やばい。本当にやばい。
友人に軽いノリで言う「やばい」じゃない。真面目に、深刻に、明日明後日生きるか死ぬかのレベルに到達している。
「ああぁっ!! もう! 駄目!!」
現在の時刻、二十一時三十分。スマホをベッドに置き、絶叫した。
やば────────い。
本っっ当にやばい。誰か助けてくれ。
高雅と電話を切って一時間近く経とうとしているが、現在進行系で発狂していた。
その理由はひとつ。彼とスマホを取り違えて帰ってしまったからだ。
同じメーカー、同じモデルに同じカラー。そしてクリアのケースに入れてるからすぐ見抜けなかった。こだわりの強い高雅に「お揃いにしよう」とすすめられて買ったスマホだ。ハイスペックで気に入っていたが、今は心の底から後悔している。
床に落とした後、高雅じゃなくて誰かが代わりに拾ってくれたんだろう。それで取り違えたことに気付かず、帰宅してしまった。
残念ながら俺の手元にある高雅のスマホは重症そうだ。明日返して、早く代替機を用意してもらった方がいい。
問題は、今高雅が持ってる俺のスマホ。
大事だけど、むしろこっちが壊れてほしかった……。
彼のもとにあるとも知らず、遠隔でロックを解除してしまった。墓穴を掘ったんだ。
あ─────愚の骨頂ッ!!
いくら高雅でも勝手にスマホの中を覗いたりはしないだろう。さすがにそこまで最低じゃないと思う。
だがアラームは別だ。もし彼が明日の朝、俺のスマホでアラームをセットしたら?
「あいつのおはよう、朝だよっ(ハートマーク付き)ボイスが爆音で流れる!!!!」
頭を抱えてその場に崩れ落ちる。
俺は今まで素っ気なく振る舞ってたし、高雅の配信もうんざりという態度をとってきた。だからこのことがバレたらもう学校に行けない。ていうか生きていけない。
電話では、とりま明日学校でスマホを交換しよう、ということになった。
高雅の怪我も大丈夫そうだし、会いたいのは山々。だけど。
( 最悪なことが起き過ぎてる )
電話を切る寸前、アラームは使わないでくれ、と言いかけた。でもそんなこと言ったらかえって怪しまれそうで、泣く泣く口を噤んだ。
こうなったら仕方ない。腹を括ろう。
ゆっくり立ち上がり、高雅のスマホを鞄に入れる。
決戦だ。明日の早朝、高雅の家に突撃し、アラームが鳴る前にスマホを取り返す!!
これしかない。俺のイメージを崩さず、これからも彼と無難に付き合っていくには……。
己の愚かさと歯痒さに蹂躙され、夜は一睡もできなかった。
まだ空は薄暗かったが、おかげで目はギンギンだ。制服に着替え、鞄を持って家を出た。
夜明け前は不思議な時間帯。人も車も見ないし、音も光もない。
ただただ静謐で、何かがじっと息を潜めている。
俺も、今から良からぬことをしようとしてるしな……。
今後の人生をかけた大作戦を敢行しようとしている。名付けてスマホ奪取作戦(名付けるまでもなかった)。
高雅がアラームをかけてるとは限らないし、スマホに不具合が起きててアラームが作動しない、という可能性もなくはない。だが念には念だ。迷惑極まりないけど、早朝に高雅の家に突撃した。
( 相変わらず豪邸だな )
この辺ではひときわ目を引く、一等地の邸宅。ここが高雅……いや、大企業の取締役の家だ。
こんな朝早くにインターホンを鳴らすのは、本当に心苦しい。下手したら父の心象にも関わる最低行為だ。
でも高雅にあのアラームを聞かれたら、どっちにしろ俺は死ぬんだ。ごめんなさい……。
意を決してインターホンを鳴らす。するとすぐに、高くて優しい声が聞こえた。
『はーい』
「お、おはようございます、繭子さん。俺です、俺。箱崎日色です」
『日色くん?』
ちょっと俺俺詐欺みたいになっちゃったけど、少ししてからドアが開いた。
出てきたのは、上品なひとりの女性。高雅のお母さん、繭子さんだ。
「日色くん、おはよう。久しぶりねぇ」
「お久しぶりです。こんな朝早くに、本当にすみま……大変申し訳ございません。深くお詫び申し上げます」
最大限丁寧に頭を下げると、彼女は可笑しそうに口元を押さえて笑った。
「あらあら、いいのよ。三千人を迎えに来てくれたんでしょう? いつも本当にありがとね」
「えっと……あ、はい」



