気がして、心結は再びゆでダコと化した。
ナギが目を瞑った。
呼吸が速くて、浅い。
触れた手が、既に体温を手放している。
「……っ」
どうして見ているだけなのだろうか。どうして自分は、こうも無力なのだろうか。
悔しい、悔しい。
どうしたらナギを延命させられる?
泣きながら、もう冷たい彼の手を、頬へ押し当てる。
その時だった。
「愛してる、心結」
「っ!」
それは人生で一度も、誰からも言われたことのない言葉。これからも自分には縁がないと、諦めていた言葉。
だけどナギが言ってくれた。
「愛している」と言ってくれた。
まさか愛する人から言ってもらえるなんて――
「私もです、ナギ様。ずっとずっと……っ」
お慕いしております――ゆっくりと心結はナギへ口づけをした。すると弱い力だが、ナギからも反応がある。唇だけは、まだほんのりと温かい。
(いかないで……ナギ様っ!)
そう願った瞬間、ナギの体が光り始める。何が起きているか分からず、とっさにナギを抱きしめた。
すると肩に触れる柔らかな物、温かな体温。まさか――顔を上げると、なんとナギと目が合った。空色の瞳が、真っすぐにこちらを見ている。
「ナギ、様?」
「……心結?」
それ以上の言葉が見つからない二人は、起き上がってゆっくりと顔を近づける。まるで、目の前にいる人が本物か確かめるように。
「本当に、ナギ様……?」
「あぁ。だけど、何があったんだ?」
「分かりません、でも……」
驚きで止まっていた涙が、再び落ち始める。たまらず心結は、ナギへ抱き着いた。
するといつも冷たかったナギが、自分と同じくらい体温を取り戻していることに気付く。その温かさが「もうナギは大丈夫」と心結に教えてくれた。
本当に、ナギが生きている――
これ以上ない嬉しい事実に、凍り付いた心結の心が溶け始める。強張った体の筋肉が、一気に弛緩した。
「本当に良かった、ナギ様……っ」
「心結……」
震える体が、ナギの大きな体により包まれる。次に、ゆっくりと頭を撫でられた。何度も、何度も。
そのぎこちない手の動きから、ナギの生を実感できて……心結はさらに嬉しくなる。
その時だった。
「なるほど、そりゃ普通の嬢ちゃんなわけないわ。まさか、異能者だったなんてな」
さっきまで気絶していたアスマが、いつの間にか目を覚ます。
大量の雨に打たれてダメージを負っているのか、体を起こそうとしない。うつ伏せになったまま、ナギと心結を見つめた。
「心結が、異能者だと?」
聞き間違いだろうとナギが言えば、アスマが首を横へ振る。どうやら事実らしい。
「嬢ちゃんは異能者だ。さっき力を使って、ナギを全回復させた。俺は見たぜ」
「私が、力を……?」
ナギと心結は顔を見合わせる。寝耳に水の話に、互いの目が点になった。
だけど証言者がいる。しかもアスマは、続けてこんなことを言った。
「異能者のじいちゃんが言ってた。異能者の中には飛びぬけて力の強い奴がいるって。そいつは争いを嫌って姿を隠す、最強の異能者だって。俺はてっきり皇の兄ちゃんのことかと思ったけど……あんたのことだったんだな、お嬢」
「皇の兄ちゃん……」
「お、お嬢……」
アスマの呼び方に肩を抜かしつつ、ナギは顎に手を添える。
「俺は最強の異能者じゃないぞ」
「みたいだな。すぐに死ぬような奴が、強いはずないもんな!」
「……」
アスマの物言いは引っかかるが、その通りだ。この程度で倒れる自分が最強なわけがない。そうだとすれば、やはり心結が?
「心結が最強というのは、なぜだ?」
「力を使ったのに、その形跡が全く無い。お嬢、疲れてないだろ? つまり代償なしに、無限に能力を使えるってことだ。そんな能力者を最強と呼ばず、何と呼ぶ?
それに今まで開花してなかっただけで、力の片鱗ぐらい見えてたんじゃねーの?」
「そういえば……」
心結は怪我をした時、いつもあっという間に治っていた。風邪を引いた時もだ。一晩眠れば、だいたい回復していた。
ただ単に体が頑丈なのかと思っていた。久我家で薬を貰えないから好都合だとも――まさか異能が関係していたなんて。
すると隣に座るナギも「確かに」と頷く。どうやら心結が異能者だと、思い当たる節があるらしい。
「心結が異能者であれば、その美人すぎる容姿にも納得がいく」
「っ!」
ナギに美人と思われていたなんて――初めて知った事実に、心結の顔に熱が集まる。きっと真っ赤になっているに違いない。見られないよう、急いで顔を覆う。
そんな心結を、ナギが不思議そうに見つめた。「どうした?」と、まるで他人事だ。自分のせいで心結がゆでダコになっているというのに……。
これには、年下のアスマも呆れ返る。
「皇の兄ちゃんさ、もうちょっと時と場所を選んで発言しろよ」
「どういうことだ?」
「無自覚なのか……」
やっと体を起こせるまで回復したアスマは、「よし」と。大股で二人へ近づく。
「もう帰るんだろ? 俺も一緒に行くわ。最強のお嬢に興味があるし!」
「え……」
アスマは殺し屋で、さっきまで自分の命を狙っていた異能者だ。そんな人を皇家へ呼んで大丈夫なのだろうか。
心配する心結をよそに、ナギはあっさりと頷く。
「アスマと言ったな。ちょうどお前に頼みたい事がある」
「報酬は?」
「はずむ」
だがな――とナギ。
「心結に興味を持つな。それが条件だ」
「え~」
唇を突き出すアスマ。一方の心結は間接的にナギに守られ、また顔が熱くなった。
「わーったよ、お嬢には無関心だ。これでいいだろ?」
「やけに従順だな」
「殺し屋の依頼をすっぽかしたから、久我家からの制裁が怖ぇんだよ。もしかして新たな殺し屋に、俺が狙われちゃうかも……。だから守ってくれよな、皇の兄ちゃん! あんたの嫁には手を出さないからさ」
「その言葉、忘れるなよ」
「ほどほどに覚えとくわ」
「……」
心結の目には、両者の間で火花が散っているのが見えた。幻覚、だろうか。
間に挟まれたながら心結は、腕の中からナギの横顔を見る。すると空色の瞳と、ちょうど視線がぶつかった。
「何かされる前に俺を呼べ。必ず守る」
「は、はい……っ」
「約束だぞ」
恥じらいを感じていないナギの凛々しい顔つき。それが心結とナギの間で生まれた愛の深さを表している気がして、心結は再びゆでダコと化した。



