時針が進む音がする。
無情にも、奈落に落ちるカウントダウンが始まった。俺を追い詰める鋭い眼差し。逃げることを許さない重圧が加わる。
さっきまで寝息を立てていた高雅は目を覚まし、俺を静かに見つめていた。
「家に来るなんて久しぶりじゃんか。俺の怪我が心配だった……とかじゃないよな」
「あっ。そりゃ……俺のせいで落ちたのと同じだし」
それは本音だ。彼を危険な目に遭わせてしまったことは、お詫びのしようがない。
「だから、ごめん……高雅」
「……」
震える声で呟くと、彼は鬱陶しそうに自身の前髪をかき上げた。
「昨日、謝るのは禁止って言ったろ。速攻約束破るなよ」
「でも」
「しっ」
高雅は切れ長の目を細め、俺の唇に人差し指をあてる。体を屈め、上からぎゅっと抱き締めてきた。
「お前が無事ならそれでいい」
「高雅……」
顔が見えなくても、彼が笑ってることがわかる。
幼馴染とはいえ、高校生にもなって男同士で抱き合うなんて変だ。頭ではそう思うのに、突き放せない。
胸が高鳴ってしょうがない。動揺しながら目を逸らすと、顎を掴まれ、無理やり顔を上げさせられた。
「お前は俺のことどう思ってる?」
「え」
彼は息を吸う。不敵な笑みを浮かべ、俺の左胸に手を置いた。
「いや、曖昧な質問は良くないな。単刀直入に訊く。俺のことが好きか嫌いか教えてほしい」
「は!?」
頭が真っ白になる。だって、いくらなんでも唐突過ぎだ。
彼の考えが読めず、鼓動が速まる。腕を振りほどこうとしたが、上から押さえられるせいでビクともしなかった。
「き、嫌いじゃないよ」
「じゃあ好き?」
「いや、好きっていうか……」
おかしい。普通、友達とこんな話しないだろ。
そうだ。“普通”なら。
じゃあ俺達は普通じゃないのか。妙に腑に落ちて、高雅を見上げる。
「幼馴染、としてなら……放っておけないし、……好きだよ」
もはや片割れのような存在だ。でも彼はそんな逃げを許さない。俺の前髪を持ち上げ、ふっと笑った。
「そりゃ嬉しいな。……でも俺がお前に思ってる“好き”は、それとは違う」
────こういう意味だよ。
そう言って、高雅は顔を近づけてきた。
スローモーションのよう。避けようと思えば避けられた。でも、まさかという想いに支配されて、彼の唇を凝視していた。
かわした方がいいけど……もし、“これ”を受け入れたら。
俺と彼の関係は、なにか変わるんだろうか。
「んん……っ」
幼馴染をやめたい。行き場のなくなった激情は、彼のキスで息ごと奪われた。
「こ……うが……っ」
熱い舌が絡まり、聞き馴染みのない水音が部屋に響く。
これ、ディープキスだよな。
激しくなる舌の動きと反対に、頭はどんどん冷静になっていった。息が苦しくて朦朧としてるはずなのに、理性は目覚めていく。
あとちょっとで全身の力が抜けそうだったけど、高雅はゆっくり離れ、俺の頭をぐりぐりと撫でた。
「白状する。俺はお前が可愛くて可愛くて仕方ない。お前の全部独り占めして、めちゃくちゃに甘やかしたい。って、ずう……っと前から我慢してたんだ。頭おかしくなるぐらいに」
「……っ!」
顔から火が出そうなほど、恥ずかしい告白。
聞き間違いだと思いたかった。でも、彼の真剣な瞳はそれを優しく否定している。
今すぐベッドから飛び降りて、逃げ出したい。そうしないと心臓が爆発してしまう。
「高雅、離せって……!」
「いいよ。でもその前に、お前も本当の気持ちが聞きたい。俺に言いたいこと色々あるだろ」
「話すことなんてないっ。俺はお前のことなんて」
何とも思ってない。
彼の為にも否定しないと。そう思って息を吸った瞬間、耳元であの甘い声が聞こえた。
『おはよう、朝だよ。今日も一緒に頑張ろっ』
あ。
や。やばばばば。
血の気が引いていく。ジ・エンドの文字が頭上に浮かぶ。
『夜に会えるのが楽しみだね!』
駄目駄目。頼むから静かにしてくれ。
……という祈りも虚しく。俺のスマホはエンドレス高雅の配信ボイスを流した。
頭のすぐ横にあるのに、両腕を押さえられてるせいで止められない。拷問だ。
「んん……?」
高雅はというと、怪訝な表情で俺とスマホを交互に見つめた。少し考えたのち、俺から手を離してスマホを拾う。
「アラーム? ……俺が配信した台詞で?」
終わった。
羞恥心のあまり気が遠くなる。
「俺のスマホが鳴ってんのかと思ったけど、間違いなくお前のだな。……てか、画面が小学生の俺だし。何で?」
あ───────ッ。そっちは完全に忘れてた!
「ち、ち、違っ……と、とにかく返せ!」
「おっと! まあまあ、大丈夫だから一旦落ち着け」
全然大丈夫じゃない。伸ばした手は空振りして、再び押さえつけられる。
落ち着くなんて不可能だ。涙でにじんだ瞳で睨みあげると、頬に音の鳴るキスをされた。
「よしよし。それじゃ、さっきの話に戻ろうか」
布団が宙に舞い、床に落ちる。もう俺達を阻むものは何もない。
高雅は俺のスマホを口元にあて、憎たらしいぐらい余裕たっぷりの笑みを浮かべた。
「日色。……お前は、俺のこと好き?」



