寝ても冷めても彼ばかり




「箱崎君って、高雅君と仲良いよね? もし知ってたら高雅君が好きなお菓子、教えてもらえないかな……?」
「あぁ。えーと……基本チョコが好きみたいだよ」

仲が良い、はちょっと違うかもしれない。しかし何も知らない彼女は、俺の回答を聞いて嬉しそうに笑った。
「ありがとう!」
頬を赤らめ走り去る姿はまさに恋する乙女。
「大丈夫かなぁ……」
だから尚さら心配だ。彼女が恋してる相手は特定の対象に入れ込むタイプじゃない。もっと奔放で、掴みどころのない人間だから。

「高雅君、今日帰りにカフェ寄ってこうよ。新作ドリンク飲みたい!」
「もちろんいいよ。……お、ちょうどよかった。日色、お前も一緒な」

わっっ。
しまった。すごく嫌なタイミングで見つかった。
生徒達が方々に散らばる放課後。女子三人に囲まれてる少年に向き合い、密かに臍を噛む。
「ね、皆。日色も行くけど、いいよね?」
「うん! 箱崎君って甘いもの好きなの?」
「いや。日色はブラックしか飲まないよ」
彼が答えると、女子達は露骨に驚き、拍手した。
「わ、やっぱそうなんだ〜」
「箱崎君オトナ〜! かっこいい!」

ううん。
……心の中ならハッキリ言える。

帰りたい。
高校二年生の箱崎日色(はこざきひいろ)は瞼を伏せ、ため息を飲み込んだ。


この世は確かに『運』というものがあり、ツイてる人間とツイてない人間がいる。

自分は後者だ。
十七歳にして絶対に逆らえない相手がいる。それは同じ学校に通う少年、高雅三千人(こうがみちと)
海外展開している大手電子機器メーカー企業。その取締役代表のひとり息子。成績優秀スポーツ万能、おまけに容姿端麗という、この世の良いとこ取りのようなお坊ちゃんだ。

「日色、トールサイズで良いよな?」
「俺は自分で買うからいいよ」
「一緒に注文した方が早いだろ。できたらあの娘達の分も持っていってくれ」

カフェのレジでスマホを取り出そうとすると、軽く制された。
借りを作りたくないのに、こういうときの高雅は絶対引かない。付き合わせてる迷惑料と思ってる節があるけど……それなら付き合わせないでほしい、と言うのが本音だ。

( 嫌いじゃないけど )

むしろその逆。───だからこそ。
諦めて女子グループご希望のドリンクを持ち、席に向かった。

「わぁ! ありがとう、箱崎君!」
「いや。高雅の奢りだから、お礼はあいつに言って」
「オーケー! はぁ、高雅君って本当に優しくてかっこいいよね。箱崎君もかっこいいし、二人とも学校のアイドルだよ」

高雅はともかく、俺に対しては褒め過ぎだって……。
ほんとは煽てられたら嬉しいけど、あからさまなお世辞とわかってしまうと悲しくなる。
彼女達は胸焼けしそうな色のドリンクを飲み、和気あいあいと盛り上がっていた。

「あー楽しかった。……じゃあ、私達そろそろ帰るね」
「高雅君、今日はほんとにありがとう! 箱崎君も!」

やった、終わった!
これで俺も帰れる。安堵のため息をつくと、不意に前髪を持ち上げられた。グラスの中の真っ黒な水面から、横に視線をスライドする。

「どう、日色。そろそろ女の子には慣れた?」
「……」
「顔引き攣ってるなぁ。まだ駄目か」

高雅はこれまた甘そうなフラペチーノを飲み、脚を組んだ。

中学が私立男子校だった俺は、高校で共学を選んだ。理由は高雅が同じ学校を受けろと詰め寄ってきたからで、可愛くきらきらした女子は軽く未知の生命体である。
とは言え、要は傷つけなければいいんだ。無理に関わらなければ解決だ。
ところが高雅は「社会勉強」だと言い、女子がいる場に必ず俺を呼ぶ。
コミュ力は上げといて損はない、と。いずれ上役につく彼ならそうかもしれない。でも俺は向上心皆無だから顎で使われる人生でいいと思ってる。

だからこの同伴は苦行だ。
珈琲を一気に飲み干すと、彼は目をしたり顔で腕を組んだ。

「でも逆に女子ウケは良いぞ。静かなところがクールに見えるらしい。緊張のせいだけど、結果オーライだな」
「緊張はしてない! 喋ることないだけだよ。じゃ、もういいよな? 俺も帰る」
「こらこら。もう二人きりなんだし、帰らなくても良いだろ?」

立ち上がろうとしたものの、腕を掴まれ無理やり座らせられる。

「怖がんなって。今日も頑張ったな。もう大丈夫だよ」
「……っ」

だから、怖がってるわけでもないし。
接し方に困ってるだけだと言いたいが、溢れんばかりの笑顔で頭を撫でられると抗議できない。
はぁ。我ながら本当にチョロい。