旦那さま、ずっと私と生きてくれませんか?

 そうして出来上がった広告のおかげで、絶えることなく客がだまり屋へやって来た。どうやら心結は、広告に関して秀でた感覚があるらしい。

「だまり屋」の文字は温かな丸みを帯びた文字で、店主が接客をしている絵を、薄めた墨汁でサラリと描いている。響丸が「心結様は文字だけでなく絵もお上手なんですね!」と、連日習いに来るほどだ。

 来客が増えてからというもの、心結の仕事は広告を作るだけではなくなった。店に出て、受付も初めたのだ。

 初めて心結が受付を申し出た時、ナギに反対された。それはもう頑なだった。しかし屋敷にいるだけというのも手持無沙汰なので、「どうしても」とお願いしたのだ。

「疲れたら奥へ引っ込むこと、いいな?」
「……はい」

 また心結が倒れると思っているのか、ナギは用心深かった。初めて客の相手をした時だって、心配そうに何度も視線を送って来たことを心結は知っている。

「ありがとうございました」

 客を帰し、次の客が来るまで休憩する。心結は、少しだけチクリと言ってみた。

「旦那様、私のことは大丈夫ですよ?」
「……別に何も言っていない」
「心配だと……目が、そうおっしゃっていました」

 目は口ほどに物を言うとことわざがあるが、本当にその通りだ。釘を刺されたナギは咳払いをし、文机に向かう。どうやらはぐらかす気らしい。なんだか子供っぽく見え、思わず笑みがもれた。

「そう言えば、お前は結婚式をしなくていいのか」
「え……」

 ついに勝吾の結婚式が明日に迫る。

 特注のドレスと靴は、ひばり屋からもう届いている。志乃婦が直々に皇家へ届けてくれ「どうしてもお写真を!」と言われたが、二人は丁重にお断りした(これには志乃婦だけでなく皇家の使用人も肩を落とした)。

 当時のことを思い出し、心結は笑みを浮かべる。

「私は、結婚式に思い入れはありません。勝吾様との祝言も、いい思い出はないですし……」

 政略結婚だけど幸せな夫婦になれるはず――そう希望を抱きながら笑みを絶やさなかった心結に、勝吾は「薄気味悪いから笑うな」と言った。その出来事が原因で、ナギと出会うまで心結は能面をつけたように過ごした。そんな祝言が、いい思い出なわけがない。

 壮絶な背景を悟ったのか、ナギは「そうか」と短く返事をする。

「皇家としても式に重きを置いていない。だから関係者にも、書面のみで結婚したことを伝えた。しかし心結の気持ちを聞いていなかったなと……今さらだが」
「いいえ……配慮くださり、嬉しいです」
「……いや」

 いいならいい、と。ナギは目を伏せる。前より短くなった前髪は、今日も彼の整った顔を露わにしていた。さっきの女性客も、ナギの美貌に目を奪われながら退店していたことを思い出す。

「そう言えば、さっきのお客様の二番目に大事なものって……」
「スー……」

 心結は慌てて口を閉じる。まさか、この短時間でナギが眠ってしまうなんて。

 心結は奥から薄手の布を持って来て、壁に寄りかかるナギへかけた。その時、ふとある物に目がいく。

(これは、かんざし?)

 文机の上に置かれていたのは、かんざし。見たことない物だ。きっと、さっきの客が渡した「二番目に大切な物」だろう。しかしお世辞にもキレイとは言い難い。所々サビており、装飾もはがれかけている。高価な物であれば、こんな傷み方はまずしない。

(これが二番目に大切な物? よほど思い入れがあるのかしら。だけど……)

 ナギの労力に見合った対価がもらえているのか。心結は心配になって来た。きっと、この二番目に大切な物が報酬であり、だまり屋の資金源なのだ。それが一般的に価値の低いものであった場合、ナギはタダ働きをしていることになる。

(まさか適当な物を渡された、とか……?)

 思えば、二番目に大切な物というのは基準が曖昧だ。お金の方がハッキリしているように思える。

(旦那さまに損がなければいいのだけど……)

 不安になってナギの顔を見る。その瞬間、心臓が止まるかと思った。

 なぜならビックリするほどナギの顔が青白くなっているからだ。これは病人の顔色だ。

「旦那さま……?」

 控えめに肩を揺する。それでもナギは起きない。目を覚ますまで、小刻みに力を加えていく。起きない、起きない――すごい速さで、心結へ焦りが募っていく。

「旦那さま、旦那さま……っ!」

 息はしている。だけど浅い息だ。今にも止まってしまいそうなほど、か細い呼吸。