どちらかと言えば、俺はドライだ。
幼い頃は引っ込み思案だったけど、成長するにつれ、何でも一歩距離を置いて見るようにしてる。何だかかんだ、それが一番ひとに迷惑をかけずに済むし。
“彼”に関すること以外は、何とかなっていたんだ。
「あっ! 高雅、お前階段から落ちたってマジ?」
「高雅君、急に早退したから皆心配してたんだよ!」
「ごめんごめん、大丈夫だよ。落ちたのはほんとだけど、普段から鍛えてるから」
朝のホームルームが始まる直前、教室に入るとクラスメイトが一斉に集まってきた。
注目されることに慣れてる三千人は余裕であしらってるが、騒がしいのが得意じゃない俺は空気と同化する術を使おうとした。
しかしさすがに無理があったらしく、女子勢に包囲にされる。
「箱崎君も保健室に運ばれたんでしょ? 大丈夫だった?」
「あ、あぁ。俺は平気だよ」
三千人に守ってもらったから。と喉元まで出かけて、慌てて口を手で塞ぐ。
早くフェードアウトしてほしいと思ったけど、中許が複雑そうな顔でやってきた。
「箱崎、高雅と一緒に階段落ちたってこと?」
「うん。でも俺の不注意に巻き込んじゃった感じだから申し訳ない」
「それ、嘘じゃないよな?」
中許の表情は険しいままだ。何故か痛いところを射抜かれた気持ちになり、目を逸らす。
「本当。本当って言うか、マジ」
「箱崎君、それ意味同じ」
「箱崎君て実は天然だよね」
女子達は可笑しそうに盛り上がっている。不本意だけど、場の空気が和らいだことに安堵した。
「ってことですから……大丈夫だよ、中許。心配かけてごめん」
「あぁ……わかった」
何とか誤魔化せた。中許は勘が良いから、こういうときはかわすのが大変だ。
でも心配してくれてるのは嬉しい。三千人がいないときはフラフラしてる俺を気にかけてくれる、唯一の友人だ。
彼は優しいから、最後まで俺と高雅の心配をしてくれていた。せめてものお礼として、放課後帰る前に中許の机にポテチを置いた。
さてと。行くか!
鞄を肩に掛けて廊下に出ると、後ろから襟を掴まれた。
「日色、おつかれ。そんじゃ店行こっか」
「三千人」
そこにいたのは、同じく鞄を持った三千人だった。いつもよりルンルンに見える。
冷静に考えたら恋人になって初めてのお出かけだ。それはそれで嬉しいし、ドキドキする。
学校を出ると、三千人は俺の手を握った。
「はは。こうすると完璧カップルだな」
「み、三千人。ここは人多いからまずいって……!」
繁華街に出ると、さすがに周りの目が気になる。三千人はイケメンで他校の生徒にも認知されてるし、男と手を繋いでいたなんて噂が立ったら大変だ。
けど、彼は俺に振り返り、むしろ自慢げに微笑んだ。
「人多いからこそ堂々とできるじゃん。俺はやっと夢が叶ったから、むしろ見せつけたい」
「お前なぁ……」
わかっちゃいたけど、彼のメンタルは強過ぎる。
海外の友人が多いせいか、三千人は同性愛者であることに何の疑問も不安も抱いてないみたいだった。
「まだまだ日本じゃ腫れ物扱いされちゃうけどさ。そのうち、式だって挙げられるようになるよ」
その時は花嫁衣装着てくれ、と笑いかけられた。保証はできないから、愛想笑いで誤魔化した。
三千人といると、不安なことが薄れていく。期待に変換される。
( 恋人になんて絶対なれないと思ってたのに )
俺も夢が叶った。いや、叶えてもらった。
彼はすごい。出会ったときからずっと、俺のヒーローだったみたいだ。
「こんにちは。十六時に予約してる高雅です」
一時間後、やってきたのは駅ビルの中にあるスマホショップ。ここには初めて来るけど、ちらほら目に入る社名は見慣れたもの。俺の父と三千人の父が勤める電子メーカーだ。
既に年宗さんから話が通ってるようで、対応してくれた店員さんはすぐに高雅のスマホを見てくれた。驚いたのは、俺のスマホまで見てもらったことだ。
「三千人、ありがと」
「当然。俺達の大事なスマホだし」
三千人はグッドサインを出す。ほんと、こういう気の利かせ方はスパダリだ。
とりあえず俺のスマホは問題なかった。三千人の方は一度修理に預けたほうが良いという話になったけど。
「お前なら、新しいスマホすぐに買ってもらえるんじゃない?」
小声でこそっと呟く。すると三千人はそうだなと答え、椅子に深くもたれた。
部屋の奥で修理依頼の電話をしてる店員さんを眺め、また俺の方に振り返る。
「でも動作は問題なさそうだし、当面はあれを使うよ。今同じカラーの在庫ないんだって。他のカラーならあるらしいんだけど……お前と同じにしたいから、入荷するまでは替えない」
「……」
そう呟く三千人の横顔は凛としていて、思わず見惚れてしまった。
てっきり自分が好きなカラーを俺にすすめてきたのかと思ったけど、違うのか。
そういや意外と純粋で、可愛い奴なんだよな。
「高雅さん、お待たせしました」
密かに頬を掻いてると、店員さんが笑顔で戻ってきた。
「業者には明日預けることになりました。状態によりますが、一週間ほどでお返しできると思います」
「わかりました。お忙しいところご対応いただいてありがとうございます」
三千人は代替機を受け取り、そつなく対応していた。こういうときの彼は本当に大人びていて、目を奪われる。
彼みたいな人間が大きなプロジェクトを立ち上げて、会社を大きくしていくんだろうな。
三千人が話し込んでるから、邪魔しないようカウンターから離れ、ディスプレイの最新機種を見て回った。
スマホに限らず、タブレットもパソコンも、電子機器はみんな高価だ。そう気軽に買い替えられるものじゃない。
ただこれらひとつを開発するのに莫大なお金と時間、人が必要になる。何十ものプロセスを乗り越えてようやく市場に出せる製品は、製作者からすれば我が子と同じだ。
もちろん安いに越したことはないんだけど、作る側の苦労を知ってるから、ひとつひとつが尊い宝物に見える。
最新機器が必ずしも需要に応えられるとは限らなくて、大不評で終わることも往々にある。それらのフィードバックを活かし、新たな機器を開発する。父さん達の仕事は繰り返しで成り立ってる。
「日色っ。ごめんな、お待たせ」
前に屈んでると、話が終わった三千人が隣にやってきた。俺が興味深そうにデバイスを見ていたからか、彼も顎に手を添えてニヤニヤする。
「何だ、欲しいものあるなら父さんに頼んで取り寄せてもらおうか?」
「違うよ! 見てただけ!」
相変わらず財布の紐が緩い三千人の袖を引き、腕を組む。
「せっかく一番良い機種を使わせてもらってるけどさ。機能を使いこなせなきゃ宝の持ち腐れだよな」
「うーん……? 確かに、せっかくある機能は使わなきゃ損だけどな」
三千人は俺の横に乗り出し、展示されてるハイエンドスマホをタップした。カメラを起動し、インカメラに切り替える。
「毎年新しく発売してるけど、最近はカメラとバッテリー増量に全振りだもんな。あとはAlに素早くアクセスできるか。 OSアップデートに対応して、長く使えることが鍵なんかな」
液晶画面に俺達が映る。もう見慣れてるけど、改めて痛感した。本当に、ため息が出るほどの時間が流れたのだと。
幼かった俺達は成長して、もう昔の面影はない。
隣に映る三千人も、今や誰もが振り返る完璧な少年だ。
俺の心はずっと同じところに置いてある。周りの変化についていけない気がして、怖い。
「……でもさ。便利なことが増える反面、寂しくなることも多くない? 便利になり過ぎて、電話する機会が減っただろ。全部文面で済んで、相手の声を聴くことがなくなった」
液晶のホームに触れ、静かに息をつく。店内は客も疎らで、静寂が立ち込めていた。隣に並ぶ彼を見つめ、かすかに微笑む。
「そうだなー。……便利だけど」
外は暗く、夜が近付いている。壁一面がガラス張りになっているため、見下ろす街並みは綺麗だった。
俺達の足元に、光が散らばっている。
「皆良かれと思って作ってるし、それが後々どんな影響をもたらすか、全部はわからない」
三千人は肩を竦め、愛おしそうに俺の手にあるスマホを撫でた。
「あと二、三十年も経てばハンズフリーが主流になって、スマホは消えるって言われてる。スマホがない生活なんて今は考えられないけど、いつか必ず前世紀の遺物になるよ」



