寝ても冷めても彼ばかり



誰かと笑ってる高雅を見ると淋しくなる。息が苦しくなる。
逆に、触られると胸が弾む。優しい声で囁かれると、彼にもたれて眠りたくなる。
甘え過ぎだな。
さすがに頭おかしいと思い、両の頬を叩いた。自分の感情、願望が謎過ぎて笑えない。気持ちを切り替えて、俺も黒子に徹しよう。
もう充分だ。同じ学校に通えるだけであんなに嬉しかったんだから。
「高雅。これ、前に言ってた新作イヤホンのパンフレット。父さんが持ってたから貰ってきた」
「お! 日色、サンキュー!」
登校してすぐ高雅を見つけたから、パンフレットを渡した。以前と比べ女子を侍らしてないし、確実に変わってきている。
高雅と二人で過ごす時間が増えた。これも地味に嬉しい。
「去年よりノイキャン性能上がってる。これ良いな」
「いくら?」
「五万」
「うわ」
目眩がする。高校生が手を出す金額のイヤホンじゃないだろ、とツッコみたくなった。
俺は父が勤めるメーカーの製品しかチェックしてないけど、高雅はスペック重視で他社製品もバンバン使う。多分三度の飯よりガジェットが好きなガジェッターだ。

彼ほどじゃないけど俺も好きだから、隣の席に腰を下ろした。
「確かに高いし、これは無理だな。……でもそうだ、日色。来月新作スマホの発表イベントがあるんだって」
「あぁ、うん。知ってる」
「一緒に行こ?」
高雅はパンフレットから顔を上げ、満面の笑みを浮かべた。
こういう時の彼も、何というか……子どもみたいで可愛い。しかし悟られないよう、無表情で頷いた。
「いいよ」
「やった! 約束な」
彼は上機嫌で俺の頭を撫でた。教室ではやめろと言ってるのに、相変わらずスキンシップ過多だ。
結局、本気で振り払えない俺が一番やばい。
高雅がまた新作の話題で盛り上がってる間、俺はスマホのスケジュールアプリに来月のイベントを入力した。
「日色、昼何食べたい?」
「ちょ、自分で選ぶって」
「いいからいいから」
昼休憩になると、高雅は売店についてきた。いつもは学食を利用するのに、間戸の一件からめちゃくちゃ俺に構ってくる。
ひとりで大丈夫なのに、そこまで心配か?
それとも女子と絡まなくなって暇なのか。
日替わり弁当を買い、中庭の人が少ないベンチに腰掛ける。高雅は弁当を端に置き、は〜、と空を見上げた。

「こういうの、何かいいよな」
「何が?」
「ゆるゆる喋って、静かな場所で一緒に食うの。何でもっと早くにしなかったんだろ、って後悔してる」
「……!」

正直に言うと、彼がそんな物思いに耽ってることに驚いた。
高雅はあまり過去は振り返らない。起きたことは仕方ないと割り切るタイプだ。なのに俺と過ごさなかった時間を後悔してるなんて。
おかしいな。何かどきどきする。

「……まだ夏にもならないし、これからだろ」
「はは、そうなんだけど。いつもの日色を見逃してたことは悔やしい」
「何それ」

可笑しくて吹き出す。弁当に入ってる卵焼きを箸でとり、彼の口の前に差し出した。
「これからいつでも見られるじゃん。俺はずっとお前の傍にいるんだから」
「……そ」
高雅は卵焼きを頬張ると、俺の唇を指でなぞった。
「俺も十年前からそのつもり」
「十年って、初めて会った頃じゃん」
「あぁ。お前は忘れてるかもしれないけど、約束したから」
ごくんと卵焼きを飲み込み、彼は俺との距離を縮めた。
鼻先があたりそうなほど近くに顔を寄せ、懐かしそうに目を細める。

「今も昔も、俺の気持ちは変わらないよ」
「……っ」

まただ。この目に見つめられると、息ができなくなる。
物を上手く飲み込めず、ペットボトルのお茶を飲んだ。しかし今度は高雅に唐揚げを差し出されてしまう。
先に「あーん」させたのは俺だけど、恥ずいな……。
「ほら、日色」
「……はいはい」
諦めて口を開ける。高雅の弁当に入ってた唐揚げは思ったより大きくて、飲み込むのに時間がかかった。喋れないから咀嚼してる間彼と無言で見つめ合う形になる。マジで何なんだ、この時間は。
頼むから、その……可愛い子どもでも見るような目をやめてくれ。
やっとのことで唐揚げを飲み込み、またお茶を飲む。その一々を、彼は満足そうに眺めていた。
「おい、その品定めみたいな目やめろ」
「人聞き悪いな。今日も俺の日色は可愛いなぁって思ってただけだよ」
「〜〜っ。だっから……」
そういう気障な台詞をやめろって言ってるのに。高雅は残りをあっという間にたいらげ、お茶を飲んだ。
二人で過ごせるようになったのは良いけど、これはこれでまずいかも。

俺の心臓がもたない────。

スマホの鏡アプリを起動させ、密かに自身の顔を映す。
めちゃくちゃ火照ってるから心配してたけど、案の定。耳まで真っ赤になってる。高雅が気付く前に逃げねば。
「……あ、用事思い出した。高雅、俺先に教室戻る」
「ん? じゃあ俺も戻る」
「いやいや、お前はまだゆっくりしてな。じゃっ」
そそくさと立ち去ろうとしたが、腕を掴まれてバランスを崩す。屈辱的なことに、彼の膝に座ってしまった。
「おっ、急にあまえたモード? 大歓迎だけど」
「違う!!」
単に倒れただけだと言い、慌てて立ち上がった。結局真正面から向き合ってしまったけど、今なら怒りで真っ赤になってると思ってくれそう。これはこれで助かった。
「急に引っ張ったら危ないだろ。マジで急いでるから、後でな」
窘め、さりげなく彼の空の弁当も持って逃亡した。
は〜〜っもう……高雅がやることなすこと全部どきどきして、まるで罰ゲームだ。
用事なんてないけど、放課後まで身が持たない。教室に入ると、こちらに気付いた中許がやってきた。
「箱崎、ちょうど良かった。さっき間戸が教室に来て、お前と高雅を捜してたよ」
「えっ、何で?」
「何か次のバスケ大会観に来てほしいってさ。俺も誘われたけど、その日は部活あるから断った」
「そ、そうか。サンキュー」
ちょっと焦ったけど、健全な理由で良かった。スマホを見ると、確かに『試合観にきて!』とメッセージがきていた。同じ文章三連続で。

「てか箱崎、何か顔赤くない?」
「いっいや別に……」
「めっちゃ赤いぞ。熱でもあるんじゃね」

中許は怪訝な表情で前に踏み出してきた。俺の額に手を当て、熱がないか確かめる。その力はちょっと強かった。
「中許、大丈夫だよ。熱ではない。絶対」
「ほんとか? お前意外と鈍感だから、気付かなそうなんだよな」
彼は心配そうに呟き、自身の額にも手をあてる。
ぶっちゃけ中許もクラスで一、二を争うイケメンで、あまり近くに顔を近付けられると緊張する。普通に劣等感爆発するし、恥ずかしくなる。
でも、不思議なことに彼も高雅と同じ。世話焼きで、俺に対し尋常じゃなく優しい。
理由はわからないけど……よくよく考えると、ここで怖い想いをしたことって一度もないや。
彼の手のひらの冷たさに瞼を伏せる。と同時に、鼓膜を揺さぶる低音が降りかかった。
「二人とも、どうしたの?」
「高雅……」
中許の上擦った声が聞こえ、すぐさま目を開ける。見ると、中庭から戻ってきた高雅がこちらを見ていた。
「いや。箱崎の顔が赤いから、熱でもあるんじゃないかと思って」
「ほんと? サンキュー、それじゃ俺も確認する」
「いやいや、大丈ウッ!」
マジでどういう流れなのか。高雅は俺の額に手をあて、顔を顰めた。考えてる素振りをしてるけど、いつも彼を見てる俺からすればわざとらしい。
「確かにまずいな。熱あるかも。いや絶対ある」
「じゃ、保健室に」
「大丈夫、俺が連れて行く。もう五時間の授業始まるから、先生に伝えておいてもらえるかな?」
高雅は動揺する中許に言い募り、俺を廊下に連れ出した。熱なんてないのに、ちょっと暴走し過ぎだ。
「こら、高雅。落ち着けって!」
本当に保健室に行こうとしてるから、慌てて踏ん張った。彼の手をふりほどき、乱れた襟を整える。
「悪ノリし過ぎだぞ。中許にあんなこと頼んで、教室に戻りづらいだろ」
「当然だろ。戻りづらくしたんだから」
「何で!?」