旦那さま、ずっと私と生きてくれませんか?

 
「目か……」
「ナギ様?」
「心結が起きたら俺を呼べ。治癒をする」
「ナギ様はどちらへ?」
「花本家へ使いを出す」

 心結と結婚したことを報告しなければならない、面倒なことだ。ナギは首を鳴らしながら立ちあがる。襖の取っ手へ手を掛けると、響丸の声が背中にぶつかった。

「結婚したことを文一つで済ませるのですか? 祝言は……」
「行わない」

 キッパリとした言い方に、響丸は唖然とする。彼の瞳が「祝言をあげるべき」と訴えているが、ナギは無言で退けた。金さえ入れば娘のことはどうでもいい花本家だ。そんな家へわざわざ赴くまでもない。祝言なんてもってのほかだ。しかし響丸は、別のことを問題視していた。

「心結様は、祝言をあげたくないのでしょうか。最近は西洋風の祝言、結婚式なるものも広がっていますし」
「……」

 何をしたら女性が喜ぶか、と考えるのは専門外だ。しかも今回に至ってはなりゆきで結婚したまでのこと。考えてやる義理もない。ナギは質問に答えず、響丸へ背中を向ける。

「ここは任せるぞ」
「祝言も結婚式も、上げないつもりですね」

 いつもより低い響丸の声に、ナギは足を止めた。ややムキになっているように見える響丸。今まで辛い思いをしてきた心結が少しでも幸せになればと、幼心にも芽生えているのだろうか。

「ナギ様。形だけとはいえ心結様とご結婚されたのであれば、心結様のおそばにいてください。あなたの奥様でしょう?」
「……」

 しかし、いくら響丸が心結の幸せを願おうが関係ない。ナギは顔だけ振り返る。

「寝ている奴のそばにいて、それに何の意味がある?」
「!」

 冷たい一言を吐き捨てたナギは、そのまま部屋を出る。そんな我関せずの当主の背中を、響丸はため息をついて見た。

「もう、そうやって人と距離をとりたがるんですから」

 その声が聞こえたか聞こえなかったか。廊下を歩くナギは息を吐いた後、解いた結界を、もう一度かけ直した。

  ❀

 静かな夜だ。
 目を瞑りながら心結は思う。

 それに温かい。ふかふかの布団が肌へ吸い付くようだ。毎晩、寒さに凍えていたというのに。ここは、まるで天国だ――

「……え?」

 遠くで雀の声が聞こえた。今が夜だと勘違いしている心結は、夜に聞くはずない雀の声を聞き、すごい勢いで意識を取り戻す。

「……!」

 寝すぎてしまった。朝ごはんの支度をしないといけないのに。混乱する頭を抱え、慌てて起き上がる。しかし無念にも、もう一度布団へ身を沈めた。二度寝を目論んだのではない。起き上がろうとしたが出来なかったのだ。鉛のように体が重たいだけでなく、目が痛んで開けられない。左目を抑えながら、頭だけ動かした。

「私は……」

 一体どうしたのだろう――すると襖の向こうで二人の影が映る。大きい影と、小さい影。それらが、なにやら話をしている。

「いいですか? 心結さまはご病気なのですから、優しく接してあげてくださいね?」
「……はぁ」

 叱咤する声と、面倒くさそうなため息。その声がナギと響丸と分かるのに時間はかからなかった。

 そういえば勝吾と離婚して、すぐにナギと結婚した。そして今は皇家の屋敷に住んでいる。心結は全てを思い出す。

「入るぞ……おい、何をしている」

 ナギが入って来る直前、心結は体に鞭を打ち、布団の横へ正座する。そして額がつくまで頭を下げた。

「こんな時間まで眠ってしまい……申し訳、ありませんでした……」
「いや……」

 本当は「病人は寝るのが仕事だろう」と思ったが、わざわざ言う事でもないため、ナギは「いや」でとどめる。そんな言葉足らずの当主を、響丸が肘で小突いた。

「心結様はご病気なので寝てください。すごい熱なんですよ?」
「熱……?」

 この体の重さは熱が原因だったのか。ここ一年は風邪を引こうが怪我をしようが、全て自力で治していたから気づくのが遅くなってしまった。迷惑を、かけてしまった。

「申し訳ありません……」
「おい」
「え、ひゃっ」

 突然に膝を折ったナギの顔が、一気に心結の近くへ寄った。相変わらず長い前髪で顔は隠れているが、ナギから出る空気は一般人のそれとは全く違う。圧倒されるのだ。心結は、再び頭を下げた。すると頭上から、初めて聞いた時と同じく心地よい声が降って来る。