「心結さまは、本当にお綺麗な方ですねぇ」
「え……」
響丸から食事をもらう。久しぶりの食事だと見抜かれていたのか、響丸は胃の負担が少ないようおかゆを作っていた。そのおかげで、ゆっくりではあるが心結は完食することができた。すると少しだけ元気になれた気がして。こうして響丸とお喋りをしている。
「今までたくさんの男性に声をかけられたのでは?」
「いえ……」
心結の父は、心結を外へ出そうとしなかった。理由は、変な男に目をつけられないため。自分たちが望む名家以外と結婚させまいと、半ば軟禁状態にしていた。
年頃の心結は、外へ出られず寂しい思いをしたものだ。だからずっと「大人になれば街へ行きたい」と願っていた。その願いは〝勝吾と冴の荷物持ち〟という最悪の形で成就してしまうわけだが。そういう意味では、心結と自由は、昔からほとほと縁がなかった。全ては、自分自身のせいで。
「しょせん私は、顔だけ……なのです」
「え?」
この顔でなければ父母に過剰なまでに囲われることはなかったろうし、この顔でなければ久我家に嫁ぐこともなかった。言わば自分への災厄は、全てこの顔のせい、ともいえる。
「私は、自分の顔が……嫌いです」
「心結さま……」
「……すみません」
年下の、しかもまだ子どもに、自分のような大人が弱音を吐くなんて。申し訳なさと情けなさが心結を襲う。しかし心結の心配事とは反対に、響丸は笑みを浮かべた。
「私は、心結さまのことが好きですよ。もちろん顔ではなくて、お心が。心結さまが優しい方だと何となく分かるのです」
「私が、優しい……?」
自分のことを厄介者だと思うことはあったが、優しいと思ったことはない。久我家では常に邪魔者であったし、役に立たない自分に落胆する日々だった。
そんな自分のことを、まさか「優しい」と言ってくれる人がいるなんて。心結の心に温かな灯が灯る。
今までウソをつかれてきたことはあった。もしかしたら響丸の言葉も、自分を慰めるだけのウソかもしれない。だけど……穏やかな顔で語ってくれる響丸の言葉は、信じてみたい――
心結は謝らなかった。否定する言葉も言わなかった。ただ少し、ほんの少しだけ前を向く。
「優しくなれるよう、頑張ります」
「もう既にお優しいですよ」
ケラケラと、響丸が年相応に笑う様子を見て、つられて笑う。胸に希望を宿しながら。
(私がこれまで求めていた物。もしかしたら、それは皇家にあるかもしれない)
心結が笑った後。照れた響丸は「それはそうと」と背筋を正す。
「目は良くなられたようですが、風邪は治っていませんよね? だから、ちゃんと寝てください。約束ですよ?」
「わかり……」
「ご飯の準備とか、そういった家事もなさらないでくださいね?」
「っ!」
心の底を見抜かれた気がして、心結の肩がギクリとはねる。もしかして久我家でしてきたことが筒抜けなのだろうか。使用人のような……いや、それ以下の扱いを受けて来たと。もし知られているのであれば……恥ずかしい。情けなくて、穴があったら入りたくなった。
心結は顔を隠すように、響丸にお辞儀をする。
「分かりました……何も、しません」
「あ、わたしとお喋りはしてくださいね、心結様!」
「……はい」
かしこまった心結を元気づけるようおどけた響丸だが、心結はさっきみたいに笑みを返せなかった。久我家のことを思い出すと、どうしても笑う事ができないのだ。
「では……この辺で失礼しますね。ゆっくり休んでください。おやすみなさいませ」
「お、おやすみなさい……」
心結の気配を察し、一人にしてくれるなんて――またしても年下に気を遣わせてしまった。罪悪感に押しつぶされそうだ。
しかし響丸の気遣いに、少しだけ心が救われる。
(お喋りしていい、なんて……)
久我家にいた時では考えられないことだ。口を開けば「うるさい」と罵られてきた心結にとって、自由に「おしゃべり」することは、特別だ。聞くだけで胸がときめく。久我家を思い出して沈んだ心が、少しだけ軽くなる。
そんな心結の心を具現化するように。響丸が通った襖と襖の間から、茜色の光が差し込んだ。夕日が、空をきれいに染めている。
(空……こんなに、キレイだったかしら)
見上げながら、ナギの瞳を思い出す。きれいな、あの空色の瞳を。
(さっき旦那様は、きっとウソをついてくれたのね)
両親が「自分の幸せを望む」はずがない。喜ぶとしたら、皇家という後ろ盾を得られた幸運さだろう。しかしナギは、
――お前が幸せになるのであればと、結婚を喜んでいた
そう言った。心結を傷つけないために、言葉を選んでくれたのだ。
ナギは言葉数が少ないし顔も見えないから、どこか冷たく見える。だけど、ただ冷たいだけではないらしい。またしても、心結の心が軽くなる。
今まで与えられてこなかった優しさを一気にもらっている気がする。とてつもなく嬉しくて……声にならない小さな声でお礼を述べる。
「ありがとう、ございます……っ」
その後は響丸に言われた通り、家事をせず深い眠りにつく。久しぶりに見た夢は起きた瞬間に忘れてしまったけれど、口を開けて楽しそうに笑う自分がいた気がした。
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