寝ても冷めても彼ばかり



「使うものが変わるのはまだ先の話だけど……道具が変わって人が変わるのか、人が変わるから道具も変わるのか。どっちが先かわからないよな」

そう言ってスマホを見つめる三千人は、仕方ないと言いつつもどこか寂しそうだった。
多分、俺も彼と同じだ。これだけ多くの人が情熱をかけて生んだスマホがいずれ衰退すること。その未来を想像して、ちょっと悲しくなってる。

でも俺は……人は、そう簡単に変わらないと信じたい。
道具が変わっても、それを使うのは人だ。SNSに熱中したりフェイクニュースに踊らされたり、道具に使わされてることも多いけど、最後にそれに頼るかどうかは、その人の判断と価値観で全然変わるから。
「三千人はスマホ好き?」
迷走しまくった結果、意味不明な質問をしてしまった。
好きなゲームとか、便利なアプリとかを訊けばいいのに。デバイスそのものにフォーカスするなんてアホ過ぎる。
でも彼は目を丸くした後、満面の笑みで答えた。
「もちろん! 大好きだよ」
宝物に触れるように、優しくスマホを撫でる。
三千人はいつもスマホを丁寧に扱っていた。衝撃を与えるかどうかで寿命も変わってくるから、当然と言えば当然だけど。
周りがスマホを乱暴に扱うときも、彼だけは大切そうに握っていた。
「……そっか」
そういうとこが地味に好きだったんだけど、すっかり忘れていた。
「俺も、大好きだ」
頷き、彼の目を見て伝えた。一時は冗談抜きで焦ったけど、今はスマホに感謝してる。何ものにも代え難い絆と関係をくれた存在だから。
( これが俺らの恋のキューピットだな )
いつか俺達の前からなくなる日が来ても、大事に仕舞っておこう。
照れくさくて笑うと、三千人も嬉しそうに笑った。







スマホの修理が終わるまで、三千人は代替機で本当にモーニングコールをかけてきた。

『日色〜。おはよ、今日も可愛いね』

…………。

まだ目も開かないが、スマホだけはしっかり耳にあてる。そして甘ったるい声と台詞を紡ぐ幼馴染に冷静に返した。
「可愛いって、顔見てないだろ。適当言うなって」
『見なくてもわかるよ。枕に抱きついてるんだろ?』
うぐっ。何でわかるんだ。
瞼を開け、ぱっと起き上がる。
「抱きついてない。とっくに起きてる」
『そうか。偉い偉い』
「……」
褒められるのは悪くないので、ふっと頷き、通話を切った。
とは言え日に日に彼に惚れていくから、ちょっと焦ってる面もある。
学校では友人として接してるけど、周りも確実に三千人の変化に気付き始めてる。
学校一チャラかった三千人が、今や一切女子と関わらず、俺と過ごしてることで動揺の輪が広がってる。一部では俺が三千人を更生させた、という噂も流れ、風紀委員にならないかと誘われたりもした。授業が終わったら即解放されたい俺は、もちろん丁寧に断った。

行きも帰りも一緒。周りから見れば本当に不思議な組み合わせだろうけど、心は満たされてる。
幼い頃の約束と、今の関係。誰にも理解されなくても、誰にも祝われなくても、悲しくはない。
それら全部吹き飛ばすほどの愛情を彼からもらってしまってるから。

「お。日色君、来てくれたんだ」
「はい、俺も新作気になってたので」

無事に新作スマホのイベントも訪れることができた。三千人のコネがないと絶対入れない場所だ。申し訳ないけど、後学のためにも目を通しておきたい。
俺と三千人を見つけた年宗さんは嬉しそうにはにかみ、耳打ちしてきた。
「日色君、いずれウチの会社に入らない? 三千人が喜ぶよ」
年宗さんは俺にだけ聞こえる声で囁いた。不思議に思って見返すと、どうやら三千人は家で俺のことばかり話してるらしい。
幼馴染だから今さら怪しまれることはないと思うけど。単純に恥ずかしい。
「……い、一応考えてます。でも俺に適正あるかわからないので」
「日色君は努力家だし大丈夫だよ。それに協調性あるからね。社会に出たら一番の強みだ」
彼はそう言うと、三千人の方を見て笑った。
「じゃ、楽しんで」
「はい! ありがとうございます」
年宗さんは軽く手を振り、仕事に戻った。近くの製品を見ていた三千人が訝しげに近付いてくる。
「父さん何か言ってた?」
「え。あ、後で新作の感想聞かせてって」
咄嗟に嘘をついてしまった。むしろ嬉しいことを言ってもらったのに、我ながら謎過ぎる。
心の中でうわーっと叫んでると、不意に引き寄せられた。

「ってことは期待されてる証拠だ。いずれお前をウチに誘うつもりじゃない?」
「……っ」

年宗さんの方は、お世辞の可能性の方が大きいけど。
自信たっぷりに微笑む彼に、思わず笑ってしまう。
「何だよ?」
「あははっ……ううん、何でもない」
涙でぬれた目元を拭う。
考えることが似てるのは、やっぱ親子だな。
でもそれを言ったら三千人はむくれそうだから、胸の中に仕舞っておいた。



日常なんてものは全て非日常の皮を被ってるだけかもしれない。
三千人と過ごすようになってからは特にそう感じる。

「日色、あ〜ん!」
「ウッ!」

ある日の昼休み、屋上に続く階段の踊り場が、誰も知らない俺達の憩いの場所。
今日も甘々の三千人は、俺の口にポッキーを突き刺した。
「おまっ……もう少し間を空けろよ。こっちが反応する前のポッキーはただの凶器だぞ」
「あ、ごめん。生き急いでた」
三千人は申し訳なさそうに手を合わせる。そして再度俺の口にくわえさせて、自分も端から食べ始めた。

いにしえから伝わるカップルの神聖な儀、ポッキーゲームをして、互いの手のひらを重ねる。
「好きだよ、日色」
「わかってるわかってる。毎日言わんでいい」
恥ずかしくてツッコむ。本当は嬉しいけど、中々素直になれない。これも地味に困りものだ。

夜寝る前の電話も、モーニングコールも、本当は幸せ過ぎて頭がバグりそう。でもここで俺まで浮かれたらマジでやばいバカップルになりそうな気がして、必死に自制した。
拷問パート2。付き合っても苦しいとか、現実って皮肉だ。
案の定、三千人は頬杖をついて拗ねていた。
「俺は言い過ぎかもしれないけど、日色はあんまり俺に好きって言ってくれないよな」
「……っ」
彼の言うことも一々もっとも。ポッキーに伸ばしかけたが、彼のネクタイを掴んで引き寄せた。

「ん……」

甘いキスだ。チョコの香りがする。
ゆっくり瞼を開け、舌舐めずりした。
「好きだよ。好きじゃなきゃこんなことできない。だろ?」
「うん。……日色は天使だと思ってたけど、やっぱ小悪魔かもな」
「はいはい。後悔した?」
わざと挑戦的に微笑んでやると、彼は吹き出した。俺の手を引き、自分の膝の上に誘導する。
高校生とは思えない不遜な笑みを浮かべ、俺の唇を奪う。
「するわけないわな」
「へへ。……ありがと!」
何回キスしてんだって思うけど、強引な彼が好きで好きでたまらない。体重を預け、子どもみたいに彼の胸に顔をうずめた。
「今から本格的に結婚生活考えないとなー」
「だからそれは早いって」
苦笑すると、三千人は慈しむように俺の髪の生え際を撫でた。
「思い立ったが吉日! これからは真面目に貯金するよ。バイトもしようと思う」
「おぉ。偉いじゃん」
果たして三千人が耐えられるバイトがあるのか……ちょっと不安だけど、その意気込みだけは讃えたい。
それに俺も。少しずつ進路を考えよう。これまでのようにフラフラ流されず、胸を張って彼の隣に立てるように。

「そんじゃお互い頑張ろ、三千人」
「だなっ」

肩を寄せ合って、笑い合う。これが幸せ。
ここまでとても長かったし、遠回りや転倒した。でも単純なもので、今が幸せならいっか、って思える。
頭の中は桜吹雪が舞ってる。それが笑えるぐらい心地いい。
幸せってアホになることなのか。
真剣に考えたけど、答えは見つからない。だから周りあるもの全てに感謝することにした。俺と彼が出会ったのも、スマホを取り違えたことも、偶発的なものなんかじゃない。
必然だ。運命は、素知らぬ顔でちゃんと糸を結んでくれる。