コーラとウーロン茶、それから俺を落ち着かせる為の特製ミルクティーを作る。確かに高雅に振り回されるようになってから、ドリンク三つぐらい持つのはお手の物だ。……手だけに。
セルフボケにおののきながら廊下に戻る。
そもそも間戸に遊びに誘われたことも不思議だ。俺はテンション高いタイプじゃないから、高雅が来てくれて、実は助かってる。高雅となら、ひと言も交わさなくても大丈夫だし……何時間でも同じ空間で過ごせる。
信頼してるからだ。
高雅の隣は、俺にとって安心できる日なたと同じ。
守ってもらう為じゃない。皆が無意識に窓際の席を選ぶのと同じで、一番自然な居場所なんだ。
とか改めてひとに言うのは恥ずかしいけど。
ドアを開けて部屋に入ると、間戸は普通に熱唱していた。あと美声だった。
「高雅、これ間戸に回して。あと、はい。コーラ」
「ありがと」
高雅はグラスを受け取り、いつもと変わらない調子で飲んだ。
……大丈夫だろうか。やけに大人しいのが不安だ。
間戸は歌い終わると、俺にドリンクのお礼を言った。
「箱崎、ありがとっ」
「ううん。……高雅も歌えば?」
「そうだなー……」
心配だったけど、高雅はいつもと変わらない様子で楽曲を選び出した。
良かった、そんなに気にしてないみたいだ。
胸を撫で下ろし、ソファの背にもたれる。
「……わ。高雅って歌上手いんだな」
「そうそう」
高雅は小さいときからピアノをやってる。歌唱力はまた別の話だけど、テンポも抑揚も完璧だった。
ずっと聴いていたいと思わせる、安定した優しい声。
子守唄みたいだ。女子に見せる顔でも、クラスメイトに見せる顔でもない。
ひとつのことに集中する高雅は、悔しいけどかっこいい。
配信で彼のファンになった人達に、この生歌を届けてあげたいぐらいだ。
でもそれはできないから、自分の中で拝み、消化した。
「へー……良いじゃん! そんなに上手いってことは何かやってんの?」
「何にもやってないよ」
いや、ボイトレは行ってるだろ。
クールに答える高雅にツッコみたくなったけど、彼のメンツの為に口を噤む。代わりに気になってたことを二人に向かって訊いてみた。
「ね、ねえ。そういえば、高雅と間戸ってなにで知り合ったの?」
「あぁ、一年のときに同じ風紀委員だったんだよ。でも高雅は朝起きれなくて遅刻ばっかりしてたのと、俺は髪明るくて風紀を乱すって言われてやめた」
「なるほど……」
そういや高雅が朝の挨拶運動がしんどいと嘆いてた時期があったっけ。
密かに納得してると、今度は間戸が頬杖をついて、高雅の奥にいる俺を覗いた。
「ってか、高雅と箱崎はどういう関係?」
「えーと。俺達は幼馴染」
「へー! でもわかる。二人とも良いとこの坊っちゃんっぽいもん」
間戸は楽しそうに笑ってる。俺は庶民に違いないんだけど……まぁ普段から高雅に色んなこと教わってるから黙っとこう。
「高雅は彼女いる?」
「いない」
「うえ、意外。……でも、そうか。彼女いたら毎日違う女子引き連れたりしないか」
間戸は腑に落ちたように頷き、今度は俺を見た。
「箱崎は? 彼女いるの?」
「俺は……」
いるわけない。そう答えようとしたのに、テーブルの下にある手に何かが触れた。
「日色は、彼女いるよ」
ん!?
視線を下に向ける。見ると、膝に乗せてる自分の手に、高雅の手のひらが重なっている。
そっちに意識が向いてしまい、高雅がついた嘘に反応することができなかった。
「えっ、マジ? フリーじゃないの?」
「え、ええと……」
「日色、この前もカフェに行ってきたって言ってただろ」
な? とスマホに視線を送られる。何だかわからないが、嘘をつけと言うらしい。
「あ、あぁ。新作のドリンク飲んだ」
「うわ〜、羨ましー!」
仕方なしに、この前他の女子と並べて撮った手だけが映ってる写真を彼に見せた。
は〜〜。こんな嘘ついて何になるんだ?
心底謎だったけど、その理由は間戸が放った小さな呟きで感じ取れた。
「そっか。……なーんだ、残念」
残念?
彼の言葉に眉を寄せる。胸に少し引っ掛かったけど、その後はギスギスすることもなく、無事に時間終了を知らせる電話をとった。
「じゃ、今日はありがと。またな〜」
「うん。また学校で」
駅で間戸と別れ、俺と高雅は構内を歩いた。同じ路線だから普通に改札口に向かおうとしたけど、強く腕を引かれて立ち止まる。
「高雅? どした?」
尋ねるも、彼は無言でずかずか歩き出し、近くのカフェに入った。適当に飲み物を頼んだ後、テーブル席に連れて行かれる。
よくわかんないけど、疲れたからひと休みするのも良いか。
店員さんが運んでくれたアイスコーヒーを飲み、高雅に笑いかける。
「あーっ美味い! 高雅、他にも何か頼む?」
「駄目」
「え!?」
「食べてもいいけど、話が終わってからだ」
いつもより数オクターブ低い高雅の声に、内心ビビりまくる。
こんな怖い空気、いつぶりだろう。怖くてますますアイスコーヒーをストローですすった。
「は、話って何ですか」
「間戸のことだよ」
「ま……?」
俺が何も理解してないことを悟った高雅は、目の前に手のひらを翳し、指を一本一本折り曲げていった。
「一、連絡先を交換したこと。二、全然知らない奴の誘いに乗ったこと。三、カラオケとかいう密室に行ったこと。四、スマホをテーブルに置きっぱなしにしたこと」
「あれ、何で連絡先交換したこと知ってんだよ」
「お前がドリンク取りに行ってる間に聞き出した。で、五。これが一番。自分が狙われてることに気付いてない」
高雅はスマホをテーブルに置くと、額を押さえて俯いた。
「狙われてるって何」
「あいつはゲイだよ。ちょっと気に入った奴にすぐ声かけにいってる。一部じゃ有名だ」
そうなのか。全然知らなかった。
思わず周りを少し見回した後、再び高雅に視線を戻す。
「だからお前に彼女いるって言って、対象から外した。ストレートに手を出す可能性もあるけど、彼女持ちはさらにハードル高いからな」
高雅は椅子の背にもたれ、ため息をついた。その姿を見てようやく、自分がいかに警戒心がないか痛感した。
「日色は男子校にいたわりに、そういうの疎いよな」
「う。いや、中学のときもあったよ。でも完全に忘れてた」
そう。ゲイであること自体は驚かない。だって自分がそうだし。
大事なのは距離感。それがわからないと、一瞬で日常が崩れ落ちる。
頭ではわかってる……けど。
グラスを両手で握り、目の前の高雅を恐る恐る見つめた。
「安心しちゃうんだ。今言ってたことも全部、お前がいるから何とかなる。って思っちゃう」



