「シャツがしわくちゃだ……」
結局ぎりぎりまで高雅とベッドに寝転んでいたら、シャツが皺だらけになった。ベストも心なしか伸びている。
人生が終わるかと思った次の日、高雅にプロポーズされた。
さらにその三十分後。彼の部屋の鏡前に立ち、複雑なため息をつく。
本当に打ち明けて良かったんだろうか……。
想いを吐き出したら吐き出したで、新たな悩みが付き纏う。本当に難儀な関係だ。
恋人になれたとしても、俺が彼に相応しい人間じゃないことは確かだし。
……とか言って突き放したら、もっと雁字搦めにされそうな気もする。
内心苦笑してると、後ろから抱き込まれた。
「こら、高雅」
「ん〜?」
「んーじゃない。お前のお母さんが入ってきたらやばいだろ」
恋人という繋がりは、彼にとって非常に強固なものらしい。距離の詰め方が半端ない。
もちろん俺も嬉しい。想いが通じ合ったことを全力で喜び、はしゃぎたい。けどそれをするには捻くれ過ぎてしまった。
咳払いして、何とか彼の腕からすり抜ける。
「それじゃ、俺先に学校行く」
「何言ってんだ。朝ご飯一緒に食おうぜ」
高雅は当然のように告げる。でもそんなわけにいかないから、床に置いていた鞄を取った。
「だめだめ。朝早く押しかけちゃったし、既に迷惑かけまくってんだ」
「迷惑じゃないよ、母さんはお前の分も用意してると思うぞ?」
そう言うと、高雅はクローゼットからパーカーを一着取り出した。それを広げ、俺の袖に通させる。
「あと、シャツ皺だらけにしちゃったからな。それやる」
「わ! 服はもらえないって!」
「いいから。いつも俺に抱かれてると思って。ほら、飯食いに行こ」
「なっ!」
なんつー恥ずかしいことを言うんだ。
顔から火が出そうだったけど、彼はさっさと部屋を出て行ってしまった。
変なことを言うから意識してしまう。袖をぎゅっと握り、彼の後を追った。
( あ )
階段を降りてすぐ、彼の足元に視線が向いた。
怪我は大したことないと言ってたけど、やっぱり心配だ。別々に登校するより、傍で見守った方が良いのは確か。
「高雅。やっぱ外で適当に待ってるから、学校は一緒に行こう」
「……」
俺には俺の責任がある。静かに告げると、手を引かれてダイニングに連れて行かれた。
「母さん、おはよ」
「おはよう。日色君が起こしに来てくれて良かったわね。さ、朝ご飯にしましょ!」
はっ。しまった。
「日色君、目玉焼き醤油と塩コショウ好きな方使ってね〜。ソースもあるわよ」
「俺は絶対醤油」
高雅はさっさと食べ始めてしまった。俺もナチュラルに席へ誘導され、今さら断れない雰囲気だ。でも絶対退散しないと。
「すみません、俺突然来たのでご飯は」
「お? おはよう日色君。三千人の様子見に来てくれたんだって? いつも本当にありがとう」
「ほあっ! お、おはようございます!」
しかし遠慮していた矢先、高雅の父、年宗さんが爽やかにやってきた。スーツをビシッと着ていて、とても寝起きと思えない。
「階段から落ちたって言うから驚いたけど、捻挫で済んで良かった。気をつけろよ」
「うん、心配かけてごめん。……ちなみに父さん、俺のスマホ大破したんだ。今日お店に行ってもいい?」
「あぁ、伝えとくよ」
「日色君、ご飯のおかわりは?」
「あ、え、大丈夫です!」
喋るタイミングが掴めず、結局高雅家の食卓でご馳走になってしまった。
「本当に申し訳ございません……美味しかったです。ご馳走様でした」
「あはは。日色君が遊びに来たのは久しぶりだから嬉しいよ。またいつでもおいで」
相対する席で年宗さんが破顔した。
俺の父と同じく、まだ若い。くわえて昔からあまり見た目が変わらない。きっちり整えた髪と、品のいいスーツを身に着けている。何年経ってもかっこいい、憧れのひとりだ。
「三千人。日色君がいてくれて、本当に良かったな」
年宗さんは珈琲を飲み、高雅に微笑を向けた。何とも言えない妖艶さを含んでいて、俺までドキッとする。
高雅は黙って頷き、味噌汁を飲み干した。
「じゃあ二人とも、気をつけて行ってね」
「はい。ありがとうございます」
繭子さんと年宗さんは玄関前まで見送ってくれた。美形家族で人まで良いから、逆に心配でもある。
高雅に借りたパーカーはちょっとぶかぶかだけど、ぐっと背伸びして歩き出した。
「あ! 悪い、スマホ返すの忘れてた! これな」
「サンキュー。……はは、マジで画面バキバキだ」
高雅は俺からスマホを受け取り、苦笑した。
「父さんにお願いできたし、学校終わったら修理に行くよ」
「あぁ……じゃ、俺も付き合う」
そうか、修理依頼は未成年でもいいんだっけ。
俺のスマホは今のところ不具合なさそうだから、とりあえず高雅が代替機を貰うところまで見守ろう。
「ねぇ高雅。脚痛くない?」
「大丈夫だよ。お前は? ちょっとは擦りむいたりしただろ」
「いや、俺は全然。お前が受け止めてくれたから、さ」
奇跡的に擦り傷もない。遠慮がちに言うと、彼ははにかんだ。
「そうか。それなら良かった」
「……」
俺は、逆の方が良かったんだけど。高雅は俺が無事なら良いと繰り返す。
信号が赤に変わったから、足を止めて頬を搔いた。
「俺、お前のことになると冷静でいられないみたい。……おかしくなる」
階段から落ちた時だって、間接キスの話をしたからだ。あんな些細なことで取り乱すのは、ウブとかの次元を超えてる。
高雅は、そこにいるだけで俺を狂わす。どうしたもんかと考えてると、不意に頬をつつかれた。
「安心しな。お互いさまだから」
「それは安心しちゃ駄目なとこだろ」
「そうかもね。でももう誤解も解けたし、何も心配ないよ」
どういう意味だ?
ふと横を見ると、彼はしたり顔で俺の手を繋いだ。
「だって、十年両想いだったことがわかっただろ?」
あ、両片想いか。と言い直し、彼は青信号に変わってから歩き出した。
「電話でも俺がいなくなるなんて考えられないとか言って。お前、無自覚っぽいけど自分で思ってるより俺に惚れてるぞ」
「く……っ」



