寝ても冷めても彼ばかり




『日色っ。もし俺達が結婚したら、俺が夫で、お前が妻でいいか?』
『う、うん』

最近“夫婦”って言葉を知ったばかりなのに、彼は会うたびに新しい言葉を使ってくる。正直理解が追いつかない。
でも、不思議と楽しい。心地いい。手を広げる彼の胸に抱きついた。同じベッドで手を繋ぎながら寝たこともある。
同じ夢が見られるかも、なんて子どもらしい願いをぶら下げた。朝になればそんな約束をしたことも忘れて、二人でトーストをかじった。
しょっちゅう互いの家で“お泊まり会”をしていたから、一緒に育ったようなものだ。父さん達からも、本当に兄弟みたいだと笑われた。
でも、俺も彼も内心では否定していた。
兄弟じゃない。俺達は、もうほんとの夫婦なんだって。


『おはよう、朝だよ』
「んん……」


しかし現実は、中々思うように進まない。コントロールできるのは体だけだ。時間も人も、予定も恋愛も、何一つ掴めない。
ネクタイを掴み、ゆるく結んで部屋の姿見の前に立つ。確かに昔に比べれば男らしく……なった、と思う。
自惚れの可能性も高いけど、最近は俺ひとりのときでも女子から話しかけられるから。それも、高雅に関連しないことで(※ここがかなり重要)。

マジで俺、ちょっと変わったのかも……!
そう思うと嬉しくて、ベッドに放っていたスマホを手に取った。
『男子高校生 垢抜け』で検索して、流行りもチェック。高雅の隣にいると気後れすることがあるけど、トレンドに敏感になっておけば話題で困ることもない。

でもこの前は間戸にホイホイついていってしまった。スマホに全面的に頼ったり、自分を過信するのは絶対駄目だ。
どこまでいっても目の前にいるのは、色んな考え方をする“ひと”だ。関わり方に正解はない。

人の感情は複雑。家族でも恋人同士でも、一番深いところにあるプログラムは絶対解けない。
自分でも、自分の気持ちに気付けないことがあるんだから……他人が他人を全て理解するなんて不可能だ。

俺も高雅とずっと一緒にいて、彼のことなら何でも知ってると思ってた。でも同じ高校に入って、それがとんでもない思い上がりだと知った。
課題を完璧にこなして、同級生から頼られて。冷静なのに時々変態ムーブをかます彼を前に、完全に思考停止した。

もう傍で面倒見るだけでいいか。……そんな諦めモードで日々を過ごしていた。
子どもの頃に描いた毎日は、こうではない。彼の為にご飯をつくって、彼を笑顔で見送る。それが理想だったはずなんだ。

「おはよう。日色、ちゃんとお皿シンクに入れてから学校行けよ?」
「おはよ……はぁい」

ダイニングに行くと、ちょうど朝食を食べ終え、ネクタイを締めてる父がいた。頭を撫でられ、軽く手櫛で寝癖をなおされる。
同級生の父親の中では若いから、時々先生と接してる気分になる。普段は穏やかで優しいけど、怒らせるとそれなりに怖いから。

でも、父は高雅のお父さんの前ではまったくの別人になる。家にいる時とも、外に出かけてる時とも違う。働く大人の顔を見せる。
それも実は好きだ。俺が出世したいと思わないのは、サポートに徹する父がかっこいいと思うからかもしれない。

「ねえ父さん、もうすぐ新作のワイヤレスイヤホン発売されるんでしょ」
「ん? そうだな。なんだ、欲しいのか」

あれは高いぞ、と言って父は鞄を手に取る。
「いや、俺じゃなくて。高雅……三千人が興味ありそうだったから、出たら店に見に行きたくて」
「あぁ。それなら二人で行くといい。パンフレットもあるけど、見るか?」
「わ。ありがと!」
店に行く前に製品のパンフレットが見られるのは有難い。サイトでもある程度の情報は確認できるけど、パンフの方が見ててワクワクする。
「来月は新しいスマホも出るし、大忙しだ。日色、もし三千人君が特別な情報とか言ってきても、間違ってもよそに言うなよ」
「わかってるよ!」
父の言葉に苦笑する。高雅の父が家族に製品の極秘情報を言うはずないのだが、高雅はいつも新作の情報を仕入れてくる。一体どこからそのリーク情報を手に入れてるのか、俺達の間では長年の謎だ。
でも高雅のリサーチが凄まじいのは昔から。もう驚きもしない。
父を見送り、母に見送られ、見慣れた学校に向かった。

しょっちゅう胸焼けしそうな台詞を言われ、その度に素っ気ない態度をとってしまうけど。俺は本当は高雅といたい。
一番近くで彼を支えたい。
でもこれは幼馴染の情みたいなもので、恋愛感情ではない……と思う。

でもそれならどうして胸がざわざわするんだろう────。