寝ても冷めても彼ばかり



昨夜の配信により、一部の界隈はある話題で持ちきりになっていた。

「ねー、昨日の配信聴いた?」
「聴いたよ〜。もう、引退とかショック」
「しかも明日、ずっと好きだったひとに告白するとか言ってたよね! 高校生ってことは知ってたけど、来月から大学生だから今高三かぁ……」
「この学校にいたかもしれないけど、どっちみち卒業だもんね」

残念だなー。

……という会話を廊下で聞き、踵が浮きかけた。不審がられないよう咳払いし、卒業証書が入った賞状筒をわきにかかえる。

( あいつ、想像以上の知名度だったな )

卒業式を終えた後、日色は静かな校舎の中をゆっくり進んだ。
今日だけは生徒達の記念撮影の為、特別に屋上が開放されている。行くつもりはなかったものの、恋人から屋上に来てほしいというメッセージを受け取ったので階段を上った。
屋上に出て、彼の姿を捜す。周りを見回すと、彼はちょうどフェンスに手をかけ、桜の並木道をゆく生徒達を眺めていた。
足音を殺し、後ろからこっそり近付く。すると、急に彼は手を叩いた。

「うーん、失敗した。卒業生代表でステージに立ってるときに、愛の誓いを立てればよかった」

……。
この坊っちゃんは……またぶっ飛んだこと言ってるな。
珍しく感傷に浸ってるように見えたけど、心配なさそうだ。日色は深いため息をつき、腕を組んでる三千人の隣に並んだ。
フェンスに手をかけ、空いた手で彼の頬をつつく。
「やらなくてよかった。黒歴史だし、保護者含めて大迷惑だからな」
「うん。でも一生忘れられない卒業式になるぞ」
「全力で忘れたい卒業式になるよ……」
相変わらずのマイペースっぷりに呆れてしまう。肩を竦め、吹き荒ぶ風で揺れる前髪を払った。

あっという間に時が経ってしまった。高校生活は短すぎだ。だからこそ尊いとも言えるけど、高校生でこれじゃ大人になった後はどうなってしまうんだろう。
瞼を伏せて唸ってると、三千人はニヤニヤしながら俺の腰に手を添え、抱き寄せた。
「でも、日色は卒業できて嬉しいんだろ? 大学も俺と同じだし!」
「ふん。その台詞そのまま返すよ。俺といられて嬉しいだろ?」
「嬉しい」
三千人は真顔で即答した。
「……」
彼を赤面させたかったのに、結果的に俺が羞恥心に殺されてる。いつものことだけど、ほんと不公平だ。

「……話変わるけど、配信やめちゃうの。俺含めリスナー全員びっくりしてたぞ。不定期でも続ければいいのに」
「ああ、いいんだよ。二年近くも続けられるなんて思ってなかったし、これからはバイトもしなくちゃいけないから」

それより、昨日の配信で思ったことない? と訊かれたので頷いた。
「何だっけ。好きな人にプロポーズするんだって? ……一年以上前にしてるのにどういうことだよ」
「あははっ。あれとは違う。今日は子どもの頃のリベンジがしたいんだ」
太陽に反射し、銀色の光が散らばる。顔の前に差し出されたのは、一本の鍵だった。
「やっと同じ家に住める」
手のひらに乗せられたそれは、笑えるほど軽くて。うっかり落としてしまわぬよう、強く握り締めた。

「俺の声も未来も、全部お前に捧げる。だからこれからも俺と生きてくれ」
「三千人……」

高校を卒業して、同じ大学を受けて。同じ家に住もうと約束した。二人で内見もして、引っ越し作業も始めていたけど。まさか卒業式当日に鍵を渡してくるとは思わなかった。
「十年待たせたな、日色」
優しく髪を梳かれる。三千人は太陽に負けない眩さで、俺に笑いかけた。

「誰よりも幸せにするよ。ずっとずっと愛してる」

彼が前に一歩踏み出した。
影が重なる。嬉しい重みを胸に感じ、目の前が滲んだ。

愛してる。っていうのは、彼だから言える台詞だ。俺にはまだハードルが高い。
でも熱量は負けてないはずだ。まばたきして、精一杯の告白で応えた。

「ありがとう。俺も……お前が大好きだよ、三千人」

十年越し。幼かった俺の夢は、今叶った。
これからは誰よりも近くで、彼と何気ない日常を紡ぐ。それは平凡で、退屈で、泣きたくなるほど尊い。

「わ、相変わらず泣き顔可愛いな〜。せっかくだから写真撮っちゃお」
「やめろ」

慌てて彼のスマホを押さえて阻止する。袖で目元を拭ったあと、代わりに自分のスマホを取り出した。
二年前と変わらない。大事に使った、彼と同じカラーのスマホ。どこまでも広がる青空を写した後、インカメに替えて空に掲げる。
「ほら、三千人。撮ろう」
涙なんていらない。今日も明日も残すのは笑顔だけだ。
彼は俺が持つ手と反対に手を添え、微笑んだ。

「卒業が俺達の門出だな」

三千人の指が液晶のシャッター部分に触れる。それと同時に頬に優しい熱が触れた。

「日色。好きになってくれてありがとう」
「ははっ」

画面には、彼にキスされた瞬間が。

「……こちらこそ!」

照れくさいシーンをおさめ、青すぎる空を見上げる。ふと視線を下ろすと、あざやかな桜色が吹き上がっていた。