一方――舞踏館を後にした心結たちは、車でだまり屋へ着いたところだった。
「ナギ様……着きましたよ」
「……ん」
会場で「顔色が悪い」と心結に言ったナギだが、今はナギの顔色の方が優れない。帰りの車だって、ナギは俯いたきり。
行きと同じように眠っているのかと思った。しかし車を降りようとしたナギを見て、すぐにそうではないと気づく。ナギの顔が、恐ろしいほど青白いのだ。
「ナギ様……?」
「大事ない。このまま部屋で休む。心結も、ゆっくりしろ」
心結の頭に触れたナギは、車を降りる……いや、降りようとして体勢を崩した。
「ナギ様!」
地面へぶつかる!
慌てて手を伸ばした心結だが、間に合いそうにない。いや、間に合ったところでナギを支えるだけの力がない。どうしよう、このままでは――
「危ないなぁ」
「え……ヒスイ、さん?」
車から落ちるナギを受け止めたのは、なんとヒスイだった。朝からずっとだまり屋へいたのか、はたまた一度は家へ戻ったのか。
分からないが、ナギを受け止めたヒスイは、明らかに今までのヒスイとは違った。柔らかい笑みを浮かべているが、覚悟が決まったような。そんな笑みだ。
「お疲れ心結ちゃん。ナギを部屋へ運ぶから手伝ってくれん?」
「は、はい」
続けて心結も車を降りる。ヒスイに担がれたナギは、時間が経過するごとに荒い息へ変わっていく。心配する心結は、何度もナギを見ながら廊下を渡った。
使用人によって着替えさせられたナギは、自分の部屋で横になっている。その周りに、ヒスイと心結が腰を下ろした。
ナギの荒い息が、静かな浅い息へと変わっている。まるで病弱人そのものだ。
その呼吸音をかき消すように。落ち着いた声で、ヒスイが尋ねる。
「結婚式、どうだったん?」
「ナギ様に、迷惑をかけてしまいました。私と関わらなければ、久我家の者と会うことはなかったのに……。ナギ様が力を使ってくださったおかげで、こうして無事に戻ることが出来ました」
「……それが原因やろね」
「原因?」
何の話だろう。
理解が追い付かず、心結はヒスイを見やる。
「ナギは心結ちゃんに内緒にするよう言ったが……ごめんな。俺ってナギのこと友達だと思っとるし、まだ一緒にいたいから言うわ。
ナギは能力を使うと、自分の寿命が削られる」
「え」
「もう長くない。この様子やと、今晩が山とちゃう?」
「え……え?」
寝耳に水の話に、心結は混乱する。
だってナギの能力の代償は自分の命で、残された時間があと僅かなんて……。
呆然とする心結だが、あることを思い出す。
自分が作った広告のことだ。
「ナギ様がこうなったのは、もしかして私のせい……?」
「そうやろね……ナギにとって、客は死神やから」
一度心結を見たヒスイ。責めるでもなく怒るでもなく、真実を告げた。
「広告のおかげで人が来た。その分、ナギは能力を使い続けた。命を削りながら」
「どうして……言ってくだされば、私はっ」
「言えんかったんよ。さっきも言ったけど、ナギに止められた」
ヒスイが目を伏せる。
今朝のことを思い出しながら。
「店の手伝いをする時、心結ちゃんの顔が生き生きしとるって。それを見るのが、ナギの楽しみやったらしい」
「ナギ様の、楽しみ?」
「笑っとってほしかったんよ。君には、ずっと」
「!」
心結は、思わずナギを見た。もう血が通っていないほど青白い顔をしたナギを。
「どうして……だってナギ様は、ただ私を押しつけられただけで……っ」
勝吾からいやいや引き取ったはずでは?
なぜならナギと結婚が決まった際、ナギは後悔しているような顔をした。だから思ったのだ。どこへ行っても自分はお荷物なのだと。
しかし、ヒスイは首を横へ振る。
「ナギが結婚した理由はな、遺産を君へあげるためらしいわ」
「遺産……?」
「皇家も、だまり屋も、財産も。何もかもを心結ちゃんへ引き継がせるつもりや。そうすれば心結ちゃんは継続して実家へ支援金を渡せるし、生涯生活にも困らんだろうって」
「え……」
可哀想という「憐み」だけで結婚したのだと、そう思っていた。同情心で自分を引き取ってくれるナギは、どれだけ優しいのだろうと。しかし……
「でも当主って大変やん? 目が回るほど忙しいらしいし。だから負い目があったんちゃう?
全てを引き継がせると、心結ちゃんに苦労かけるって。結婚した時からナギは分かっとったんよ」
「~っ」
ナギの優しさ、それは思っていた以上だった。
ナギは底抜けに優しい。優し過ぎるほど、自分のことを思ってくれていた。出会った直後から、今日にいたるまで、ずっと。
それなのに私は――横たわるナギを見つめる。
これほど優しい人の命を、自分の手で削り取っていた。大事な人だと思っていたのに。ずっと一緒にいたいと役に立ちたいと、そう願っていたのに。
「ごめんなさい、ナギ様……ごめんなさい……っ」
平和な皇家をかき回して、ヒスイやリリーをも悲しませて。自分はとんだ疫病神だ。
絶望が心結を襲う。体に力が入らない。久我家を出てから今日まで、楽しかった思い出が音を立てて崩れていく。だけど壊したのは誰でもない、自分自身なんだ。
「私、私……」
ふらりと立ち上がる。ナギから一歩ずつ足が離れていく。
怖いのだ。これ以上近くにいたら、自分がナギを殺してしまいそうで。
「ごめんなさい……っ」
「あ、心結ちゃん!」
ちょうど来たリリーと、廊下ですれ違う。
「ちょっと何があったのよ、ヒスイ!」
「……」
ナギの一大事とヒスイに言われ、朝ぶりに屋敷へ戻ったリリー。青白い顔で横たわるナギの足元で、項垂れるヒスイを見つける。
「ナギが大事にしてきた子……結局、僕が傷つけてしもうた」
「ちょっと、どうしちゃったのよ! 早く心結ちゃんを止めないと!」
再び廊下に出て名前を呼ぶも、もう心結は姿を消していた。今にも雨が落ちそうな暗雲が、空一面に広がっている。耳を澄ませると、遠くで雷鳴が轟いた。すぐに夕立が来る。
「大変、心結ちゃんずぶ濡れになっちゃうわよ! 戻ってきて、心結ちゃんー!」
いつもと違う本来の声で、リリーが心結を呼ぶ。よく通る太い声だが、既に屋敷を飛び出していた心結に聞こえることはなかった。
「ナギ様……着きましたよ」
「……ん」
会場で「顔色が悪い」と心結に言ったナギだが、今はナギの顔色の方が優れない。帰りの車だって、ナギは俯いたきり。
行きと同じように眠っているのかと思った。しかし車を降りようとしたナギを見て、すぐにそうではないと気づく。ナギの顔が、恐ろしいほど青白いのだ。
「ナギ様……?」
「大事ない。このまま部屋で休む。心結も、ゆっくりしろ」
心結の頭に触れたナギは、車を降りる……いや、降りようとして体勢を崩した。
「ナギ様!」
地面へぶつかる!
慌てて手を伸ばした心結だが、間に合いそうにない。いや、間に合ったところでナギを支えるだけの力がない。どうしよう、このままでは――
「危ないなぁ」
「え……ヒスイ、さん?」
車から落ちるナギを受け止めたのは、なんとヒスイだった。朝からずっとだまり屋へいたのか、はたまた一度は家へ戻ったのか。
分からないが、ナギを受け止めたヒスイは、明らかに今までのヒスイとは違った。柔らかい笑みを浮かべているが、覚悟が決まったような。そんな笑みだ。
「お疲れ心結ちゃん。ナギを部屋へ運ぶから手伝ってくれん?」
「は、はい」
続けて心結も車を降りる。ヒスイに担がれたナギは、時間が経過するごとに荒い息へ変わっていく。心配する心結は、何度もナギを見ながら廊下を渡った。
使用人によって着替えさせられたナギは、自分の部屋で横になっている。その周りに、ヒスイと心結が腰を下ろした。
ナギの荒い息が、静かな浅い息へと変わっている。まるで病弱人そのものだ。
その呼吸音をかき消すように。落ち着いた声で、ヒスイが尋ねる。
「結婚式、どうだったん?」
「ナギ様に、迷惑をかけてしまいました。私と関わらなければ、久我家の者と会うことはなかったのに……。ナギ様が力を使ってくださったおかげで、こうして無事に戻ることが出来ました」
「……それが原因やろね」
「原因?」
何の話だろう。
理解が追い付かず、心結はヒスイを見やる。
「ナギは心結ちゃんに内緒にするよう言ったが……ごめんな。俺ってナギのこと友達だと思っとるし、まだ一緒にいたいから言うわ。
ナギは能力を使うと、自分の寿命が削られる」
「え」
「もう長くない。この様子やと、今晩が山とちゃう?」
「え……え?」
寝耳に水の話に、心結は混乱する。
だってナギの能力の代償は自分の命で、残された時間があと僅かなんて……。
呆然とする心結だが、あることを思い出す。
自分が作った広告のことだ。
「ナギ様がこうなったのは、もしかして私のせい……?」
「そうやろね……ナギにとって、客は死神やから」
一度心結を見たヒスイ。責めるでもなく怒るでもなく、真実を告げた。
「広告のおかげで人が来た。その分、ナギは能力を使い続けた。命を削りながら」
「どうして……言ってくだされば、私はっ」
「言えんかったんよ。さっきも言ったけど、ナギに止められた」
ヒスイが目を伏せる。
今朝のことを思い出しながら。
「店の手伝いをする時、心結ちゃんの顔が生き生きしとるって。それを見るのが、ナギの楽しみやったらしい」
「ナギ様の、楽しみ?」
「笑っとってほしかったんよ。君には、ずっと」
「!」
心結は、思わずナギを見た。もう血が通っていないほど青白い顔をしたナギを。
「どうして……だってナギ様は、ただ私を押しつけられただけで……っ」
勝吾からいやいや引き取ったはずでは?
なぜならナギと結婚が決まった際、ナギは後悔しているような顔をした。だから思ったのだ。どこへ行っても自分はお荷物なのだと。
しかし、ヒスイは首を横へ振る。
「ナギが結婚した理由はな、遺産を君へあげるためらしいわ」
「遺産……?」
「皇家も、だまり屋も、財産も。何もかもを心結ちゃんへ引き継がせるつもりや。そうすれば心結ちゃんは継続して実家へ支援金を渡せるし、生涯生活にも困らんだろうって」
「え……」
可哀想という「憐み」だけで結婚したのだと、そう思っていた。同情心で自分を引き取ってくれるナギは、どれだけ優しいのだろうと。しかし……
「でも当主って大変やん? 目が回るほど忙しいらしいし。だから負い目があったんちゃう?
全てを引き継がせると、心結ちゃんに苦労かけるって。結婚した時からナギは分かっとったんよ」
「~っ」
ナギの優しさ、それは思っていた以上だった。
ナギは底抜けに優しい。優し過ぎるほど、自分のことを思ってくれていた。出会った直後から、今日にいたるまで、ずっと。
それなのに私は――横たわるナギを見つめる。
これほど優しい人の命を、自分の手で削り取っていた。大事な人だと思っていたのに。ずっと一緒にいたいと役に立ちたいと、そう願っていたのに。
「ごめんなさい、ナギ様……ごめんなさい……っ」
平和な皇家をかき回して、ヒスイやリリーをも悲しませて。自分はとんだ疫病神だ。
絶望が心結を襲う。体に力が入らない。久我家を出てから今日まで、楽しかった思い出が音を立てて崩れていく。だけど壊したのは誰でもない、自分自身なんだ。
「私、私……」
ふらりと立ち上がる。ナギから一歩ずつ足が離れていく。
怖いのだ。これ以上近くにいたら、自分がナギを殺してしまいそうで。
「ごめんなさい……っ」
「あ、心結ちゃん!」
ちょうど来たリリーと、廊下ですれ違う。
「ちょっと何があったのよ、ヒスイ!」
「……」
ナギの一大事とヒスイに言われ、朝ぶりに屋敷へ戻ったリリー。青白い顔で横たわるナギの足元で、項垂れるヒスイを見つける。
「ナギが大事にしてきた子……結局、僕が傷つけてしもうた」
「ちょっと、どうしちゃったのよ! 早く心結ちゃんを止めないと!」
再び廊下に出て名前を呼ぶも、もう心結は姿を消していた。今にも雨が落ちそうな暗雲が、空一面に広がっている。耳を澄ませると、遠くで雷鳴が轟いた。すぐに夕立が来る。
「大変、心結ちゃんずぶ濡れになっちゃうわよ! 戻ってきて、心結ちゃんー!」
いつもと違う本来の声で、リリーが心結を呼ぶ。よく通る太い声だが、既に屋敷を飛び出していた心結に聞こえることはなかった。



