隣にいる勝吾から「心結」と呟く声が聞こえた。ふりむくと、大層イイ女が立っている。驚いた冴は幻覚でも見ているのだろうかと、我が目を疑う。
「うそ……アレが心結⁉」
愛人ではなく妻となった冴は、前よりも自信に溢れていた。しかしその自信も、心結を前にすれば音を立てて崩れていく。自分よりもはるかに美しいドレスを着た心結に、何もかも劣っていると分かったからだ。
(全くの別人じゃない!)
心結の良さを引き立てる化粧、輝く宝石がいくつも埋め込まれた髪……比べて、自分には指輪が一つだけ。
心結についた宝石がリリーの異能であると知らない冴は、まるで財力の差を見せつけられた気がした。
しかも心結の穏やかな表情から、「幸せに過ごしている」と分かる。満たされた女が見せる顔だ。冴は舌打ちが止まらない。
(なによ!自分だけ幸せそうな顔をしちゃって!つくづく腹の立つ女!)
冴の頭に血が昇る。
心結が憎くて仕方がない。
しかも隣を見れば、勝吾が心結に向かって手を伸ばしている。まるで欲しいものへ縋る子供のようだ。これには冴も怒り狂った。
「ちょっと勝吾様!」
急いで手を引き、勝吾を手繰り寄せる。冴の視界が、怒りで赤一色に染まっていく。
(どうして私よりも心結に惹かれているのよ! 今日の主役は私よ⁉)
結婚式という特別な日を番狂わせした女。腹が立つ。今すぐ消してやりたい――!
「勝吾様、しっかりしてよ!」
「え、あ……」
心結へ心を奪われた勝吾は、冴に腕を掴まれ我に返る。そうだ、自分の妻はこっちだった。重い足を、冴の隣へ戻す。
「ねぇ勝吾様。まさか心結の方がいいなんて、言わないわよね?」
「い、言わない……」
「ふん!」
釘を刺したところで、冴は改めて心結を見る。その隣に並ぶナギも一緒に。
「心結は皇家と再婚したって聞いたけど、まさかあの人がそうなの?」
「当主の皇ナギらしい。俺はまだ信じちゃいないがね。だって風の噂だった皇家が、まさか存在していたなんて信じられないだろ? 心結は悪い奴に騙されているのさ」
「でも……」
会場を見渡すと、他の名家の視線が、全員といっていいほどナギへ向いている。それだけで〝位の高い人〟だと分かる。つまりあの人は、正真正銘の皇ナギだ。
勝吾よりもカッコよくて、地位も財産も申し分ない(むしろ久我家より上かもしれない)、完璧な男。
「ほしいわ……」
ポツリと呟く冴の声が、心結へ心を寄せる勝吾には聞こえなかった。むしろ隙あらば必死に心結の元へ行こうとしていた。
最初こそ呆れた冴だが、「いい機会だ」と勝吾を引き止めていた手を離す。すると勝吾は、一心不乱に心結へ近づいた。黙って冴も、その後を追う。
「心結!」
「あ……勝吾、様」
心結と目が合うと、勝吾はもうたまらなくなった。どこをどう見ても、心結が可憐で美しくて……再び手に入れたくて仕方ない。以前は、あれほど虐げていたというのに。
(どうしても、心結と寄りを戻したい……!)
とんでもない野心を抱いた勝吾。しかし途端に、心結が隠されて見えなくなってしまう。彼女を背にかばったのは、ナギだ。
「妻に何か?」
「あ……」
自分よりも背が高く、顔が整っている。更には他を圧倒する雰囲気。どれをとっても敵わない。
勝吾は、心結を「妻」と呼んだナギを色んな感情を込めて睨んだ。
「懐かしい対面なんだ。邪魔しないでくれ」
「……聞き入れられない」
「なに?」
勝吾の眉が、不愉快そうに跳ねる。しかしナギから告げられたのは、衝撃的な言葉だった。
「妻があなた達に怯えている。心当たりがあるはずだ」
「っ!」
表情を変えなかった冴に対し、勝吾はとっさに後ろ足を引く。動揺が隠しきれない。
そんな勝吾を見て「気に入らない」と言わんばかりに、ナギの眉間へシワが寄る。しかし意に介さなかったのは冴だ。虹色のドレスをわざとひらめかせ、ナギの視線を集める。
「それほど怖い顔をされながらも今日ここへ来てくれたのは、私のドレス姿が楽しみだったからでしょう? 欠席されていないのが何よりの証拠だわ」
自分に自信がある冴は、堂々と言ってのけた。しかし氷のように冷たい視線が、ナギから向けられる。
「今日を境に、皇家は久我家と縁を切る。それを言うためにココへ来た。今後一切、皇家と妻の心結に関わるな」
「そんなことを、わざわざこんな場で……!」
「都合が悪いか?」
ナギからの鋭い視線に、冴は絶句した。勝吾は、口悔しそうに顔を歪めている。
「そ、そもそも! 久我家を敵に回すとどうなるか、知らないのか!」
「問題ない」
勝吾がいくら大声を出そうが脅そうが、ナギの態度は一貫して変わらなかった。まるで、心結を守るためなら何でもすると主張しているようだ。
「名家の大事な誓約だ。証人もたくさんいる。反故したら社会的に信用を失うことは、久我家なら分かるな?」
そう付け加えたナギの言葉から、勝吾も冴も彼の覚悟を見る。どうあっても「縁切り」は避けられないらしい。
すると遠くで聞いていた義正が、鬼の形相で近寄って来た。
「皇様。今の話は、どういうことですかな」
「聞いた通りだ。そもそも、あまり慣れ合っていないのだから直接の損害はないだろう。
俺はただ金輪際、心結に近づいてほしくないだけだ。どうやらあなたのご子息は、美しいものに目がないみたいだからな」
「な、何を適当なことを!」
どうやら図星らしい勝吾が、心結を一瞥した。その視線だけで、どれほど心結を傍におきたいと思っているか――ナギにも、そして父である義正にも手に取るように分かる。
「勝吾、黙っていろ」
「と、父様……」
勝吾よりも義正は、話が通じるらしい。「あいわかった」と固く目を伏せた。
「今日を境に、皇家とは関わらない。こちらから願い下げだ。今日も早々に帰ることだ、摘まみ出されたくなければな」
「そうしよう」
義正は、ナギに背を向けて歩き出す。何をするかと思えば、舞台に立って演説を始めた。内容は、久我家と手を組むといかに利益があるかということ。他の名家が皇家へつかないように、早々に立て直しを計っているのだ。
勝吾は後ろ髪を引かれる思いで、義正についていく。そして各名家に挨拶周りを始めた。心結へ何度も視線を送りながら。
その様子を見るのは冴だ。当主と夫の情けない姿に、苛立ちが止まらない。
(だけど……)
冴には希望があった。
それはナギだ。
ナギと結婚することができれば、久我家など用済み。恋にどっちつかずな勝吾とも離婚できる。
冴は怒りを噛み殺し、笑みを浮かべる。改めて、「初めまして」と恭しくナギへ頭を下げた。
「うそ……アレが心結⁉」
愛人ではなく妻となった冴は、前よりも自信に溢れていた。しかしその自信も、心結を前にすれば音を立てて崩れていく。自分よりもはるかに美しいドレスを着た心結に、何もかも劣っていると分かったからだ。
(全くの別人じゃない!)
心結の良さを引き立てる化粧、輝く宝石がいくつも埋め込まれた髪……比べて、自分には指輪が一つだけ。
心結についた宝石がリリーの異能であると知らない冴は、まるで財力の差を見せつけられた気がした。
しかも心結の穏やかな表情から、「幸せに過ごしている」と分かる。満たされた女が見せる顔だ。冴は舌打ちが止まらない。
(なによ!自分だけ幸せそうな顔をしちゃって!つくづく腹の立つ女!)
冴の頭に血が昇る。
心結が憎くて仕方がない。
しかも隣を見れば、勝吾が心結に向かって手を伸ばしている。まるで欲しいものへ縋る子供のようだ。これには冴も怒り狂った。
「ちょっと勝吾様!」
急いで手を引き、勝吾を手繰り寄せる。冴の視界が、怒りで赤一色に染まっていく。
(どうして私よりも心結に惹かれているのよ! 今日の主役は私よ⁉)
結婚式という特別な日を番狂わせした女。腹が立つ。今すぐ消してやりたい――!
「勝吾様、しっかりしてよ!」
「え、あ……」
心結へ心を奪われた勝吾は、冴に腕を掴まれ我に返る。そうだ、自分の妻はこっちだった。重い足を、冴の隣へ戻す。
「ねぇ勝吾様。まさか心結の方がいいなんて、言わないわよね?」
「い、言わない……」
「ふん!」
釘を刺したところで、冴は改めて心結を見る。その隣に並ぶナギも一緒に。
「心結は皇家と再婚したって聞いたけど、まさかあの人がそうなの?」
「当主の皇ナギらしい。俺はまだ信じちゃいないがね。だって風の噂だった皇家が、まさか存在していたなんて信じられないだろ? 心結は悪い奴に騙されているのさ」
「でも……」
会場を見渡すと、他の名家の視線が、全員といっていいほどナギへ向いている。それだけで〝位の高い人〟だと分かる。つまりあの人は、正真正銘の皇ナギだ。
勝吾よりもカッコよくて、地位も財産も申し分ない(むしろ久我家より上かもしれない)、完璧な男。
「ほしいわ……」
ポツリと呟く冴の声が、心結へ心を寄せる勝吾には聞こえなかった。むしろ隙あらば必死に心結の元へ行こうとしていた。
最初こそ呆れた冴だが、「いい機会だ」と勝吾を引き止めていた手を離す。すると勝吾は、一心不乱に心結へ近づいた。黙って冴も、その後を追う。
「心結!」
「あ……勝吾、様」
心結と目が合うと、勝吾はもうたまらなくなった。どこをどう見ても、心結が可憐で美しくて……再び手に入れたくて仕方ない。以前は、あれほど虐げていたというのに。
(どうしても、心結と寄りを戻したい……!)
とんでもない野心を抱いた勝吾。しかし途端に、心結が隠されて見えなくなってしまう。彼女を背にかばったのは、ナギだ。
「妻に何か?」
「あ……」
自分よりも背が高く、顔が整っている。更には他を圧倒する雰囲気。どれをとっても敵わない。
勝吾は、心結を「妻」と呼んだナギを色んな感情を込めて睨んだ。
「懐かしい対面なんだ。邪魔しないでくれ」
「……聞き入れられない」
「なに?」
勝吾の眉が、不愉快そうに跳ねる。しかしナギから告げられたのは、衝撃的な言葉だった。
「妻があなた達に怯えている。心当たりがあるはずだ」
「っ!」
表情を変えなかった冴に対し、勝吾はとっさに後ろ足を引く。動揺が隠しきれない。
そんな勝吾を見て「気に入らない」と言わんばかりに、ナギの眉間へシワが寄る。しかし意に介さなかったのは冴だ。虹色のドレスをわざとひらめかせ、ナギの視線を集める。
「それほど怖い顔をされながらも今日ここへ来てくれたのは、私のドレス姿が楽しみだったからでしょう? 欠席されていないのが何よりの証拠だわ」
自分に自信がある冴は、堂々と言ってのけた。しかし氷のように冷たい視線が、ナギから向けられる。
「今日を境に、皇家は久我家と縁を切る。それを言うためにココへ来た。今後一切、皇家と妻の心結に関わるな」
「そんなことを、わざわざこんな場で……!」
「都合が悪いか?」
ナギからの鋭い視線に、冴は絶句した。勝吾は、口悔しそうに顔を歪めている。
「そ、そもそも! 久我家を敵に回すとどうなるか、知らないのか!」
「問題ない」
勝吾がいくら大声を出そうが脅そうが、ナギの態度は一貫して変わらなかった。まるで、心結を守るためなら何でもすると主張しているようだ。
「名家の大事な誓約だ。証人もたくさんいる。反故したら社会的に信用を失うことは、久我家なら分かるな?」
そう付け加えたナギの言葉から、勝吾も冴も彼の覚悟を見る。どうあっても「縁切り」は避けられないらしい。
すると遠くで聞いていた義正が、鬼の形相で近寄って来た。
「皇様。今の話は、どういうことですかな」
「聞いた通りだ。そもそも、あまり慣れ合っていないのだから直接の損害はないだろう。
俺はただ金輪際、心結に近づいてほしくないだけだ。どうやらあなたのご子息は、美しいものに目がないみたいだからな」
「な、何を適当なことを!」
どうやら図星らしい勝吾が、心結を一瞥した。その視線だけで、どれほど心結を傍におきたいと思っているか――ナギにも、そして父である義正にも手に取るように分かる。
「勝吾、黙っていろ」
「と、父様……」
勝吾よりも義正は、話が通じるらしい。「あいわかった」と固く目を伏せた。
「今日を境に、皇家とは関わらない。こちらから願い下げだ。今日も早々に帰ることだ、摘まみ出されたくなければな」
「そうしよう」
義正は、ナギに背を向けて歩き出す。何をするかと思えば、舞台に立って演説を始めた。内容は、久我家と手を組むといかに利益があるかということ。他の名家が皇家へつかないように、早々に立て直しを計っているのだ。
勝吾は後ろ髪を引かれる思いで、義正についていく。そして各名家に挨拶周りを始めた。心結へ何度も視線を送りながら。
その様子を見るのは冴だ。当主と夫の情けない姿に、苛立ちが止まらない。
(だけど……)
冴には希望があった。
それはナギだ。
ナギと結婚することができれば、久我家など用済み。恋にどっちつかずな勝吾とも離婚できる。
冴は怒りを噛み殺し、笑みを浮かべる。改めて、「初めまして」と恭しくナギへ頭を下げた。



