「お初にお目にかかります、皇家の当主ナギ様。この度は私たちの結婚式に来て下さりありがとうございます」
「……っ」
冴を認知した瞬間、心結は肩を震わせて俯いた。そんな彼女を守るように、再びナギが前へ立つ。当然、冴は気に食わない。ナギに見えないよう、静かに奥歯を噛み締める。
一方のナギは冴に目もくれず、持っていた盃をテーブルへ戻す。中身が空っぽになっていることに気付いた心結は、「新しいお飲み物を持って来ます」と、この場から姿を消した。
突然に訪れた、ナギと二人きりの時間。冴は笑みが止まらない。
(心結ったら、見た目は変わっても、やることは変わっていないわね。妻じゃなくて、ただの使用人じゃない)
冴は勝機を見出した。
さっきからナギは心結を守っているが、やはり二人は政略結婚。愛などあるわけがない。ただの政略結婚であれば、勝吾の時と同じように、また心結から奪える。
「皇家のことは風の噂で聞いておりました。まさか、これほど容姿がキレイなお方だったとは。お目にかかれて光栄でございます」
「……どうやら俺を忘れているようだな」
「へ?」
呆れたため息と共に告げられた、衝撃的な言葉。
「俺たちは〝初めまして〟ではない。会うのは二度目だ」
「……は?」
ナギの言葉に、冴は目を白黒させる。「ご冗談を」と笑い飛ばしても、ナギは表情を変えなかった。ウソではなく、どうやら本当のことらしい。
しかし、いくら記憶を遡ってもナギと出会った過去はない。これほどカッコイイ男と会っていれば、忘れるはずがないのに。
「私たち、一体どこで?」
「膝の傷を治した、と言えば分かるか?」
「傷を治す……え、あ!」
そこで冴は思い出した。心結から勝吾を奪った日のことを。あの日、だまり屋の店主が言った言葉を。
――俺は皇家の現当主、皇ナギ
冴は滝のように、一気に顔を青くする。
あの言葉、ウソではなかったのか。
「皇ナギ様が、だまり屋の店主? 本当に……?」
冴の傷を治したのは、髪がボサボサな異能者。ナギのように素敵な人ではなかった。だから暴言を吐いたのだ。自分も勝吾も、二人揃ってナギを「まがいもの」やら「うそつき」やら、ひどい言葉で罵った。
だが、蓋を開ければナギは本当に皇家の者だった。しかも現当主で、この世で一番だろう美男子――ことごとく予想が外れ、自分の運のなさに冴は発狂寸前だ。
(これほど屈辱的な誤算はないわ……!)
よく見れば、ナギの髪色は、まさに店主のそれではないか。銀色と薄茶色を混ぜたような独特な色。背丈も、そう。このように見上げるほど高かった。スラリとした背格好、俳優に似た体型をしている人が、そう何人もいるわけない……。
選択を誤った、過去の愚かな自分を思い出す。つまり冴は、自らナギを遠ざけ勝吾の手を取った。そして〝のし〟をつけて、心結を渡してしまったのだ。
全ては自分が仕組んだこと。
まさか全て裏目に出るなんて。
「ナギ様、お持ちしました」
その時、心結がグラスを持って戻って来る。右手で持ったグラスの下に、左手を添えていた。冴は思わず自分の手を見た。心結と同じく上品に振る舞っていたはずが、グラスを片手で持ち、もう片方の手は腰にあてていた。
知らぬ間に大きな態度をとっていたらしい。気配りできない自分自身に、また冴は腹をたてる。
抑えられない苛立ちを心結にぶつける。鋭い視線で心結を睨むと、彼女は再び体を震わせた。ぎこちなく視線を下げていく。
だけど、そんな彼女の頬に長い指が寄り沿った。
「心結、疲れたか?」
「い、いえ……大丈夫です」
「顔色が悪い。挨拶は終わったし、俺たちは失礼しよう」
「でも……」
心結は、チラリと冴を見る。その奥で、自分たちを指さしながら使用人に何らかの支持を出している勝吾の姿が見えた。
(今度は何をされるのだろう……)
心結は久我家で過ごした過酷な日々を思い出す。出来立ての味噌汁を眼球へかけられたこと、外の井戸で風呂を済ませていたこと、ご飯を与えられなかったこと――もう二度と、あんな日々を過ごしたくない。そして隣にいるナギにも、そんな思いをさせたくない。
(もしも勝吾が何かを企てているなら、守らなければ。
私が、ナギ様を――)
心結は、ナギの服を少しだけ握る。そして「皇家へ戻ります」と頷いた。もちろんナギは了承する。
しかし納得できないのが冴だ。
「それでは我々は失礼する」
「え、待ちなさいよ!」
冴が大声を出すも取り付く島もないのか、ナギと心結は出口へ向かう。
(何とかして引き止めなくちゃ!)
辺りを見回すと、テーブルに乗った熱いスープを見つける。冴は急いで使用人に注がせ、二人分の皿を持って追いかける。
「せめて、自慢のスープだけでも!」
もちろん演技だ。自慢のスープなどと言っておきながら、誰が何の材料で作った物か知らない。そんなことはいいのだ。この熱湯のようなスープが、心結にかかれば、それでいいのだ。
「待って……あ!」
いい感じの距離で躓き、円を描くように空中へ皿を放り投げる。それは見事に心結の背後をとり、あと数秒で頭からスープを浴びるだろう。冴はほくそ笑む。
しかし、僅かに振り向いたナギと視線が合う。冴の行動を、読んでいたのだ。
「 ≪ 結界 ≫ 」
心結の全身を覆うように、ナギの瞳と同じ青色の円が空中に浮き出た。ナギが異能を使ったのだ。
結界に当たった皿は、まるで落雷にあったように、一瞬で木っ端みじんになる。中身のスープも、塵さえ残らなかった。これには冴も、守られた心結も目を見開いて驚く。結界とは、これほど強い能力だったのかと。
「ば、化け物よ……やっぱり異能者は、化け物よ!」
見たことのない異能を目にし、ついに冴は発狂した。「早く出て行け!」と、やたらめったら近くにある物を、心結たちに向かって投げ始める。といっても、ナギの結界が全てを跳ね返したが。
そんな冴を見て、遠くから見ていた勝吾が駆け寄る。心結だけを引き止めたい気持ちはあったが、こんな状態の冴を残して心結を残らせたとあっては、久我家の信用はがた落ちだ。仕方なく、二人共々に「早く帰れ!」と怒声を浴びせた。
「……言われなくとも」
心結の肩を抱いたナギは、スッと姿を消す。同時に結界も消え、冴が投げた皿などが残るのみ。勝吾から「あの二人を摘まみ出せ」と言いつかった使用人たちも「どこ行った」と辺りを見回す。
「消えた……あれも異能の力なのか」
異能者の力量をまざまざと見せつけられ、勝吾は唖然としていた。その横で、冴が歯を鳴らして悔しがる。
「あの女、許さないんだから……!」
奥歯が擦れ、不協和音をが響く。勝吾を初め周りの者は冴を見て慄いたが、当の本人はなりふり構わず踵を返した。
「あの二人の仲を、引き裂かなくちゃ」
心結を見る、あのナギの目が欲しい。
あれほどの美形が、自分に心を奪われているところを見たい。
とどまることのない冴の欲求は、舞踏館から少し離れたところで具現化する。
「私に力を貸してくれる異能者はいないの⁉ いるなら、さっさと出て来なさいよ!」
一年間ずっと勝吾といたことにより、冴の身に〝勝吾の異能者嫌い〟が染みついていた。異能者を、身分の低いコマとしか見ていないのだ。
今だって、自分の都合よく異能者を使おうと、乱暴な口調で呼び出している。
「私の命令をを聞いてくれたら、報酬は弾むわ! なんたって私は資産家・久我勝吾の妻よ!」
横暴な言い方だが、しかし異能者にも様々な者がいるらしい。冴の声を聞き、興味本位で近づく一人の異能者。足音も立てず、冴の後ろに並んだ。
「何すりゃいいんだ」
「! 一人の人間を、殺してほしいのよ」
異能者の唐突な登場に驚きつつも、冴は後ろを振り返らないまま要件を伝える。
「皇ナギ、異能者よ。その妻の心結を殺して。もちろん誰がやったかバレないようにね」
「へえ、面白そーじゃん。報酬は?」
「あなたが心結を殺したら、私が皇家へ嫁入りする。そうしたら久我家を好きにしていいわ。有名名家は、一つでいいもの」
ニヤリと笑ったのは、冴だえではない。異能者も、冴と同じ表情で笑っている。
「異能者嫌いの久我家か。好きにしていいと言われたら、今まで散々好き勝手に嫌われた報復として、屋敷にいる者を全滅させてしまうかもしれないぜ?」
「構わないわ」
夫である勝吾の身の安全は、頭にかすりもしなかった。彼女の目には、自分がナギの妻になる未来しか見えていない。
しょせん久我家は、自分が飛躍するための土台。自分が皇家へ嫁いだ後は、滅びようがどうなろうが知ったこっちゃない。
「よし、契約成立だ」
ガサッと木々が揺れると、後ろにいた異能者の気配がさっぱりとなくなった。
まさか、もう行動を起こしているのだろうか? さっそく心結を殺しに行った?
「ふ、ふふふ……あはははっ!」
冴の高笑いが響く。
不穏な空気が空まで流れたか、さっきまで晴れていた空に、どんよりと分厚い雨雲が立ち込めた。
「……っ」
冴を認知した瞬間、心結は肩を震わせて俯いた。そんな彼女を守るように、再びナギが前へ立つ。当然、冴は気に食わない。ナギに見えないよう、静かに奥歯を噛み締める。
一方のナギは冴に目もくれず、持っていた盃をテーブルへ戻す。中身が空っぽになっていることに気付いた心結は、「新しいお飲み物を持って来ます」と、この場から姿を消した。
突然に訪れた、ナギと二人きりの時間。冴は笑みが止まらない。
(心結ったら、見た目は変わっても、やることは変わっていないわね。妻じゃなくて、ただの使用人じゃない)
冴は勝機を見出した。
さっきからナギは心結を守っているが、やはり二人は政略結婚。愛などあるわけがない。ただの政略結婚であれば、勝吾の時と同じように、また心結から奪える。
「皇家のことは風の噂で聞いておりました。まさか、これほど容姿がキレイなお方だったとは。お目にかかれて光栄でございます」
「……どうやら俺を忘れているようだな」
「へ?」
呆れたため息と共に告げられた、衝撃的な言葉。
「俺たちは〝初めまして〟ではない。会うのは二度目だ」
「……は?」
ナギの言葉に、冴は目を白黒させる。「ご冗談を」と笑い飛ばしても、ナギは表情を変えなかった。ウソではなく、どうやら本当のことらしい。
しかし、いくら記憶を遡ってもナギと出会った過去はない。これほどカッコイイ男と会っていれば、忘れるはずがないのに。
「私たち、一体どこで?」
「膝の傷を治した、と言えば分かるか?」
「傷を治す……え、あ!」
そこで冴は思い出した。心結から勝吾を奪った日のことを。あの日、だまり屋の店主が言った言葉を。
――俺は皇家の現当主、皇ナギ
冴は滝のように、一気に顔を青くする。
あの言葉、ウソではなかったのか。
「皇ナギ様が、だまり屋の店主? 本当に……?」
冴の傷を治したのは、髪がボサボサな異能者。ナギのように素敵な人ではなかった。だから暴言を吐いたのだ。自分も勝吾も、二人揃ってナギを「まがいもの」やら「うそつき」やら、ひどい言葉で罵った。
だが、蓋を開ければナギは本当に皇家の者だった。しかも現当主で、この世で一番だろう美男子――ことごとく予想が外れ、自分の運のなさに冴は発狂寸前だ。
(これほど屈辱的な誤算はないわ……!)
よく見れば、ナギの髪色は、まさに店主のそれではないか。銀色と薄茶色を混ぜたような独特な色。背丈も、そう。このように見上げるほど高かった。スラリとした背格好、俳優に似た体型をしている人が、そう何人もいるわけない……。
選択を誤った、過去の愚かな自分を思い出す。つまり冴は、自らナギを遠ざけ勝吾の手を取った。そして〝のし〟をつけて、心結を渡してしまったのだ。
全ては自分が仕組んだこと。
まさか全て裏目に出るなんて。
「ナギ様、お持ちしました」
その時、心結がグラスを持って戻って来る。右手で持ったグラスの下に、左手を添えていた。冴は思わず自分の手を見た。心結と同じく上品に振る舞っていたはずが、グラスを片手で持ち、もう片方の手は腰にあてていた。
知らぬ間に大きな態度をとっていたらしい。気配りできない自分自身に、また冴は腹をたてる。
抑えられない苛立ちを心結にぶつける。鋭い視線で心結を睨むと、彼女は再び体を震わせた。ぎこちなく視線を下げていく。
だけど、そんな彼女の頬に長い指が寄り沿った。
「心結、疲れたか?」
「い、いえ……大丈夫です」
「顔色が悪い。挨拶は終わったし、俺たちは失礼しよう」
「でも……」
心結は、チラリと冴を見る。その奥で、自分たちを指さしながら使用人に何らかの支持を出している勝吾の姿が見えた。
(今度は何をされるのだろう……)
心結は久我家で過ごした過酷な日々を思い出す。出来立ての味噌汁を眼球へかけられたこと、外の井戸で風呂を済ませていたこと、ご飯を与えられなかったこと――もう二度と、あんな日々を過ごしたくない。そして隣にいるナギにも、そんな思いをさせたくない。
(もしも勝吾が何かを企てているなら、守らなければ。
私が、ナギ様を――)
心結は、ナギの服を少しだけ握る。そして「皇家へ戻ります」と頷いた。もちろんナギは了承する。
しかし納得できないのが冴だ。
「それでは我々は失礼する」
「え、待ちなさいよ!」
冴が大声を出すも取り付く島もないのか、ナギと心結は出口へ向かう。
(何とかして引き止めなくちゃ!)
辺りを見回すと、テーブルに乗った熱いスープを見つける。冴は急いで使用人に注がせ、二人分の皿を持って追いかける。
「せめて、自慢のスープだけでも!」
もちろん演技だ。自慢のスープなどと言っておきながら、誰が何の材料で作った物か知らない。そんなことはいいのだ。この熱湯のようなスープが、心結にかかれば、それでいいのだ。
「待って……あ!」
いい感じの距離で躓き、円を描くように空中へ皿を放り投げる。それは見事に心結の背後をとり、あと数秒で頭からスープを浴びるだろう。冴はほくそ笑む。
しかし、僅かに振り向いたナギと視線が合う。冴の行動を、読んでいたのだ。
「 ≪ 結界 ≫ 」
心結の全身を覆うように、ナギの瞳と同じ青色の円が空中に浮き出た。ナギが異能を使ったのだ。
結界に当たった皿は、まるで落雷にあったように、一瞬で木っ端みじんになる。中身のスープも、塵さえ残らなかった。これには冴も、守られた心結も目を見開いて驚く。結界とは、これほど強い能力だったのかと。
「ば、化け物よ……やっぱり異能者は、化け物よ!」
見たことのない異能を目にし、ついに冴は発狂した。「早く出て行け!」と、やたらめったら近くにある物を、心結たちに向かって投げ始める。といっても、ナギの結界が全てを跳ね返したが。
そんな冴を見て、遠くから見ていた勝吾が駆け寄る。心結だけを引き止めたい気持ちはあったが、こんな状態の冴を残して心結を残らせたとあっては、久我家の信用はがた落ちだ。仕方なく、二人共々に「早く帰れ!」と怒声を浴びせた。
「……言われなくとも」
心結の肩を抱いたナギは、スッと姿を消す。同時に結界も消え、冴が投げた皿などが残るのみ。勝吾から「あの二人を摘まみ出せ」と言いつかった使用人たちも「どこ行った」と辺りを見回す。
「消えた……あれも異能の力なのか」
異能者の力量をまざまざと見せつけられ、勝吾は唖然としていた。その横で、冴が歯を鳴らして悔しがる。
「あの女、許さないんだから……!」
奥歯が擦れ、不協和音をが響く。勝吾を初め周りの者は冴を見て慄いたが、当の本人はなりふり構わず踵を返した。
「あの二人の仲を、引き裂かなくちゃ」
心結を見る、あのナギの目が欲しい。
あれほどの美形が、自分に心を奪われているところを見たい。
とどまることのない冴の欲求は、舞踏館から少し離れたところで具現化する。
「私に力を貸してくれる異能者はいないの⁉ いるなら、さっさと出て来なさいよ!」
一年間ずっと勝吾といたことにより、冴の身に〝勝吾の異能者嫌い〟が染みついていた。異能者を、身分の低いコマとしか見ていないのだ。
今だって、自分の都合よく異能者を使おうと、乱暴な口調で呼び出している。
「私の命令をを聞いてくれたら、報酬は弾むわ! なんたって私は資産家・久我勝吾の妻よ!」
横暴な言い方だが、しかし異能者にも様々な者がいるらしい。冴の声を聞き、興味本位で近づく一人の異能者。足音も立てず、冴の後ろに並んだ。
「何すりゃいいんだ」
「! 一人の人間を、殺してほしいのよ」
異能者の唐突な登場に驚きつつも、冴は後ろを振り返らないまま要件を伝える。
「皇ナギ、異能者よ。その妻の心結を殺して。もちろん誰がやったかバレないようにね」
「へえ、面白そーじゃん。報酬は?」
「あなたが心結を殺したら、私が皇家へ嫁入りする。そうしたら久我家を好きにしていいわ。有名名家は、一つでいいもの」
ニヤリと笑ったのは、冴だえではない。異能者も、冴と同じ表情で笑っている。
「異能者嫌いの久我家か。好きにしていいと言われたら、今まで散々好き勝手に嫌われた報復として、屋敷にいる者を全滅させてしまうかもしれないぜ?」
「構わないわ」
夫である勝吾の身の安全は、頭にかすりもしなかった。彼女の目には、自分がナギの妻になる未来しか見えていない。
しょせん久我家は、自分が飛躍するための土台。自分が皇家へ嫁いだ後は、滅びようがどうなろうが知ったこっちゃない。
「よし、契約成立だ」
ガサッと木々が揺れると、後ろにいた異能者の気配がさっぱりとなくなった。
まさか、もう行動を起こしているのだろうか? さっそく心結を殺しに行った?
「ふ、ふふふ……あはははっ!」
冴の高笑いが響く。
不穏な空気が空まで流れたか、さっきまで晴れていた空に、どんよりと分厚い雨雲が立ち込めた。



