寝ても冷めても彼ばかり



恭しく頷く。繭子さんは、俺が高雅の様子を見に来たと思ってるみたいだ。
もちろん心配だから会いたいけど、スマホも回収したい。なんてクズ過ぎて口が裂けても言えない。
罪悪感から飛び降りたくなってると、中に誘導された。

「旦那も三千人もまだ寝てるけど、私は朝に仕事したいから起きてるの。ほら、上がって上がって」
「あ……すみません。お邪魔します」

彼女はすぐ二階に続く階段を指し示した。幼いころからお世話になってるとはいえ、あまりにスムーズで心配になる。
とは言え感謝しつつ、頭を下げまくった。
「三千人は朝が弱いから、私も苦労してるのよ。日色くん、叩き起こしてあげて」
「あはは……ありがとうございます。それじゃ、ちょっと失礼します」
彼女に笑い返し、階段を上がる。おじさんも寝てるから足音を殺し、そっと二階へ上がった。
高雅の部屋は一番奥だ。ノックしてみたものの、返事はない。本当に熟睡してるみたいだ。
「……高雅? 入るぞ」
申し訳ないけど、ドアをゆっくり開けて中に入った。
見慣れた家具の配置。まず一番に視線を送ったのは、大きなデスク。
その上にスマホはなかった。
とすると、やっぱり。
左にあるベッドに向き直る。そこでは高雅が、横向きで寝息を立てていた。

「……」

幼馴染とは言え、部屋に勝手に入るなんて普通じゃない。当然、寝顔を見たのも久しぶりだった。

こんなまじまじと見たの、何年ぶりだろ。
人形みたいに整ってる。肌は陶器のように白く、透き通っている。
ずっと見ていても飽きない造形美。前に屈み、密かに息をついた。
手を伸ばせば触れられる距離にいる。なのに、心は随分離れてしまった。

幼い頃の可愛かった高雅はもういない。今いるのは女子にモテモテのハイスペ男子。俺のことを傍においてるのは、多分楽だからだ。
物心ついたときから一緒にいる俺は、彼の好みや考え方を熟知してる。
でも今から知り合う相手には、一から説明しないといけない。効率重視の高雅にとっては俺を連れていた方が都合が良いはずだ。

俺もそれでいいと思ってる。
高雅は事あるごとに俺を守ると言ってくれるけど、それは父達と同じで、部下に対する義務感に近いものだろう。

いいんだ。一緒にいられたら……それだけで。
好きとか嫌いとか、そんなわかりやすい指標に振り回される必要はない。
今さら“離れる”という選択もない。彼に拒絶される日まで傍にいる。

「……三千人」

気が遠くなりそうな昔、約束したんだ。

また昔のことを思い出していた。階段から落ちる直前にフラッシュバックした、高雅の懺悔を。
『ごめんな、日色。日本はまだ、男同士で夫婦になるのは難しいんだって。俺知らなくて』
海外では皆結婚してるから、大丈夫だと思っていた。幼い高雅は申し訳なさそうに俯いた。
仕方ないことだ。子どもだった彼が勘違いするのも無理はない。大丈夫と答えて、無理やり自分を納得させた。
色んな意味で痛い記憶だ。懐かしさに目を細めて、泣いてる俺に優しく囁く高雅を思い出した。
『……でも。夫婦にはなれなくても』
家族になろうよ。
何で一緒にいるのか、なんてつまらない質問をされないように。

あいつはそう言って、俺の手をとり、愛おしそうにキスをした。

「…………」

床に膝をつき、息が当たりそうなほど近くに顔を近付ける。

俺は彼を裏切らない。今日ここに来たのは、全て彼の傍にいるため。
彼の枕元に視線をスライドする。そこには俺のスマホが置かれていた。ゆっくり手を伸ばし、取ろうとしたが。

「わっ!?」

伸ばした腕を掴まれ、強い力で引き寄せられる。バランスを崩し、前に倒れ込んでしまった。
「いたた……」
顔をさすりながら体を起こす。ところが立ち上がったと同時に押し倒された。柔らかい布団に寝転び、見慣れない天井を見上げる。

顔に暗い影がかかる。天井より近い位置にあるのは、……俺を見下ろす高雅だった。
あれれ。これ、何かやばくないか?
滝のような汗が流れる。硬直した俺にまたがり、高雅はあくびした。

「おはよ、日色。良い朝だな?」