「日色。放課後、隣のクラスの娘に声かけられてただろ。何言われた?」
「それもお前の話に決まってるだろ……。お前が好きなお菓子はなにか、って訊かれたんだ。適当にチョコって言っといたけど、いいよな?」
「そうだな。そのへんは任せるよ」
立ち上がり、二人で店を出る。高雅は上機嫌で俺の腰に手を添え、引き寄せた。
こういうさりげないセクハラは直らないのか……。今さら指摘しても何がいけないんだと言われそうだから、ため息ごと飲み込んだ。
「女の子を口説くこと以外、俺の日色は完璧だな」
ネクタイを緩められる。耳朶を触られる。
まるで自分のモノとでも言うようで、顔が熱くなった。
高雅はモテるけど、その遊びに付き合わされるのは不本意だ。
でも誘いをキッパリ断れない理由のひとつに、俺と彼の関係性があった。
「そうそう。今夜、親父はお前の父さんも連れて会食って言ってたんだ。だから俺らも何か食べに行こ?」
「……はぁ」
彼が言うことは多分間違いない。
俺の父は高雅の父親の専属秘書。
切っても切れない、上司と部下の関係性だから。
家は離れてるが、正真正銘の幼馴染。会社のイベントや家族同行の社員旅行でもしょっちゅう顔を合わせてきた。
受験前には同じ高校に行くぞと言われ、何の因果か二年生で同じクラスになった。
ただ、どうしようもなく惚れてる部分もある。
幼い頃の彼は本当に優しくて、それこそ。
( ……王子様みたいだったっけ )
出会ったばかりの頃、彼は俺を守ると約束してくれた。
何でそうなったのか経緯は覚えてないし、子どもの戯れ言だけど。実際何度も助けてもらった記憶がある。
嫌いになりきれないどころか、俺も彼から離れられないんだ。離れずに済む口実を探し回ってるというのが実情。
でもバレたくなくて、わざと素っ気なく振る舞ってる。
親の繋がりはそうそう断ち切れるものじゃない。
力が強いから残酷で、救いだ。
「あ、そうそう。見てみ、日色」
それに俺は学校どころか、誰も知らない彼の秘密も知っている。
彼は自身のスマホを翳してきた。そこに映し出されているのは国内最大級の動画サイト。
「大バズりだよ。俺のチャンネル登録者、今週だけでまた千人増えた」
「千!?」
驚愕のあまり声が裏返った。周りを見渡し、慌てて口を塞ぐ。
前に屈み、高雅のスマホに表示された登録者数を確かめた。
「……ほんとだ。これで一万人達成じゃんか。すご」
「な。睡眠導入ボイスって需要あるんだな」
彼はスマホを横置きにし、楽しそうに笑っている。
これが高雅の秘密だ。彼は睡眠時用のロールプレイボイスを収録する、ASMR配信者。
三ヶ月前、お前には特別に教えると言ってチャンネルを知らせてきた。
またいっときの暇つぶしが始まったな……と思っていたのだが、存外真面目に続けてるし、フォロワーも爆発的に増えている。
「最初からずっと人気なのは、恋人になりきったおはようボイスとおやすみボイス。夜は今日もよく頑張ったね。って言って、朝は夜に会えるのが楽しみだね? ってやつ」
「台詞めっちゃテンプレじゃんか」
「はは、そりゃそう。トーンの使い分けと、いかに優しく言えるかにかかってる」
最近はボイトレにも行ってるらしく、高雅の情熱は侮れないレベルに達していた。
何でも器用にこなせるから三日坊主だったのに。もしかしてもしかすると、今度こそ生き甲斐に近い趣味を見つけた、ということだろうか。
それは俺としても願ったり叶ったりだ。もう高雅の暴走を止めたり、危ないことをしないか目を光らせる必要もない。
─────おまけに、毎晩安眠できる。
「日色。お前はこの前の配信聞いてどう思った?」
「……知らない。聞いてないもん」
「はああっ?」
素っ気なく答えると、高雅は驚いて身を乗り出した。
「何で聞かないんだよ!」
「いや、逆に何で聞かないといけないんだよ」
純粋に聞き返すと、彼は心底残念そうに肩を落とした。
「そりゃ、やることなんか全部お前の感想ありきだし。……お前が聞かないなら、もうやめようかな」
え!
予想外の返答に、乱暴にテーブルに手をついてしまった。
「待て待て! わかった、聞くよ。だからまだ……続けなって」
いきなりやめたら聞いてくれてる人達に申し訳ないだろ、と強めに言うと、彼は一考ののち頷いた。
「んん。確かにな。わかった、続ける」
「……」
ふー、焦った。
何で俺に聞かせたいのか分からないけど、ひと安心した。
再び不遜な少年を一瞥し、窓の外に映る街並みを眺める。
( 冷静に考えると、高雅の秘密は俺の秘密でもあるんだよな )
そう。だから時々後ろめたくなる。
同じ機種、同じカラーのスマートフォン。テーブルに置かれた二台を見つめ、今日も小さく息をついた。


