とは言え、彼の為を思えば、ちゃんと言うのも大事か。息を吸い、人さし指を宙に向けた。
「俺があの子だったら、お前が他の女の子を甘やかしてんのは嫌だよ。思わせぶりな態度って、とられるとすごいモヤモヤするだろ」
「そうだな。それはわかる」
「ホントかなぁ。お前に思わせぶりな態度とる奴なんて」
「いるよ? 気まぐれで、近付くと離れてく難しい子が」
ペットボトルを持つ手に、冷たい掌が重なる。
頭ひとつぶん背の高い高雅を見上げ、目を細めた。
この高雅を振り回す奴が存在するのか。驚いて、「はえ〜」と情けない声を上げてしまう。
「ま、まぁ……気持ちがわかるなら、あんま女子を誑かすなよ」
「わかったよ。って、これは元々お前のトレーニングの為なんだけどなぁ」
「俺はそんなの頼んでないからっ!」
良かれと思ってやってたのかもしれないけど、苦しいだけだ。
何が悲しくて、初恋相手と女子のイチャイチャを見なきゃいけないんだ。むくれて目を逸らすと、また腰に手を添えられた。
「怒んなって。最近機嫌悪いよな。売店に牛乳買いに行くか」
「断る!」
カルシウム不足でもない。彼の手を振り払い、ひとりで教室に戻った。
そもそも不機嫌の原因は誰にあると思ってんだ。……と言いたかったけど、高雅の機嫌を損ねる方が恐ろしい。だから不満はぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に捨てた。
ていうか、こんな風に荒ぶったら駄目だ。ほんとはただ、彼に笑っててほしいだけなんだから。
女の子と話していいし、遊んでいい。
ただ、俺といるときにしないでほしい。───そんな勝手な欲望に支配されている。
異常だ。俺も頭がおかしくなってる。独占欲が膨らんで、嫉妬にまみれて。
これじゃまるで、彼は“俺のもの”だと思ってるみたいだ。
「いやいや! そんなこと思ってない!」
思わずひとりでツッコんでしまった。
高雅に見つからないよう、再び自販機に行って瓶の牛乳を飲んだ。無我夢中で飲んでたせいか、通り過ぎる女子から「牛乳一気飲みしてる〜!」「可愛い!」と言われた。何故。
そうか。最近俺をおかしくさせてるのはストレスだ。
高雅に対してというより、テスト勉強と重なって不安なんだ。だから何に対してもネガティブを発揮してしまう。
これはストレス発散する必要があるな……。
父もよく言ってるけど、何でもメリハリが大事。はっちゃけるところははっちゃけよう。ゲーセンとかボーリングとかに行くのもいい。
「……おし!」
牛乳を飲み干し、空の瓶をケースに入れる。
たまには一人で遊んでみよう。高雅は女子と遊ぶのを控えると言ってたけど、今日はまだ誰かと約束してるかもしれないし。
教室に戻ろうと踵を返す。けど後ろに人がいることに気付かず、真正面からぶつかってしまった。
「わっ!」
「っと。ごめん、大丈夫?」
目の前にいたのは、隣のクラスの男子だった。接点はないけど、バスケ部のエースだから知っている。名前は確か、
「大丈夫。こっちこそごめん、……間戸君」
「あれ、名前知ってくれてるんだ」
「ウチのクラスの女子がすごい話してるから」
俺より頭一つ背が高い、イケメン男子。バスケ部の間戸に軽く微笑む。
俺は平均身長だけど、高雅も背が高いから周りにチビと思われてそうで不安だ。
適当に挨拶して別れようと思ったんだけど、何故か間戸は俺に食いついてきた。
「良かった。てか呼び捨てでいいよ! 俺も君のこと知ってるし」
「え」
「君が箱崎だろ? よく高雅と一緒にいる」
高雅とも友人なんだ。内心驚いたけど、静かに頷く。
「ね、せっかくだし連絡先交換しない?」
「あぁ。オーケー、ちょっと待ってね」
あれよあれよと言う間に連絡先を交換した。爽やかで穏やかなのに、何とも言えない押しの強さを感じる。
やっぱ俺は喋らないキャラ徹底してる方が楽だ。地蔵になりたい。
極力真顔を保っていると、間戸は想像の斜め上を行く誘いをしてきた。
「せっかくだし、二人でどっか行かない? 今日部活休みで暇なんだ」
顔の左スレスレに手が伸ばされる。
間戸は壁に手をつき、俺を囲い込む。不自然なぐらい優しい笑顔を浮かべ、囁いた。
「高雅といるより、俺といる方が楽しいかもよ?」
「え。……わ!」
どういう意味か尋ねようとしたとき、右から伸びた手に引っ張られてしまった。
「つかまえた〜♪ ……何してんの、日色」
バランスを崩したものの、優しく抱き留められる。ハッとして見上げると、高雅が立っていた。間戸も驚いたのか、すぐに後ずさる。
「間戸、日色に何か用?」
「用っていうか……暇だから二人で遊びに行こうって話してたんだ」
あれ。まだ決定はしてないはずだぞ。
何となくだけど、彼と二人きりになりたくない。どきどきしながら高雅を見つめると、彼は俺の頭に手を置き、次いで間戸に振り向いた。
「そ。良いじゃん! でも暇だから、俺も行っていい?」
「あ、ああ。もちろん」
間戸の笑顔は若干引き攣っていた。その理由もよくわからないけど……放課後を迎え、間戸の提案でカラオケに行くことになった。
学校一のモテ男と、先生達とも仲の良いバスケ部のエース。
常に空気と同化していたい俺にとって、半端なく居心地悪い。これなら女子達のふわふわトークを聞いてる方がマシだ。
カラオケの狭い密室で、なるべくドア付近に座った。下座という意味もあるし、いつでも逃げられるという意味もある。俺みたいな凡人が死守しなくてはいけないポジション。
……だというのに、高雅は俺を自分の方に引き寄せてきた。
「カラオケなんて久しぶりだな、日色」
「あ。箱崎君はカラオケ好きなの?」
「いや、日色は歌わないよ。聴く専だな」
何かこの会話もデジャヴだな……。
でも高雅の言うとおり人前で歌うのが嫌だから、自らドリンクを取りに行く係に名乗り出た。
「高雅はコーラだよな?」
「あぁ。ありがと」
「間戸は?」
「俺はウーロン茶……いや、てか三人分はきつくない? 俺も一緒に行くよ」
「大丈夫。いつもやってるから」
手に持ってたスマホを高雅の傍に置き、立ち上がる。
すると間戸は「へぇ」と興味深そうに呟き、隣にいる高雅に視線を向けた。
「噂には聞いてたけど、マジで箱崎君のことこき使ってんだ」
予想外の台詞に固まる。高雅は表情を変えなかったが、俺は嫌な汗をかいた。
( ちょっ…… )
何でそんなこと言うんだ。か、仮に本当だったとしても空気悪くなるから言わないだろ。
悪くなっても構わないと思ってるから? それか、俺のことを心配してくれてるから、……か。
どちらにしても、この空気はまずい。片手を振り、作り笑いで誤魔化した。
「あはは、大丈夫だよ。俺がやりたいだけだから!」
ということにして、ドリンクバーに退散した。
何なんだ。初っ端から険悪過ぎる。
高雅も何故か黙ってるし。あそこで黙ったら認めるようなもんじゃんか。何で否定しなかったんだろう。



