「そん……な」
そんなこと聞いて。聞き出してどうする気だ。
今までどおり当たり障りない関係でいるために、それは聞いちゃ駄目なことだろう。
もちろん俺も。バカ正直に答えたりしない。
そんな無責任な真似はできない。彼の人生を第一に考えればこそ。
「だから、……友達だって。……それ以外何があんだよ」
「友達? お前、それだけでアラームに俺のボイスつかうの?」
「う。それは……いっ、いつものお前の声じゃないから! ゾッとして逆に眠気吹っ飛ぶんだ。上手く活用してるんだよ」
そう叫んだものの、鼻先にスマホをかざされる。苦し紛れの抵抗は幼い彼の写真で打ち消された。
「わかった。でも、アラームはさておきよくこんな写真持ってたな。昔のカメラから取り込んだのか?」
「……」
さっきから目が泳ぎまくってる。
アラームは誤魔化せても、わざわざアラーム画面に設定した写真は誤魔化せない。
下手したらショタコンと思われる。幼馴染の昔の写真で妄想してる変態だと。
それは一番まずい……。
「やましい気持ちはない!! それだけは命懸ける!!」
まだ陽も昇らない、闇の時間。彼の部屋で命乞いにも近い告白をした。
「お、俺も白状するよ! 今の高雅は、俺には死ぬほど遠い人間に感じるんだ。強くて頼り甲斐あんのは同じだけど、昔みたいに軽々しく近付けない。だから昔の写真を見て、無理やり安心してた」
こうすることでしか、弱い心を守れなかった。目を強く瞑り、今にも崩れそうな本音を取り出す。
「俺が知ってるお前は、このときで止まってる。……誰よりも優しくて、かっこいい……俺の、高雅だった頃のまま」
「お前……」
気付けば感情が爆発して、嗚咽しながら伝えていた。
言葉にしてようやく、自分の本当の気持ちもわかった。
不安だったんだ。自分は変わらないのに、どんどん成長して、掴みどころがなくなっていく高雅を見ることが。
彼が歩くペースはとても速い。必死に走ってようやく後ろにつける。
でも、いつか姿も見えないぐらい置いていかれる気がして怖かった。
「うう……つうか悪い、語弊があった。お前は今も優しいよ。けど何考えてるのか分かんなくて、怖い」
目元を袖で拭う。力任せにやったら、また腕を掴まれた。
力とは裏腹に、見上げた彼の顔は優しい。
「……そっか。お前、そういうのも全然顔に出さないから気付かなかった。……怖がらせてごめん」
「いいえ……」
高雅の台詞はもっとも。実際俺は、感情を表に出さないようにしてきた。
そうしないと平静を保てないと思ったから。女の子にだけ優しく微笑む彼を見て、無意識に醜い嫉妬を覚えていたのかもしれない。
高雅は険しい表情で腕を組んだ後、嗚咽する俺の隣に寝転んだ。
「それじゃ、もうはっきり言うよ。俺はいつもお前のことを考えてる。朝も昼も夜も。可愛い女の子と話してたときも、目線はお前に向いてる」
「はえ……」
いきなり何の弁明だ。困惑したけど、彼は彼なりに俺を安心させようとしてるようだ。
泣いてる子どもをあやすように、優しく頭を撫でる。
「お前が好きだ、日色。幼馴染でも友人でもなく、初めて会った時の約束のまま。……恋人として、一緒にいたい」
約束。
「それって……」
その言葉を聞いた時、あの記憶が頭をよぎった。
まだ幼い高雅が俺の手をとり、キスしたことを。
必死に過去を手繰り寄せるも、糸が絡まって停滞する。額を押さえ、情けない声をもらした。
「ふ。夫婦になろう、ってやつ?」
尋ねると、彼は瞼を伏せ、少し照れくさそうに呟いた。
「それ以外ないだろ」
「……」
俺達は今、二人して赤面してる。自分がつくりだした羞恥心に殺されそう。
でもおかげで、昔のことを少しずつ思い出していた。
「高雅、昔俺に言ったじゃん。やっぱ夫婦にはなれないって」
「言ったけど、あの後すぐに訂正しただろ。……家族になろうって」
高雅はちょっと気まずそうに告げ、俺のネクタイを締め直した。
「意味は同じだ。俺の気持ちはあの頃から変わってない。お前に好きな子ができたとしても、諦めるつもりは一切なかった……!」
ふわりと、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
今まで気付かなかったけど、ベッドサイドにはアロマランプが置いてあった。
高雅がいつも寝てる布団。枕に頭を乗せ、彼と向かい合ってる。よく考えたら有り得ない状況だ。
再び全身に火が灯り、呼吸困難になる。
「もうとっくに気付いてると思うけど、俺は嫉妬深くて、独占欲の塊だ。それもお前限定」
「……」
本当に、そうなんだろうか。
恐る恐る手を伸ばすと、その手を握られた。
温かい。俺よりひとまわり大きな掌が重なる。
「初めて会った時から、俺はお前に惚れてる。だから、もう一度プロポーズさせてくれ」
「高雅……」
今思えば、この部屋に踏み入れたことが間違いだったのかもしれない。
拒絶なんて簡単に封じられてしまう。
本気を出した高雅に俺が勝てるわけないし。
強くて、かっこよくて、優しくて……ずっと王子様だったんだから。
反則だな……。
もどかしさに身を捩ると、腰を引き寄せられた。下半身が密着して、彼の膝が俺の脚の間に割り込んでくる。
「……っ」
気付けば、完全に抱き締め合っていた。高雅の腕に抱かれ、彼の胸に顔をうずめる。
高雅の匂いも、熱も、すんなり体の中に入ってくる。
俺と彼は一心同体で、同じところから生まれた。……そんな錯覚に陥っていた。
「……ちゃんと聞かせて。日色は、俺のこと好き?」
ていうか、何が何でも聞き出すつもりみたいだ。
凄まじい執念に思わずため息がもれる。
「だから、嫌いじゃない」
「てことは、好きじゃないと」
「いや! 好き」
あ。しまった。
固まる俺と対照的に、高雅は楽しそうに……いや、嬉しそうに吹き出した。
「はははっ! ほんと可愛いなー、お前!」
「ぐ……」
またまんまと彼の策略にハマってしまった。悔しいし、憎たらしい。
でも、どうしたって彼には敵わない。……振り回されることを良しとしてる自分がいるから。
もう、認めるしかない。
「好きだよ。俺も……高雅が好き」
最悪だ。死ぬまで隠し通そうと思ったのに。
「一緒にいたい。友達としてじゃなくて、本当は、こっ……恋人。……として」
最後の方は恥ずかし過ぎて、手で顔を隠した。でも簡単に引き剥がされ、顔を上げさせられる。高雅は愛おしそうに俺を眺め、ついばむようなキスを繰り返した。
「ありがと。絶対幸せにするよ。俺の可愛い嫁くん」
「早い早い」
もう高雅の頭の中ではゴールインのテロップが流れてそう。
俺もほんとは素直に喜びたいけど、最後の理性でツンツンしてしまう。
それも結局は照れ隠しだ。ため息を飲み込むと、高雅は俺のスマホにもキスした。
「日色。アラームのことだけど」
一秒経つごとに、悔しいほど惹かれていく。
「スマホなんかじゃなくて、俺の生ボイスにしよう」
「生?」
「これからは毎晩、毎朝電話するよ。恋人としてな!」
「いやいやいや! いいよ!」
とんでもない提案をされ、全力でかぶりを振る。
しかし高雅はやる気満々で、揚々と俺のうなじに吸いついた。
「照れんなって。俺の声も好きなんだろ?」
“も”って。この……。
便乗セクハラも抗議したいところだけど、仕方ない。最低限の距離は取りつつ、認めるところは認めよう。
「あぁ。声は良いと思う」
「よし、決まり! よろしくなっ」
はああ。何かとんでもないことになってしまった。
布団で顔を隠したかったけど、簡単に奪い取られるし。
「つうかお前、これバレたくなくてわざわざ来たのか。ふふっ……かーわい」
もういっそ殺してほしい。青くなりながら俯くと、彼は俺を強い力で抱き締めてきた。
「こんな夜明け前から頑張り過ぎ」
「わかってるよ! ごめんってば!」
「怒らない怒らない。……まだ後三十分寝れそうじゃん。アラームかけて寝ようぜ」
同じベッドに寝てるのに、酷い温度差だ。
高雅はまた俺のスマホでアラームをセットし、瞼を伏せた。本当に二度寝する気らしい。
「……」
はあ、神様。
お願いだから、俺に平穏な日々をください。
半泣きになりながら、寝息を立てる彼の背中に手を回す。鼓動は速いし、全身が火照ってる。冷静に考えて、眠れるはずがなかった。



