寝ても冷めても彼ばかり



違う。ついこの間までは恋愛を諦めていた。
ずっと独りでいいと、本気で思ってたんだ。それを容易くひっくり返され、地団駄を踏みたい衝動に駆られる。

は〜。……熱い。

学校に安着し、手を離した後も、俺の心臓は激しく脈を打っていた。下駄箱で上履きに履き替え、ひとけのない廊下を並んで進む。
恋人同士になって、初めての登校。だからか妙に緊張していた。

「日色」
「何?」
「好き」

……っ。
足だけじゃない。全身が凍りついてしまった。視線すら動かず、目の前の白を真っすぐ捉えている。

「もひとつ白状すると、ASMRはお前の気を引きたかっただけ。だから実は聴いてくれてたことがわかって、死ぬほど嬉しい」
「おま……っ」

予想外の告白に目を見開く。
まさか、そんな理由で始めてたなんて。
高雅の台詞を借りると。彼は俺が思ってるより、俺に惚れてた。ってことか。
俺も、良くも悪くも頭の中は高雅でいっぱいだ。思考しまくってるから、“両想い”には違いない。

「これからもずっと守るし、たくさん笑わせる。だから逃げないで。……隠してることも、全部見せてよ。全部受け止めるから」

手を掴まれ、引き寄せられる。
高雅の長い睫毛が揺れて、背後の朝陽が俺を突き刺した。
イケメンが言うと何でも得というか、……殺傷力あり過ぎだ、と毒づきたくなった。
自分のチョロさにも泣きたくなる。もうコントロールきかないぐらい、俺は彼に陥落している。

「お前も……あんま、強引に暴こうとすんなよ」

腕を前にし、口元を隠す。
恥ずかしくて今にも倒れそうだったけど、近くの空き教室に連れ込まれた。
無人で明かりもないから、ちょっと不気味さもある。でも高雅は構わず、俺を教壇の下に引き込んだ。
「何年一緒にいると思ってんだ。顔に出さなくても、喋らなくても、何か悩んでることはわかるよ」
彼は俺を抱き寄せ、頭をポンポンと撫でた。
「でもなぁ。照れてるときの日色はマジで男を狂わすから、他の奴の前で顔赤くしたら駄目だぞ」
すごくツッコみたかったけど、彼の膝に乗って袖を握る。
「お前が恥ずかしいこと言ってくるからだろ」
「そうだっけ?」
額を指で優しくつままれる。うっと仰け反ると、高雅は低い声で囁いた。

「俺のこと好き?」
「……っ」

これは、何というか。
マジで新手の拷問だ。

「す。……好き」

ていうか、もはや一種のセクハラだろ!
でも一度理性の皮を脱ぎ捨てると、もう駄目だった。タカが外れたように願望が溢れ、彼に体重を預ける。
「高雅も約束してよ。女子もだけど、男にも馴れ馴れしくしないって」
「お? もちろん。これからは、俺はお前のもんだからな」
「はいはい……」
高雅はにこにこしながら聞いているから、俺も段々と力が抜けていった。
最終的な着地地点は、今まで踏み入ったことのない、甘い領域。
「わざわざ言わなくてもわかってそうだけど。俺も、お前のもんだよ」
「……それはそれは。朝から熱烈だな〜、日色君は」
後頭部に手を添えられ、引き寄せられる。また、軽く掠めるような可愛いキスだった。

「日色。俺のこと名前で呼んでよ」
「え」
「階段から落ちたとき、一回だけ呼んでくれただろ」

彼は離れて、俺の唇を指でなぞった。秘密を打ち明けるように、耳元で甘くおねだりする。

「昔は呼んでたじゃんか。それか、夫婦ごっこしてたときの呼び名でもいいぞ。旦那さま、ってやつ」
「もっと無理だわ!」
「じゃあほら。お願い」

彼はぐっと太腿を押し上げてきた。またがってるから恥ずかしいところが当たって、むず痒い。
何の羞恥プレイだよ……。
逃げようと後ろへ引くもすぐ引き寄せられる。攻防の末に押し倒されてしまった。

でも頭をぶつけないよう、下に彼の掌が入ってる。自分の宙に上がった太腿と、不敵な笑顔を見つめ、ため息をついた。

「わかったよ。……三千人。改めてよろしく」
「やっと呼んでくれた。照れ屋で困るな、俺の奥さんは」
「奥さん言うなっ」

反射的に抗議したけど、彼はまた上から覆い被さってきた。俺のシャツを持ち上げ、満足そうに舌舐めずりする。
「こう言っちゃなんだけど、俺の服着てるの超絶燃える」
「そう……じゃそのまま灰になってくれ」
「冷たいな。あんまツンツンしてると、ドロドロにとかすぞ」
彼はくくっと笑い、シャツの中に手を入れた。
三千人の長い指が直接腹を伝う。そして赤い突起を指で摘んだ。

「ふあっ!」
「可愛い声」

……っ!!

自分でも初めて聞く声に、戦慄した。
細くて甲高い、女の子みたいな声。恥ずかしくて涙目で睨みあげると、優しくキスされた。
やばいな。……愛されてることが、わかってしまう。

「ごめんごめん。……ここまでな。俺も、これ以上はやばいから」

彼は額から伝う汗を拭うと、名残惜しそうに腰を浮かした。俺のはだけたシャツをズボンに入れ、抱き起こす。

「は〜……ちょっとナメてた。日色、色気やばすぎ」
「どういうことだよ……お前が暴走し過ぎなんだろ」

服を叩き、埃を落とす。
正直まだ体は疼いて、不満げに主張していた。
でもこれ以上はマジでやばいから、俺も死ぬ気で真顔を保つ。
「好きな奴に触りたいって思うのは当然だろ」
「どうスかね……男子高校生の性欲こわ」
翻ってドアに向かう。しかし後ろから抱き締められ、首筋にキスされた。
「あ……っ」
「お前も男の子だろー?」
かすかな電流が駆け巡る。目眩が起きそうだったが、慌てて壁に手をつき、事なきを得た。

「大丈夫? 日色。腰砕けみたいになってるけど」
「大丈夫だ……!」

てか、誰のせいだと思ってんだ。
怒りと羞恥で泣きそうだったけど、これ以上彼に情けないところを見せたくない。
ドアを開け、生まれたての子鹿のような足取りで教室へ向かった。