「いやいやいや!」
そんなわけない。
ソフト上ではちゃんと解除できてるのに、どういうことだ。よく見たらロック画面も俺が設定した覚えのない青空の背景だし、色々おかしいぞ。
こうなったらメール認証で解除だ。パソコンでメール認証を試みると、既にリセット完了を告げるメッセージが表示された。
「そんなわけないよおぉ……」
OSが提供してるソフトを使うか? 初期化して、バックアップできてるか自信ないからデータ飛ぶ可能性もあるけど。パソコンに繋げばきっと復元できる。
でもリカバリモードにするのは勇気いる……。
「……そうだ、高雅」
そんなことより彼が心配だ。呆然自失タイムに陥ってたけど、悩む部分がそもそも間違ってる。
もう! しっかりしろ俺。スマホなんかどうでもいいだろ!
家の電話使おう。あいつが無事か確認しないと!
勢いよく立ち上がる。と同時に、軽快な着信音が鳴った。
電話?
テーブルに置いたスマホが鳴っている。それは、やっぱり俺が設定した音楽じゃなかった。
唾を飲み込み、暗がりの中で鳴動するスマホを覗き込む。
画面に映し出されていた名前を見て、言葉を失った。
着信相手として映し出されていたのは『日色』。俺の名前だった。
「うっわ!! 何それ!」
俺のスマホなのに、俺から電話がかかってきてる。
「怖い」
真の恐怖に直面したときって、シンプルな感想しか出てこない。
何が起きてるのか全然わからないけど、俺はホラーが大の苦手だ。昔ヒットした着信系のホラー映画を観て、夜中トイレに行けなくなったことがある。
悪夢の再来。
そういえば部屋が真っ暗なことも恐怖要因のひとつじゃないか! ほぼ殴る形で照明のスイッチを入れた。怖すぎて半ギレ状態になっている。
ドッペルゲンガーの電話版だったらどうしよう。もうひとりの自分が電話に出て、今あなたの家の前にいるのみたいなことを言ったらどうしよう(※パニックのあまり複数の怪談が融合してる)。
音楽は中々鳴り止まない。
おえっ。怖すぎて気持ち悪くなってきた。
半泣きになりながら手を伸ばす。死を覚悟で、通話マークをタップした。
着信はロック解除しなくても問題ない、というのが皮肉過ぎる。
「もしもし……」
消え入りそうな声で、一応先に発した。相手の第一声によって失神する自信があるけど。
『もしもし。日色か?』
抜け殻状態で待ってると、今一番聞きたい人物の声が返ってきた。
「え? ……高雅?」
確かに、電話の相手は高雅だった。安心感から思わず声が震える。
「高雅……良かった! 無事だったんだな。ああ……」
あと、着信相手が高雅でマジで良かった。咳払いし、慌てて思考を切り替える。
「今日は本当にごめん。怪我は? 大丈夫?」
『あぁ。少し捻ったけど、運動しなければ大丈夫だって。明日も普通に学校行けるよ』
そっか……。
本当に、本当に良かった。
「ごめんな。俺もう、高雅が無事なら何でもいい……何でもするから無事でいてほしいって思った」
『……日色?』
俺が取り乱してるせいか、電話越しでも高雅が困惑してることが分かった。鼻をすすり、涙ながらに事情を説明する。
「高雅になにかあったら……って考えたらすごく怖くて、目の前が真っ暗になった。気付いたら意識失ってた」
『あぁ。俺も、お前が倒れたって聞いてほんとに心配したよ。今の今まで、気が気じゃなかった』
電話の先から、安堵のため息が聞こえた。
『それに、俺も同じだ。お前が無事なら何でもいいって、本気で思ってる。何度も言ってるけど、もっとずっと前から』
「高雅……」
『お前が世界で一番大事だから。お前が俺の世界なんだよ』
いつもと違う、芯のある声。鼓膜を震わすトーンに、心臓が跳ねる。
この声だ。羞恥心でおかしくなりそうな台詞なのに、一切おどけてない、素の声。俺が大好きな、心を震わす声。
「俺も……自分より高雅が大事だよ。ずっと、ずっと……お前がいなくなるなんて、考えられない……っ」
スマホを強く握り締め、張り裂けそうな声で叫んだ。
こんなこと、いつもは恥ずかしくて絶対言えない。でも今は、今だけは伝えたかった。
彼は俺の全てだ。好きとか嫌いとか、そんな次元の話じゃない。
必死になってることがバレたようで、高雅は喉を鳴らした。
『そんな可愛いこと言ってもらえんなら、階段落ちた甲斐あるな』
「もう。こんな時までふざけるなよ」
『ふざけてはないけど。……嬉しくて、今すぐ撫で回したい』
電話の先の高雅は笑ってる。対照的に、俺は嗚咽しながらデスクに手をついた。
「高雅。痛い思いさせて、本当にごめん」
『……大丈夫だって言ってるだろ。もう謝るの禁止』
高雅は苦笑混じりに、小さく呟いた。
『こっちこそ不安な想いさせてごめんな。……でも俺はお前のワタワタしてるところも好きだよ。可愛いし、愛されてることもわかったし』
「愛……あのなぁ」
『はは。ところで日色、さっきは何騒いでたんだ? 俺の安否だけじゃないだろ』
言われてハッとする。カーテンを開け、窓の外で煌々と光るネオンに目を向けた。
「あぁ、そう! 怖いことがあったんだ。お前の着信、何故か俺の名前が表示されて!」
『うんうん』
「パスコード入れても開かないし。電話はできるけど、壊れたっぽい」
『あぁ……。画面は? 割れた?』
「や、もうバキバキ」
修理で済むか分からない。もう買い替えした方がいいレベルかも。
そう言うと、何故か楽しそうな笑い声が聞こえた。
『そっか〜。でも安心しな。お前のスマホは問題なさそうだよ』
は?
言ってる意味が分からず、首を傾げる。
『画面も割れてないし、動作もおかしいところはなさそう』
「……うん?」
ますます意味不明で、二の句が継げない。彼は何を言ってるんだろう。
俺のスマホはここにあるし、画面も割れてる。重症なことは明らかだ。
でも彼は確信してる。俺のスマホに触れて、状態を見たかのような口調で。
「…………」
─────まさか。
そんなわけない。だがある推測が頭をよぎり、嫌な汗が流れた。
速まる鼓動。震える指。スマホを耳から外し、改めてクリアケースの背面を見返した。
何か、俺のスマホにしてはちょっと傷が多い……ような……。
血の気が引く思いで、再びスマホを耳にあてる。残酷だが、聞こえた台詞は想像した通りだった。
『日色。俺達、スマホ取り違えて帰ってる』



